番外最終話 帯刀 結3

 走馬灯でも見ているのだろうか?

 あの状況で助からないのは、火を見るよりも明らかだった。

 なのに今、こうして色々と考えたり、思い出したりする時間あるなんて。


「──こんな状況に出くわすなんて、流石俺達の子だな。まったく、こんな所は似てくれなくていいのに……」


 私は、聞きなれた声に恐る恐る目を開ける。

 すると目の間には、この世界ではめずらしい黒髪。和服と呼ばれる変わった服に、刀と呼ばれる珍しい武器を、腰に二本差している男が立っていた。

 そんな風変わりな人物の正体を間違える訳がない。


「パパ‼」


 なんたってその風変わりな男は、自分の父親なのだから。


「結、怪我は無いか?」


「うん、大丈夫。足をひねっただけだから」


「そうか、大きな怪我じゃなくて良かったよ。ママ達が心配してたぞ?」


 おかしい。悠長に話していられるこの状況、おかしすぎる。

 私とマグナベアーを遮るようにお父さんが立っているため、先ほどの攻撃がどうなったのか確認できない。

 でも夢なんかじゃない。お父さんの横からはみ出て見える金色の毛は、間違いなくマグナベアーのものなのだから。


「それにしてもパパなんて呼ばれたの久しぶりだな。久しぶりだと照れ臭いな」


「なっ──そんな事言ってる場合じゃないでしょ! マグナベアーが……って、何が起こってるの?」


 私は体をずり、横へと避ける。

 そして上を見上げ、自身の目を疑った。

 マグナベアーは繰り返し腕を振り下ろすものの、攻撃の軌道は反れ、まるでお父さんを避ける様に素振りをしているのだ。


「大丈夫、すぐ終わるから。それにしてもこいつ逃げない……な!」


 お父さんは、マグナベアーに向かい一歩踏み出した。

 すると、先ほどまで手ぶらだった手には、何かが握られて……。


「あれは無刃ぶじん! お父さん、いつの間に抜いたの?」


 動体視力にはそれなりに自信があった。

 しかし抜いた所を見る事は出来ず、それどころか刀に手をかけた所も見えなかったのだ。

 驚かずになんかいられるわけがない。


「可哀想に、きっと今まで負けたことが無いんだろうな」


 無刃を鞘に収め、もう一本の刀、帯刀ノ命に手を振れた、その瞬間。


「退け、でなければ死ぬことになるぞ‼」


 お父さんから放たれた殺気に、私は全身の毛が逆立った。

 殺気はこちらに向けられている訳ではない、なのに体の震えが止まらない。

 そして殺気を向けられている魔物は……。


「すごい、一目散に逃げて行くなんて……」


 慌てるように踵を返し、脇目も振らず森の奥へと逃げていったのだ。


「ふぅ、殺さずに追っ払えたか。こっちの方も、少しはじいちゃんに追いつけただろうか……」


 今のを見ていて分かる。

 強い、強いなんてもんじゃない。

 自分より何倍も大きく凶暴な魔物を、殺気だけで追い返すなんて、そんな事が出来る人間の話など聞いたことがない、夢でも見ているのだろうか?


 今の戦闘を見て分かる。

 お父さんには例え、私が十人居ようと……。いや、百人居ても勝ち目がないだろう。


「──カナデどうして肉を逃がしちゃうかな‼」


 お父さんが触れている刀が光ったかと思うと、突然小さな精霊様が現れた。

 帯刀ノ命に住まう伝説の武器精霊、ミコ姉ちゃんだ。

 

「肉ってミコ、俺はあんなの食うのはゴメンだからな。絶対硬いし生臭いって」


 あれ程の相手と対峙した直後に、夕飯の事で揉めてるの?

 この余裕が本物の強者、勇者の力。でも、なら──。


「……なんで」


 私は昼間のことを思い出す。

 冴えないとか、強い訳無いじゃないとか、全然そんな事無かった。

 全部、出し惜しみしてるのが原因で。


「なんで倒さなかったの? お父さんなら簡単に倒せたんだよね!!」


 許せなかった。

 お父さんが馬鹿にされることもそうだが、私も目にするまで、心の何処かで信じきれて無かったのかもしれない、そう気付かされたのだ。


「だから馬鹿にされるんだよ! 嘘つき扱いされるんだよ‼ 強いならちゃんと、強くいてよ……」


「結……」


 私は胸を張って「お父さんは凄いんだ」って言いたい。

 誰に馬鹿にされようと、自慢のお父さんだって声を大にして言いたいのに。信じて貰えないのは……辛いよ。


「──刃とは、命を奪う事を目的に振ってはならない。何かを守るために振え」


「……えっ?」


 突然、お父さんは真面目な顔で私に話しかけた。

 私はその意味が全然理解できないでいた。


「これはな、初代の勇者様。俺のじいちゃんの教えなんだ」


「なにそれ、ただの綺麗事だよ。武器は命を奪うための物だし、命を奪わないと守れない状況だってあるじゃない。今のマグナベアーも、他の人を襲うかもしれない」


「あー、その通りだ。難しいよな、父さんも未だに悩む事があるよ」


 お父さんは帯刀ノ命を抜き、上に掲げる。

 怖いほど美しい刀身を見つめるその姿は寂しげで、どこか哀愁漂っていた。


「でもな、これだけは忘れちゃ駄目だ。命を奪った相手にも家族や大切な人が居る事を。例え魔物だって、自分や家族守るため、飢えを満たすためにしか生き物を襲ったりはしない事を。刃は同時に心を奪ってる事も」


「刃は、心も奪ってる……?」


「あぁ、結。刃を手にしてる以上、命を奪う事の意味を考え続けなさい。そして正解は自分で決めるんだ、それが刃を握るものの勤めだから」


 普通は頼りない雰囲気のお父さんが、今は違った。

 見たことない真剣な雰囲気と言葉は、不思議と私の心に響いた。


 命を奪う事の意味……。

 少しは考えた事はあるけど、今思うと簡単に考えてたかもしれないな。


「さぁ、帰ろうか。ママ達が待ってるから」


 お父さんは背中を向け、その場にしゃがみ込む。

 そして背中に乗るように「さぁ、乗って」っと声を掛けた。


「だ、大丈夫だよ。自分で歩けるから」


「いいじゃないか、こんな時ぐらい父親らしくさせてくれよ」


 は、恥ずかしい……。

 でもお父さんは、引いてはくれなさそうな雰囲気だし。


 私はシブシブ、シブシブにお父さんの肩に手を置いた。


 おんぶなんて、何年ぶりだろう。

 助けてくれたし、今日は良い子に言うこと聞いてあげてもいいかな。


「おっ、重くなったな」


「失礼だし……。デリカシーが無いんだから」


 お父さんは私を軽々と背負い、ミコ姉ちゃんと晩御飯の事で揉めながらも町へと歩いていく。

 大きい背中だ。今日は一段と大きく感じた。


 私は顔をうずくめながら「刃とは、命を奪う事を目的に振ってはならない。何かを守るために振え……。っか」っと呟いた。


「んっ、結何か言ったか?」

 

「ううん、何でもない」


 背負われたまましばらく進むと、森を抜け空が開く。

 私は眩しくて顔をしかめた。

 上を見上げると、果てなく透き通る青空が現れる。

 気付くと、私達は故郷の町を目の前にしていた。


 口には出しては絶対に言えないけど、嬉しい時間はあっという間なんだな、っと思う。

 なんたって世界一頼りがいのある、たくましい背中の裏で、揺られているのだから……。


             Fin

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異世界に降り立った刀匠の孫─真打─ リゥル(毛玉) @plume95

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