「今日、いつ頃帰るの?」

「デバイスなどを取りに来る機体がちょっと遅れていまして……」

「そう、なんだ……」

 初秋の午後。

 僕らはリビングのソファで向かい合いながら、そう言葉を交わした。

 ついにこの日が来てしまった。

 ユイリーが、研究所に戻る日が。

 研究所に戻れば、彼女は調査され、そして分解される。

 それなのに、ユイリーの午後の日差しに照らされた姿は、いつもと変わらず、美しく、可愛かった。

 自分の手足が慣れるまでだから、レンタルでもいいや。最初はそう思っていた。

 でも、でも今は。

 ユイリーが去ってしまうのが辛い。当たり前のようにこの家にいた彼女がいなくなるということが訪れるのが怖い。

 僕は彼女がいなくなった後、どうすればいいんだろうか。

 そう言えば、僕は自分のことをまだ思い出していなかった。

 色々家を調べた結果、僕はシノシェア社のアンドロイドを作っているところの社員らしかった。でも、そのことを思い出せずにいた。思い出そうとすると、突然頭痛が襲い、それ以上考えられなくなってしまう。それを繰り返した挙げ句、僕はそのことについて自己追求するのをやめた。

 そんなことより、ユイリーと楽しく過ごすほうが有意義だったし、楽しかった。彼女がいたことを、僕が覚えていること。そうすることが、僕の使命であるように思えたからだ。

 聞いておこう。ユイリーが今どんな気持ちかを。

「ユイリー、今までの生活、どうだった?」

「はい……。悠人様との生活は、とても楽しいものでございました」

「僕も楽しかったよ。君と一緒にいられて」

 言いながら僕は立ち上がる。そして、透明な板のテーブルをぐるりと回り、ユイリーの隣に座った。

 彼女の体から、スミレの香りがした。

 あれ、この匂い、どこかで……?

 まあいいや。僕は問いかけなきゃいけないことがあるんだ。

 隣にいる寂しそうな笑顔のユイリーの顔を見て、それから彼女の左薬指に輝くものを見る。

「ねえ、このまま家にいさせられるためには、どうしたらいい?」

 彼女はその問いを予め知っていたかのように、寂しく左右に顔を振りながら応えた。

「私にはどうしようもありません。あの人次第です」

「あの人って……」

「私を作った人。『お父様』です」

「『お父様』……。その人ってどんな人なの?」

「一言で言えば……」ユイリーはそう言って一度言葉を切り、そして照れた表情で応えた。「悠人様にとても似て、優しい方です」

 不意に自分の手にぬくもりを感じ、心臓がドキンとなった。自分の手を見ると、ユイリーの手が重なっていた。

「僕にとても似ている……」

 ドギマギしているのを悟られないように応える。

 ユイリーは僕の目を見つめる。僕のことをメモリーに焼き付けるような瞳で。

「はい、悠人様にとても似ております。本当にそっくりです」

「そんな人が、君を作ったの? 素晴らしい人だね」

「はい……」

 彼女はもう一度照れ笑いを見せた。

 本当に彼女は、その人のことが好きなんだ。

 ……ユイリーは僕とその人、どっちが好きなんだろう。

 なんだか指輪をあげたのを後悔したくなってきた。

 聞くべきか聞かざるべきか。

 ……。

 うん、聞こう。

 その時だった。

 彼女の耳に何かが聞こえたようで、ハッとした顔を見せ、こう告げた。

「そろそろ時間です。帰る時間が来ましたわ」

 いよいよこの時が来たのか。

 彼女が帰る時間が。

 僕が何か言おうとしたとき、彼女が言葉を告げた。

「本当に、本当に、お疲れ様でした。ありがとうございました」

 そう言って、僕に顔を近づけてきた。

 ……?

 何かがおかしい。

 まるで。

 帰るのは僕の方みたいな言い方だ。

 ……ま さ か。

 

〈System termination>



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