第8話
次の日、俺はいつもよりも少し早い時間に高校に行った。
二日ぶりに乗る自転車が物凄く久しぶりに乗るように感じて、いつもよりも急ぎ目に漕いでしまう。
今日は土曜日、文化祭本番だ。
坂道を上り、自転車を駐輪所に止める。いつもより早いためか、ごった返して止まっている駐輪所も今日は簡単に止められた。
校舎に入ってみるといつも見たく下駄箱に大量の生徒はおらず、簡単に上履きを履け、廊下を歩く。
廊下には何処からか忙しそうな話し声が聞こえるが、それでもいつもの騒音よりかはましだ。
そうして、廊下を歩き、階段をのぼり、廊下を歩くと自分の教室に着いた。
一番近い、前のドアから教室に入ろうとしたが、何故か変な気分がして、後ろのドアまで移動して扉を開けた。
「……」
驚いた。
その驚きは、机と椅子が全て後ろの寄せられていたわけではなく、俺よりも早くにここに来ている生徒がいることだ。
「あら、今日は結構はやいのね」
「そういうお前だって何時もより結構早いだろ」
俺は教室の中にいる生徒は苑宮だった。
「私は、昨日やる作業を一つ忘れてたから、それをするために早めに来ただけ。そういうあなたは?」
「俺は二日間休んで何もやらないってのに、少し気が引けたからこうして、何かしようと来ただけ」
俺は近くの机にバッグを置き、苑宮に近づいた。
「それで、何かすることある?」
「それじゃあ、ここにあるメチューを壁に貼ってきて」
苑宮は近くにある二枚の水色の紙を指さした。
その二枚の水色の紙と近くに置いてある画びょうを持って壁に貼りに行く。
紙には、定番のソース焼きそば二百五十円と書いてある紙と、焼きそばパン二百円と書いてある紙の二つを画びょうで貼った。
「はい、これもお願い」
いつの間にか後ろにいた苑宮はもう一枚俺に水色の紙を渡してきた。紙には目玉焼き焼きそばと書いてあった。
三枚目の紙も貼り終えると、後ろから何かが寄りかかってきた。
「その、この前はごめんね」
零す様に言葉を吐き出してくる苑宮。その身体は少し震えていた。
「変なこと言って、ごめんね」
何というか、少し後ろから寄りかかられるのに慣れてきた自分がいる。
「本当にごめんね」
やっとの思いで絞り出したその言葉。気が付くと、背中が少し濡れている。
何故か、苑宮が泣いているというだけで心臓の辺りがずきずきする。
はぁー、俺一体何をしたいんだ。
~
苑宮はあれから少しすると作業をしよう、と言い俺と苑宮は作業を再開した。二人で作業を始めていると、続々と上本や他の生徒などが登校してきて、作業は文化祭始まりまでに全てが終了した。
そして、文化祭が始まると、午前中はシフトに入っていた俺だったが、想像以上の人の多さで結局午後まで焼きそばを焼いていて気が付いたら文化祭一日目は終わっていた。
「岸峰―、帰ろうぜー」
上本は椅子にグダーっと座っている俺に向かって言ってきた。
「あぁー、わかったー」
立ち上がり、近くにあるバッグを持ち、廊下を歩く。
どうでもいいような話をしながら駐輪所に自転車を取りに行き自転車歩いて帰る。
時刻はもう夕方で空は夕焼けに染まっていた。
俺と上本は並んで歩いていると橋の上で上本が止まった。
「うん?どうした上本」
俺は振り返って不振がりながらうつむいている上本に尋ねる。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「おぉ、何だよ一体」
どことなく真剣な顔をした上本に俺は少し後ずさる。
「お前と苑宮さんは…………付き合っているのか?」
「はあ?」
俺は予想外の言葉を上本から尋ねられて大きな声を出してしまった。
「ないな。俺と苑宮は付き合ってないよ。それが一体どうしたんだ」
俺は苑宮とは付き合ってない。俺では苑宮とはつり合いが取れてない。天秤と言うのは釣り合っていて始めた意味があるのだ。
だから、もしかしたら今くらいの関係がちょうどいいのかもしれない。
「俺な、その……文化祭の後夜祭で苑宮さんを踊りに誘うつもりなんだ」
その言葉は本当に予想外で言葉も出なかった。
後夜祭と言うのは文化祭二日目にある、使った物を燃やしてみんなでその火を囲んでその周りで踊ろうという行事だ。まぁ、簡単に言えばフォークダンスだ。
そして、そこで踊るのは大抵男女のカップルだ。たまに男同士がふざけて踊るなんてこともあるが、それでも大抵は恋人同士が踊るものだ。そう、男女が一緒に踊ることはみんなに私たちは付き合っていると公言するという事だ。
「それは、本気なのか」
「あぁ、当たり前だ」
こういう時はどうすればいいのだろうな。でも、まぁ、こいつだったらもしかしたら彼女を救えるのかもな。それを肯定するかしないかはともかくとして。
「まぁ、俺が言う事でもないが、まぁ、がんばれよ」
「あぁ、ありがとう」
上本はニッコリと明るい笑顔をした後、俺と上本は並んで帰路に着いた。
まぁ、応援くらいはしなくちゃな。
~
次の日の日曜日はいつも通りの時間に登校した。
遅刻十分前の一番人が多い時間。今日はいつもよりも騒々しい。どこもかしこも文化祭で話が持ちきりだ。
人と人との間を上手い具合にすり抜けて俺は教室に入った。
教室に入ると、それぞれが床に座って談笑をしていた。
俺はあまり人がいない黒板の下に座り、目をつむる。
特に眠いわけでも、考え事をするわけでもない。これはある種の癖みたいなものだ。こうして暇な時間があると、ついつい腕を組んで目をつむってしまう。
目をつむってから数分経つと耳元でおはよう、と聴こえた。
目を開いて声が聴こえた方向を見るとそこには苑宮の姿あった。
「おはよう」
再度、告げてくる。
「あぁ、おはよう」
俺がそう言って意味もなく腕を上に伸ばすと苑宮は立ち上がって周囲のみんなに号令をかけた。
「それじゃあ、もう少しで文化祭も始まるから準備を始めよう」
その声と共に、朝の準備は始まった。
はぁ、それじゃあ、何かしますかね。
~
「ほら、じゃあな」
俺にそう告げてきたのは、確実に小さいであろうセーラー服をピッチピッチで着ている上本だ。
「いやでも、流石にさぁ、今一番忙しいだろう」
「それでもお前、今日この時間までじゃん。シフト」
「はあ、わかったよ。それじゃああとは任せた」
「おう!」
上本に言うと、エプロンを近くに置いて教室から抜けた。
教室から出て見ると廊下にはいつもとは違う様々な人が歩いていた。いつもは制服だけだが、私服の人や何かの衣装などを着ている人など様々な老若男女に人が歩いていた。
ともかくどこか見て回るか。
そう思い、廊下を歩いて階段を降りてフラフラしながら歩く。
教室では様々なことをやっている。お化け屋敷や迷路、おでん屋にたこ焼き屋など、色々な教室で騒々しくやっている。
人と人との間を潜り抜けていくといつの間にか理科室に着いた。
理科室でも何かやっているようで、店先にある看板を見るとカラフル文字で『女バス!焼き鳥屋』と可愛く書かれていた。
女バスで焼き鳥かよ。
俺はドアの隙間から理科室の中を見て見る。
理科室の中にはユニホーム姿の女子が焼き鳥を焼いて、焼いた焼き鳥を客に渡している。
回転率は悪くないようで列を作って待っている客たちも長い時間待ってないようだ。
そう言えば、赤城はいるかな。
理科室内を再度見渡してみるがそこには赤城の姿はない。
まぁ、シフト外なのだろうな。
また、別の所をふらふらと見ようと思った矢先―――
「うわっ!」
耳元で叫ばれた。
声は出さなかったがついつい驚きすぎて、その場で転んでしまった。
「あ、ごめん。大丈夫?」
誰だ、と思い驚かして生きた張本人を見上げた。
見上げた先にいたのは女バスのユニホームを着た赤城だった。
赤城は申し訳ないような顔をしている。
「いきなり耳元で大声出すなよ」
「ごめんごめん、気づいて無いようだったからついね」
その声を聴きながら立ち上がる。
「それで、もしよかったらどう?焼き鳥?」
「焼き鳥かぁ~、まぁ二本くらい買ってみるか」
「お、やった!それじゃあ、最後尾あそこだからちゃんと並んでね」
赤城は理科室の後ろ側を指さすと理科室の中から「赤城―、さぼってんじゃねー」という声が聴こえてきた。
「ごめーん今行くー、それじゃあ」
赤城と分かれて、俺は列の最後尾につく。
列は簡単に前に進んでいき、三分ほど経つと注文を聞かれた。何するか悩むがメチューを見るとネギ間しかなかった。
ネギ間を二本頼み、代金の二百円を払うとまた、少し並んだ。
「ほい、どーぞ」
「あぁ、さんきゅー」
並ぶこと一分弱で赤城から小さい紙袋で焼き鳥を二本手渡しで渡された。
ここで焼き鳥を食べてもいいが、肝心の座る場所が満席でしょうがないから移動した。
階段を上り、廊下を歩く。そうしていくと、目的地のせいなのか今までの喧騒がだんだんと小さくなっていき、目的地に着くころには喧騒は消えていた。
ドアノブを捻り、部屋の中に入る。久しぶりに入る部屋だが、中身は特に変わっておらず、俺は何時も座っている椅子に座った。
窓からは誰もいないグラウンドが見えた。
小さい紙袋から一本焼き鳥を出して、ゆっくりと食べながらグラウンドを見る。
鳥、ネギ、鳥、ネギ、鳥と言う順番で貫かれたネギ間を食べていると部屋のドアが開いた。
ここに来る人物何て一人しかいないので予想はついたが一応ドアの方を見て見る。
「誰?」
その人物は黒いタキシードを着こなし、長い髪を後ろでまとめて、姿勢を正しく立っている一人の青年だった。
「誰って、私よ」
「へっ」
その声質は男性にしては高くて、女性の様な声だった。
てか、聞き覚えのある声だった。
「えっ、まさか、苑宮……さん?」
「なんで、さん付けしたのよ」
タキシードを着こなしている苑宮はそのままいつも座っている椅子に座った。
俺が驚いて苑宮を見ていると苑宮はこっちを見てきた。
「何そんなに驚いているのよ」
「いや、何と言うか・・・」
確かに、苑宮が男装するというのは知っていたがまさかここまで似合うとは。これ多分、俺がタキシード着るよりも似合っているな。
「こ、こんなに早く抜けてクラスの方は大丈夫なのか?」
俺は思い付きでクラスの事を話題に出した。たしか、俺と苑宮は入れ替わりでシフトに入っていたはずだ。
「それなら大丈夫、もう完売したから」
「おおー」
なんだ、もう完売したのか。
「それじゃあ、何でタキシードなんて来てるんだよ」
「それは、着替えようとここに来たらあなたがいたの」
おう、どうやら俺は邪魔らしい。
俺は立ち上がり、部屋から出ていこうとすると、腕を握られた。
「ねぇ、文化祭今から一緒に回らない?」
「その格好で?」
「この格好で」
「それは別にいいが……」
何というか、絵にならねーな。
~
苑宮はタキシード姿のまま俺と苑宮は一緒に文化祭を見て回った。俺のクラスが完売していたので当然、他のクラスも少しずつ完売の札が貼られていった。
それでも、苑宮は楽しそうにして、文化祭を回って俺はその後からついていく。
「一組のたこ焼き半額でよかったねー」
「ああ、確かにな。結構うめーなこれ」
俺と苑宮はたこ焼きを食いながら出店を見て回るが、もうほとんどの店に完売という文字が出ていた。
『現在を持ちまして、文化祭を終了します。生徒の皆さんは直ちに教室の片づけを始めてください』
その放送が学校中に響く。
「もう終わりか。それじゃあ、私着替えてくるから先に教室行ってて」
苑宮はそう言うと、さっき来た道を戻って行った。
俺は教室に向かうべくたこ焼きを食いながら歩いていくと人通りが少ない廊下で、後ろから声を掛けられた。
「よっ、久しぶり」
「久しぶり、岸峰君」
振り向くと、そこに居たのは雪ノ瀬さんと寧々木さんだった。
「お久しぶりです」
何というか、少し気まずい。
俺はてっきりもう会う事は無いのだと思っていたからこうして会うと、何話していいか少し悩む。
「その、お見舞いに行けなくてごめんね。ついさっきまで色々忙しかったから行く時間が無かったの」
「いえ、別に特に異常はありませんでしたから大丈夫です」
雪ノ瀬さんは安堵した表情をするとニッコリと笑って「それは良かった」と言った。
「それで、あの後あの神父はどうなったんですか」
俺は一番聞きたかった事を聞いた。
俺はあの後、意識を失ったのでどうなったかは分からないが、気になる。もし、生きているならまた、苑宮を狙われるかもしれない。それだけは有ってはならない。
だが、もし、レイヴィルが生きてなかったら、俺は―――
「死んだよ。レイヴィル・ファーティスはあの後すぐに死亡した」
寧々木さんがレイヴィルの死亡通告をして、雪ノ瀬さんは苦虫を嚙み潰したよう顔をしてうつむく。
「そうですか」
あぁ、俺は人殺しになってしまったらしい。
~
雪ノ瀬さんと寧々木さんはあの後、挨拶をして帰って行った。もう会う事は無いと思っていたがあの二人はあともう少しはこの市にいるつもりらしい。
俺は人通りのない廊下でかれこれ数分壁を背もたれにして床に座り込んでいる。
「ははぁっ」
口から嗤い声が漏れる。
どうやら俺は人殺しらしい。
予想はしていた。あの怪我ではレイヴィルは間違いなく助からない。
覚悟もしていた。苑宮を助けるためなら俺は何人だって殺すのだと、それが背負う事しか出来ない俺が唯一出来ることなのだと。
だが、それでも想像以上に人殺しと言うレッテルが俺に重く圧し掛かってくる。
人間とはあんなに簡単に殺す事が出来るのだと頭が勝手に認識してしまう。
違う。あの時実力差では間違いなく死ぬのは俺だった。俺が生きているのは偶然だ。奇蹟だ。だから、だから!
そんな事、思うな。
「……そう言えば、クラスの片づけが有るんだったな」
俺はゆっくりと立ち上がり、教室を目指して歩き出す。
~
あの後、俺は笑えていただろうか。
いつも通りの岸峰晃弥だっただろうか。
分からない。
俺が人殺しなのだと、言う事実が想像以上に俺に圧し掛かってくる。
教室の片づけがあらかた終わり、後は二日休んで水曜日の片づけにやればいいだけだ。
俺は片づけが終わり次第帰るのではなく、何故かこね部屋に来た。
一体、何故ここに来たのかは俺にも分からない。ただ、何処か人気のない場所に行きたかった。
左手が震えてる。
右手がブレザーの上から左腕を強く握る。
俺はちゃんと、排除するというのがどういう事か分かっていなかった。
苑宮のために、それが頭の中に一杯で人殺しがどういうモノか分かっていなかった。
いや、違うな。それは言い訳だ。ただ苑宮を盾にしているだけだ。
だから、俺は自分が怖い。こんなことを思ってしまっている自分が怖い。
「あぁ、人間とは何て簡単に殺せるのだろう」
思っていることがそのまま耳元で誰かに言われた。
彼女の声で幻聴(ソレ)を告げられた。
~
気が付くと、部屋の中はいつの間にか一面真っ暗だった。
どうやら、俺は眠っていたらしい。
『只今より、グラウンドで後夜祭を始めます。校舎に残っている生徒はグラウンドに集まって下さい』
放送が部屋の中に響く。
後夜祭、もうそんな時間か。
俺は隅っこからいつもの椅子に座る。
窓からはグラウンドが見え、グラウンドの中心でメラメラと燃える炎がよく見えた。
後夜祭か、そういえば上本は告白したのだろうか。
上本も、勇気あるよな。今まで何人も色々な人が告白してきてその全てを苑宮は断ってきたのにそれでも告白をするか。
いや、もしかしたら、上本には苑宮と告白できるという自信があるから、上本は告白をするのではないのか。
俺が知らないだけで、裏ではあの二人は結構仲がいいのではないのか。
もし、苑宮に彼氏が出来たら、あいつはこの部屋に来なくなるんじゃないのか。彼氏を優先するのではないのか。
いや、それはいいではないか。
もともと俺がこの部屋に来るようになったのだって苑宮無理やり連れてきたからだ。
それにだ、苑宮に部屋の必要性が無くなるとはいいことではいか。
何より俺は人殺しだ。そんな男より、上本みたいなヤツの所に行った方が絶対幸せになる。
もう一回、窓の先のグラウンドを見る。
グラウンドには焚かれている炎を中心に数十組の男女が踊る。もしかしたら、あの中に苑宮は上本か、もしくはそれ以外の誰かと踊っているのかもしれないな。
もしかしたら、いつしか苑宮からこの部屋の存在と共に、俺の存在も忘れさられるのかも知れない。
それは、とても―――
「―――嫌だな」
口から言葉が零れ落ちる。
別に苑宮に忘れ去られるのは別にいいのだ。いいはずなのに、何故かその未来を思い描くと物凄く悲しくなる。心臓の辺りがずきずきする。
「何泣きそうな顔をしているの?」
「へっ、苑……みや………」
俺のすぐ横にはいつの間にか苑宮がいた。
「なに、その幽霊を見たような顔」
「へ、いや、お前、彼氏と踊ってるんじゃないのか」
「何それ。私に彼氏何ていないじゃない。あぁ、もしかして上本君からの告白知っていた?付き合うわけないじゃない」
俺は苑宮のその言葉にあっけに取られていた。
そうだよ、何で付き合うと思っていた。付き合う確率より、断る確率の方が圧倒的に高いだろう。
「あれ、まさか付き合うと思っていた。ここには来ないと思っていた?」
ニコニコしながら楽しそうに苑宮は顔を近づけてきた。
「ち、ちげーよ」
顔を背けて言うと、苑宮は近づけていた顔を離した。
「ねぇ、岸峰」
「な、なんだよ」
今度は、さっきとは違う優しい声で俺の名前を言ってきた。
「一緒に踊らない?」
「……はぁ?」
こいつ今何て言った?
「お、お、お前なに言ったか分かっているのか」
「当り前じゃない。ほら」
右手をこっちに伸ばしてきた。
「その、本気なのか?」
「こっちから誘っているんだけど?」
「俺なんかで、いいのか?」
「あなたがいいの」
その言葉と、仕草に一瞬ドキッとした。
「ほら学校で二人っきりになれる場所なんて此処くらいなんだから」
グラウンドの明かりと月光が部屋をほのかに照らす。
此処だけの関係、か。
多分、少しホッとしてしまった俺は男として最低なのだろう。
「わかったよ。言っとくが踊れないからな、俺」
俺は差し出された手を取る。
「そんなこと知ってる」
右手で彼女の左手を掴み、左手を彼女の腰に添える。
いつの間にかグラウンドから音楽が薄っすらと聴こえてくる。
「そこはそうじゃなくて、こう」
「こ、こうか?」
「違う違う、こうするの」
「おぃっと……」
見様見真似の動きをして、それを苑宮に矯正されてどうにか踊りっぽくなっていく。
この時間が永遠に続けばいいのにな、とそんな事を思ってしまう。
~
そう、あれは俺がまだ中三の頃だ。
クラスのほとんどの者が初めの受験に焦りと不安を覚えていた。
そのクラスには俺もいて苑宮もいた。
苑宮はクラスの中心人物として様々な人から悩みなどの相談を受け、俺は話しはするが影が薄い一人として教室にいた。
ソレは起こった。
十一月が過ぎそろそろ十二月を迎えようとした頃、俺たちのクラスは崩壊した。
俗にいう学級崩壊と言うやつだった。
誰もがいがみ合い、憎しみ合った。
そんな中で何が起こったか分かるのは二人だけ。
発端であり中心にいたからこそ、全てを見て何もできなくて最初に壊れた苑宮悠香。
外にいて見てるだけで何もしなかったから何も被害が来なかった岸峰晃弥。
同じようで違う苑宮と俺。
あの件は苑宮だけが悪いわけではない。
それでも、背負う必要のない罪を背負う苑宮に、罪滅ぼしで一緒に罪を背負うとしている俺。
今までも、これからも、罪を背負い続ける俺たち。
だから俺は、苑宮のためにこの生を使うべきなのだ。
~
光が窓からしか入って来ない部屋の中。
彼女は笑う。
俺もそれにつられて少し笑う。
あの時終わって、始まった関係。
せめて、それが幸福に満ちているように俺は願う。
だから、俺は―――
「―――何があっても、お前の傍にいるよ」
嬉しそうにニッコリと悠香は微笑んだ
終わり。
ただ一つの誓いの為に コウヘイ88号 @kouhei080080
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます