番外最終話 帯刀 結2

「あ~どうしよ、どうしよ!」


 学校から抜け出してきた私は、人気のない町はずれの公園で時間を潰していた。

 すぐ帰れば、なぜこんな時間に帰って来たのかを、家族に問いただされると思って。


「でもきっと、学校からお母さん達に連絡に連絡行ってるよね……」


 あんな風に飛び出したんだ、連絡が行っていない訳がない。

 頭では理解しているが、中々決心がつかない。


「はぁ、いつまでもこうしてても仕方ないよね……」

 

 一刻ほど経っただろうか。

 長いこと悩んだが、結局諦めて家に向かうことにした。

 

「……ただいま~」


 玄関をゆっくり開け、中を覗いた。

 返事がなく、人の気配が感じられない。 


「ふう、良かった……。まずは一安し……」


「──あら、何が良かったのかしら?」


「トゥ、トゥナママ!?」


 私は口から心臓が飛び出るほど驚いた。

 だって車椅子に乗ったトゥナママが、音も気配もなく扉の裏にいたのだから……。


「おかえりなさい、結ちゃん。ママに何か言う事は無いかしら?」


「え~っとその。なんで気配を殺してたのかな〜? なんて……」


 トゥナママは私の答えを聞き、頭に手を当て「はぁ〜〜」っと深く溜め息をついた。

 困ったり呆れた時にする、ママ癖だ。


「おやびんさんから連絡があって、大体の事情は聞いてるわ。あなた、友達を殴ったそうじゃない」


 や、やっぱり連絡が来てた。

 なんて説明をすれば……。


「だって……」


「だって、じゃありません。お父さんが酷く言われて、怒る気持ちは分かるけど」


「なら……!」


 反論しようとしたが、その先を言葉にする事は出来なかった。

 だってトゥナママの顔が、とても悲しそうだったから……。


「……結ちゃん、暴力はダメ。ママはそんな事のために、アナタに戦い方を教えた訳じゃないの。一緒に謝りにいこ、ね?」


「……なんで」


 先に悪口を言ったのは向こうだ、それに私は傷ついた

 なのに何で……。


 納得できない思いや、悔しさだったり、トゥナママを悲しそうにさせてる自分だったり、整理しきれない感情が胸の中で暴れている。

 

「私悪くないもん! 謝りなんて絶対に行かないから!!」


 玄関先に置いてある自分の剣を取り、私はその場から飛び出した。


「──結ちゃん!?」

 

 追いかけて来たトゥナママは、派手な音を立てて車椅子から転げ落ちた。

 その姿を見て一瞬立ち止まったものの、引き返す事の出来ない私は小さな声で「ごめんなさい」っと謝り、その場を立ち去った。


 ◇


 町の外、外壁を超えた西にある、大精霊が住まうと言われる巨大な森。

 ここは魔物も住まうため、めったに人が訪れない。

 町の外に出るため、秘密のルートを使ったから誰も追っかけて来ることはない、ないのだが……。

 

「──あー、何で私あんな事言っちゃうかな!?」


 しゃがみ込んだ私は、頭を抱えた。

 こんなつもりじゃな無かった。本当は自分が悪い事も理解している。

 分かって居ても、悔しくて悔しくて、悔しくて……。


 それでも、お腹の虫がぐぅーっと鳴り響く。

 悲しい事に、人はこんな時でもお腹は減るのだ。


「やっちゃった……。うぅー、そう言えばご飯食べ損ねてた」


 家に帰った時も、食べてる暇無かったし。学校でも給食の前に飛び出してたっけ。

 今日は本当、何もかもがうまくいかない。

 なんかだんだん、むしゃくしゃしてきた。


「そもそも、全部お父さんが悪いんじゃない! 勇者なら、勇者らしくしてくれれば、馬鹿にする奴もいないのに!」


 私が地団駄を踏んだ時だった。

 何となくだが、一瞬森がざわついた気がした。


「な、なに?」


 鳥が飛び立ったかと思うと、突然一本の大木が倒れたのだ。

 私は警戒を払いながら、その原因を覗き見る事に……。


「う、嘘……。なんでこんな所に」


 木を倒した犯人は、私の3倍以上の背丈がある魔物、マグナベアーだった。

 金色の体毛を持ち、熊科の魔物でもレクス種を除けば最大種とされている魔物。

 ティアママの図鑑で、見たことがある。


 どうやら、倒した大木についている蜂の巣が狙いだったようだ。

 蜂に群がられても、マグナベアーは気にする様子も見せず、蜂蜜をむさぼり食う。


「気づかれる前に、なんとか逃げないと……」


 距離を取ろうと振り向いた時だ。

 視界のハズレで、何かがこちらに飛び掛かって来たのに気付く。


「こ、こんなタイミングで!?」


 私は、咄嗟に飛びついてきた何かを、剣で振り払う。

 するとそれは木にはぶつかり、地面へと落ちた。

 どうやら犯人は蛇だったようだ。

 そして奇襲に失敗した蛇は、そそくさと何処かへ逃げ去っていく……。


「それより──っ!!」


 今は、蛇なんかよりよっぽど危険な相手がいる。 

 私が振り向くと、マグナベアーと目が合ってしまった。


 今日はきっと、人生で一番の厄日だ。

 次々に良くない展開に……って、それどころじゃない!!


 私は走った。

 町の外壁までたどり着ければ、いくらマグナベアーと言えど、突破することはできない。


「──は、早い?」


 走り出しの一瞬、距離を取ることが出来たと思ったのに、どんどん詰められて行く。

 初速に限り私の方が早いみたいだけど、その他の身体能力は比べ物にならない程、マグナベアーの方が上だろう。

 このままでは、追いつかれるのも時間の問題。


「逃げきれない──なら!!」


 私は鞘からショートソードを抜き構えた。

 振り下ろされるマグナベアーの拳を、回避しながらの受け流しで、何とかいなす事に成功する。


「なっ、なんて力なの!」


 たった一撃、たった一撃の攻撃を受けただけで、手がしびれる。

 しかしその一度のチャンスで、懐に入る事に成功した。


「はぁぁぁぁ!!」


 いくら高い身体能力でも、懐にさえ入れば小回りは効かないだろう。

 

 スキを見計らい、何度かショートソードで斬りつける。

 しかし硬い体毛に覆われているマグナベアーには、私の刃は届かない。


 一進一退の攻防は続く。

 私の攻撃は通らず、相手の攻撃は一撃が致命傷。そんな状況に、若干の焦りを感じていた……。


「刃が通らないなら──これなら!!」


 私は大振りの攻撃を交わすと共に、空中で横切りを放つ。

 そしてその一撃は、マグナベアーの目を潰した。

 

「効いた! これで──」


 活路を見出したと思った一瞬、突如切ったものとは別の目が開かれ、私を見つめたのだ。


「──がっ!?」


 剣を盾変わりに受け止めるものの、マグナベアーが振るった一撃で、私の足は地面から離れた。


「うっ……多目? しまったな。そう言えば目が六つあるって図鑑に乗ってたっけ……」


 潰した目とは別の、四つの目が私を見つめている。

 打ち所が良くなかったのか、手足に力が入らない。

 これでもう、逃げることも立ち向かう事も出来ない。

 ゆっくりと近づくマグナベアーが、無情にも腕を振り上げた。


「今日は……本当最悪な日。ママ達、最後まで悪い娘でごめんなさい」


 私は目を閉じ、後悔を口ずさむ。

 恐怖に、自然と涙を流しながら……。

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