……うーん。

 さっきまでいたところ《仮想世界》とは質の違う光が視界を刺した。

 物理世界の肉体のあの感覚を久しぶりに味わう。

 ぼんやりと目を開ける。

 そこはの家のリビングで、俺はソファに座っていた。

 そして隣には、

「……お父様、ですか?」

 俺が手掛けた初めての躯体、ユイリーの姿があった。

 俺はすかさず問いを放つ。

「ユイリー、フィジカルチェック」

「心拍数正常。血圧上限下限ともに正常。脳波正常。肉体、精神及び意識障害特になし。脳と光量子演算機及び人工脳演算機などとの意識及び記憶同期正常。……お父様は正常に『生きて』おられます。以上です」

「そうか」次々と伝えられた情報に俺は満足し、そこで初めて笑顔を見せた。

「……ただいま、ユイリー」

 その言葉に、ユイリーはその安堵の笑みの深さを更に増し、

「……おかえりなさい、お父様」

 そう言って優しく抱きしめてくれた。

 こうして抱きしめてくれるのは、いつぶりになるだろうか。

 自分のこの体が「ユウト」のものだった時は別として。

 ユイリーは体を離すと、ほっと一つため息をついて話しだした。

「お父様が事故に遭われた際、私とお父様は電脳のバックアップシステムを起動させ、私のサーバデバイスに同期していた意識の方を主意識とし、肉体を仮死状態にしました。そして、肉体の義体化手術を行い、その際、仮の意識として、お父様が研究されていた、人間及びアンドロイド用意識OSのイメージをインストールさせ、その意識OSにより肉体及び脳の回復を行わせました。それが今まで私と過ごしてきた『ユウト』……。この指輪をくれた『人』だったのです」

 少し寂しそうな顔を見せながら自分の左手を見せたユイリーに、俺は笑った。

「『覚えている』よ。私の意識と記憶には『ユウト』が過ごした記憶や体験がコピーされているからね。私は『ユウト』と言っても良い」

「そう、ですか……。でも、悪いことをしたかもしれませんね」

 ユイリーはそう言って照れ笑いを見せた。

「なんでだ?」

「あの『ユウト』には。自分のほうが『レンタルされていた』とは最後の最後までわからなかったようですし」

「良いんだ」俺は立ち上がり、体を一つ伸ばすと言葉を続けた。「自分が『須賀悠人』じゃない。人間じゃないとわかって暴走されたり自殺でもされたら困るからな。最後までわからなくてよかったよ」

「まあ、お父様の肉体がなくなったらどこに戻れば良いのかわかりませんしね。……それとも私の中にずっといたほうが良かったですか?」

「それも良かったかもな」俺はそう言って苦い笑みを見せた。「でも、こうしてリアルでお前と抱きしめあえて、本当に良かったよ」

 そこまで会話して、俺はむずがゆさを感じていた。

 ユイリーの呼び方。

『ユウト』が感じていた感情。

 そして、俺が今思っている、想い。

 アンドロイド相手にこんな感情を抱くのは正直異常なのかもしれない。

 それでも、俺は今告げるべきだ。

『ユウト』が言えなかった彼女に対する思いと、俺が彼女に抱いている思い。そして、彼女が俺に抱いている思いは、全部同じだろうから。

「なあ、ユイリー」

「なんですか、お父様?」

 俺は不思議そうな顔をするユイリーの手を取り、立ち上がらせると、こう告げた。

「もう、『お父様』と呼ぶのは止めにしてくれないか? 正直、そういう関係はもう終わりにしたいんだ」

「では、なんと呼べばよろしいのでしょうか?」

 ユイリーの金の髪がふわっと広がる。

「簡単だよ」俺はそう言ってユイリーを抱きしめ、こう応えた。

「『あなた』と」

 そう言って。

 僕は、俺は。

 自分の娘であり嫁の唇に、キスをした。


                                       〈了〉


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彼女は僕のメイドにして俺の娘で嫁 あいざわゆう @aizawayu1

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