姉を無残に殺され、復讐のために柳生の剣を学ぶ明音(あかね)。岩をも一刀に両断する『天狗斬りの剣』を身に着けようと必死に修行するが……。なんとも言えない、心が張り裂けそうになる読後感ですが、時代小説ならではの悲しさ、侘び寂びを漂わせる、胸を打つ物語でした。普通の仇討ち物語では、爽快感や達成感が押し出されることが多いですが、本作の仇討は、まさに復讐という言葉が相応しい、まさに己の全てを賭けた命がけの行為であり、それがどのような結末を迎えるのか、ぜひ読者様自身で確かめて頂きたい名作です。
やはり久秀のキャラクターの描き方がうますぎる。もっと久秀について知りたくなるという気持ちになる。復讐のやり方、久秀の合理性、それから最後の鮮やかな斬撃の場面。えげつない顛末なのに、どこか爽快感すらある見事な話でした。脱帽です。文章の読みやすさや、剣術についての哲学も分かりやすく、良い時代小説と出会えました。
結末は伏せておくとしても、ひとつだけ、この小説には安易なハッピーエンドにはない感動があります。好々爺然とした人物が一転許しがたい卑劣漢であったりと長くはない物語に人間の裏表が描かれており唸らされる。中でも剣術の描写は素晴らしい。活人剣・殺人剣のイメージが、この小説を読むことで更新されました。抑制の効いた筆致で描き出す世界は、しかし濃厚で豊かです。少女の想いを一顧だにしない時代の野蛮さと政治の力学に読みながら怒りをおぼえてしまいました。それほどに感情を揺さぶる傑作です。