第7話

「おやおや、まったく、物騒な物をもって。当たったら大変じゃないですか。そんな異物でも危険じゃないですか」


 レイヴァルは何もなかったかのようにケロッとしている。


「ちっ」


 バケモノが。

 俺は確かにレイヴィルに向かって銃弾を放った。

 今日もっとも落ち着いて、冷静に、確実にヘッドショットになるように弾丸を放った。弾丸は吸い込まれるようにレイヴィルの眉間に向かっていった。

 そこまでは良かった。

 だが、レイヴィルから五メートルほど前で不可視の刃に切られたかのように真っ二つに切られた。


「それでは今度はこちらが」


 その瞬間、警報が体中に響いた。このままここにいると、自分の身体が真っ二つになるという幻覚を見るほどの、警報。

 俺は数歩右に動くと、左側に何かが横切った。

 恐る恐る後ろを振り向くと、後ろにあるコンクリートで出来た階段は縦に真っすぐ一メートルほどの切り込みが入っていた。右に動かなかったら間違いなく身体は左右に真っ二つだっただろう。


「ほう、これを避けますか」


 レイヴィルは嬉しがるようにニッコリと嗤う。

 その時、また幻覚を見た。さっきと同じ通りここにいると真っ二つにされる幻覚を見た。


「なら、これはどうですか」


 言葉が発せられた瞬間、右に数歩移動する。

すると、左にまた何かが横切った。その時、また視た。真っ二つにされる光景を幻視した。


「ッ!」


 さっきよりも焦って勢いよく右に移動する。その瞬間、また何かが左側を横切る。


「ほう、これも避けますか」


 一方的に告げる様に喋ってくるレイヴィル。

 だが、俺の頭には言葉が全く入って来なかった。

 疲れた。物凄く疲れた。

 たかが数歩移動しただけなのに百メートルを二回連続で走った時以上に疲れた。おかしいな。ここまで体力無かったか俺。しかも、疲れのせいか頭も痛くて、クラクラしてくる。


「ですが、彼方のそれ(・・)は一体何なんでしょうね」


 だが、レイヴィルは俺の事なぞ知らないと言うかのように喋り続ける。

 そして、さっきと同じものを幻視する。

 数歩右に動こうと足を上げた瞬間また、幻視する。

 このままの移動し終わると真っ二つにされることを幻視した。

 何だよこれ。

 持ち上げた足は重力に逆らうことなく地面に落ちた。だが、このままではこっちで真っ二つにされる。

 なら、出来ることは一つだけだ。

 足が地面に落ちた瞬間、もう一方の足をさっきよりも早く上げて、地面に落とす。

 その瞬間幻視する。

 動いた先でも真っ二つにされ、それを回避するために動いた先でも真っ二つにされ、またそれを回避するために動いた先でも真っ二つにされてくのを幻視する。

 幻視に従い、どんどんはやくはやくと動いていくうちにまるで、走っているようになっていく。

 レイヴィルと吊るされた人影を中心にいつの間にか丸く円を描くかのように走っていた。

 走っている時にも僅か先を幻視する。

 その斬撃に追われて、追いつかれないように走っていると、目の前に斬撃が通り過ぎるのを幻視した。

 危ないっ!

 何とかギリギリ止まりきる。

 左右に斬撃が通りすぎ、通り過ぎた瞬間、俺は拳銃を構え、レイヴィルに狙って弾丸を放つ。

 弾丸はまっすぐレイヴィルに向かっていき―――


「―――へ」


 俺の左腕が切り落とされた。

 左腕は一回空に舞い、地面に落ちた。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 断面からは赤色の液体が溢れ出した。

 何だこれ何だこれ何だこれ。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ。

 そしてその時。

 右手を使って何とか止血をしてみようと思った時には、右腕がある場所に右腕は無かった。


「―――あ、ああ、あああ」


 後ろの方で何かが落ちる音が聞こえた。

 声なき声を上げながら俺はパニックになっていた。

 もう、何が何だかわからない。

 地面は血で赤く濁る。

 すると、急に目の前に地面があった。

 転んだことに気が付くのはだいぶ遅かった。


「あぁ、ああ、あああぁあぁ」


 立つために必要な両足はあるが両腕がない。

 そもそも、立てる気力がもうない。

 意識はどんどん薄まっていく。

 おぼろげな目で前を見ると、髪を掴まれ持ち上げられた。

 目の前にはレイヴィルが立っていた。

 つまらなそうにこちらを見て一回ため息を吐くと、俺を軽々と投げ飛ばした。


「あっ、あっ、あぁ」


 二回地面にバウンドして吊るされた少女の下まで投げ飛ばされた。

 仰向けのまま吊るされた少女を眺める。

 あぁ、ごめん。苑宮。

 薄れゆく意識の中、俺は下から少女を眺める。

 そして、地面が紅く輝く。





 目を開けると俺は教室の中で椅子に座っていた。

 横が六列、縦が五列で構成されている教室。俺が今座っているのは、教室でも一番窓側で一番後ろの角の席。

 今座っている所からは教室がよく見渡せる。

 何気なく、窓の外を見るとそこには体育館と一本の大きい木が見えた。

 あぁ、ここはあの教室だ。

 多分、ここで終わって、ここから始まった彼女との関係。

 あんな悲劇にも喜劇にも成れない三文芝居。

 俺は椅子から立ち上がりまっすぐ後ろのドアから出ようと、扉を触る。


「それでいいのか」


 俺以外誰もいないはずの教室から言葉が聞こえる。毎日すぐそばで聴く声が静観な教室に響く。

 それでいいんだ。それがいいんだ。

 俺は彼女の罪を無くすことは出来ないけれど、彼女の罰を背負うことぐらいは俺にもできる。

 起こってしまった事を無かったことには出来ないけれど、終わらせることは出来る。


「それが本当に有っているのか」


 もう一度尋ねてくる声が聴こえる。

 これが間違ってないわけがない。

 多分俺以外だったらもっと効率的で誰もがハッピーで終わる方法を思いつけるのかもしれない。

 でも、そんな事はさせないし、許さない。

 今でも脳裏に焼き付いて剥がれない。

 思い出そうとすれば簡単に思い出せるし、見てない出来事を分かろうとすれば簡単に分かってしまう。

 例えば、この教室で渦巻いた出来事。

 思い出せる。

 例えば、仲良かった友達同士が衆人の目も気にしないで言い争う姿。

 見てはないが、どういう理由でどういう結末か大体想像できる。

 渦の中心には彼女がいて、渦の外には俺がいた。

 だから、これが間違っていても俺は、この選択をするのだ。

 何回、何十回、何百回、何千回と問われても俺はこの選択をするだろう。

 幸せで笑えるハッピーエンドがすぐそこにあったとしても俺はそれだけは選ばない。

 そっちは今までの苦悩を、絶望を、悲しみを、あの時視た彼女の涙を無かったことにしてしまう。意味の無いものに作り変えてしまう。それだけはだめだ。

 だから俺はこちらを選んだのだ。

 俺は扉を開ける。

 扉の先は真っ暗な闇。天井もなく、床もなく、壁もない、真っ暗闇。

 俺が教室から出ようとした時、また声が聴こえた。

 優しい、とても優しい女性の声で


「ありがとう」


 と、教室から聴こえてきた。

 あぁ、十二分だ。

 俺は闇の中に堕ちていった。





 瞼を開くと目の前にはどんよりとした雲に覆われた夜の空が、それでもかと言うほどに紅く染まっていた。そして、地面も血液の様な濃くて、鮮やかな紅色に変わる。

 俺は心臓に紐が括り付けられて、その紐に引っ張られるようにして身体持ち上げて立ち上がる。

 地面には緻密で正確に描かれている幾何学模様が紅く光る。はおぞましいとも思えたし、綺麗だとも思えた。

 そして、その幾何学模様の中心は俺の隣で縛られている彼女だった。

 今すぐ解放してあげようとも思ったが止めて、前にいる神父を見た。


「……くく、くくく―――」


 レイヴィルは振り返るようにこちらを見ながら嗤っている。


「ヒィッ,ヒャはハハハハハハハハハハァァァァァァァァァァアア」


 堪えていたが堪えきれなくなり、声を大にして嗤いだした。

 その姿には狂気があったが、その狂気の中には尊敬じみた物を感じ取れる。


「これはいい!これは面白い!これは珍しい!」


 大声で、嗤いながら声を大にする。


「この現代に!奇跡と神秘を狩りつくされた現代に!これほどまでのつながりを見ることが出来るか!否だ!」


 レイヴィルは両手を広げ、嗤う。


「これを現代に産み堕とされた奇跡と言わず何と言う!」


 力強く拳を握り、羨望するような目で高らかに嗤う。


「これこそ、我らが取り戻すべき奇跡の一端。つながりは集団によって弱められ、今はもはやつながりを成すものは歴史と共に消え去った!」

「予兆もあった!予見も出来た!だが!」

「だが!駆逐されたつながりは此処に遭った!」

「視よ!」

「貴様らが霊長類と名乗るのであれば!これこそ人類が犯してきた業(つながり)の成れの果てである!」

「刮目せよ人類!」

「この軌跡こそ、人類最後のつながりであると知れ!」


 この時、レイヴィルは狂うように嗤うが、その瞳は少年の様に光り輝いていた。





「それ故に!神代ではないこの世に貴様はまさしく異蹟(いせき)だ!」


 現代とは異なる、過去の奇蹟。

 演説をするかのように立っていたレイヴィルは何処からともなくステッキを出して、地面につける。

 その瞬間、世界が碧(あお)に覆いつくされた世界を幻視する。

 そして、空間が揺れる。

 碧と紅。

 犯す側と防ぐ側。

 その二つの衝突が世界を揺らす。

 が、数秒経つと世界は今まで通りの紅に成っていた。


「ふん、やはり思い通りには行きませんか。自分で張ったとはいえ、その術式は想像以上に厄介ですね」


 レイヴィルは笑みをこぼしニヤリと嗤った。

 持っているステッキを、ライフルの様に持って構えた。


「バーン」


 子供の様に呟いた瞬間、俺の右胸の辺りに黒い穴が開いた。


「えっ」


 視線を自分の胸に移すとそこには今もなお血が溢れ出ていた。

 恐る恐る左手で穴の開いた右胸を触るがそこには穴何て物はなかった。


「ほう、わずか数秒で治癒……いや、時を戻しましたか」


 ステッキを宙に振る。その姿まるで指揮棒を振る指揮者のようだ。

 指揮者はステッキを振るう。

 その瞬間、俺の目の前は真っ黒に染まった。

 声すら出す暇もなく、現状把握もする暇もなく、目の前が真っ黒に染まる。

 だが―――

 次の瞬間、目の前に広がるのは深紅に彩られた夜空に変わった。


「おもしろいですね。話には聞いていましたが業(つながり)とはこれほどの物ですか。頭を切り刻んだはずですが」


 俺はその言葉の意味がよく分からなかった。

 頭を切り刻んだとか言っているが、俺の頭はちゃんとくっ付いている。

 立ち上がり、まっすぐ前にいる神父を見る。

 俺の手の中にはもう唯一の武器である拳銃はない。はっきり言って何もできない。積みだ。

 だけれど、ここで諦めることは出来ない。彼女を目の前にして諦めることは出来ない。

 それに、頭に響いてくるのだ。

 タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ、と言う怨嗟の悲鳴が頭に響いてくる。

 その声を無視することは出来ない。

 だが、武器もないこの状況でどうする。何をする。

 何もできない事への苛立ちか自然と握る力が強くなる。

 でも、それでも、助けることは出来ない俺だけど、背負う事しか出来ないけど、前に向かって歩く。

 歩く足は自然と速くなり、いつの間にかレイヴィルに向かって走っていた。

 俺にはまだこの身体がある。

 古臭くて、使い古されたありきたりな選択肢だけれども、俺にはこの身体がある。

 まだ、足も動くし、腕もある。

 そして、何故かこんな状況でも生命の危機を全く一つも感じない。


「うおおおおおおおおおおおおおお」


 叫びながら走る。

 そして、何かが耳元を横切り、右腕が切り落とされた。


「っ!うおおおおおおおおおおおおおお」


 だが、いつのまにか切り落とされた右腕は地面に落ちるのではなく元あった場所に戻っていた。

 今は、そんな小さな事を気にしている時間は無い。

 次は上半身だけが急に物凄い浮遊感に襲われた。一瞬だが、俺の下半身と上半身の間にほんの少しの空間が見えた。


「おおおおおおおおおおおおおおおお」


 でも、いつの間にかその空間は無くなり、下半身はちゃんと動く。

 俺はまっすぐ一人の神父に向かって走る。

 腕が切れても、足が捻じれても、首を斬られても、今の俺には何一つ恐怖と感じない。もしかしたらあの幻視は俺に許された危険と言う合図なのかもしれない。それ以上は危ない、という事なのかもしれない。

 右手を力強く握りしめる。

 後十歩、あと八歩、あと五歩、あと三歩、あと二歩、そして―――


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 大きく振りかぶり、右腕を真っすぐレイヴィルの顔面まで持っていく。はずだった。


「へっ」


 腕が動かない。ほんのあと数センチと言うところで右腕が静止する。


「何で⁉嘘だろ、おい!動けよ⁉なぁ」


 右腕にどれだけ力を入れても右腕は動こうとしない。

 それどころか、気づくと足が動かなくなってくる。それは少しずつゆっくりと、上に近づいてくる。


「確かにそのつながりの力は強力だ。治癒ではなく時間の巻き戻しをしているソレはまさしく最強ともいえる。だが、彼女はその力を認識しておらず、彼方はつながりを理解できていない。今のこれだって偶然的にあった無意識化で行ったことだ。まぁ、無意識でこれほどの事が出来るというのもやはりつながりの強みですか」


 動かなくなっていくところは気が付くと胸の辺りまで達していた。

 もう、右腕には力すら入れることが出来なくなっていた。


「だからこそ、無意識化での発動という事はつまり本能でという事。無理矢理割り込むというのは確かに困難ですが、人一人分の空間くらいなら時間さえあれば不可能ではありません。だからそのまま、止まっていてください。なに彼方からすれば、ほんの一瞬の事ですから」


 動かない所はもう、目にまで届いていた。眼球は次第に動かなくない前を見ることも出来ない。そのまま上に上に、動かなくなるところはまっすぐ上に登って行った。

 あぁ、ちくしょう。頼むから動いてくれよ、な―――ぁ―――

 口を通過して、耳を通り抜け、鼻に渡り、目を犯して、頭を覆っていく。

 そして、俺の身体は完璧に静止した。





 これでいいのか、ここで終わらせてしまっていいのか、と俺に問う声が聴こえてくる。

 いいはずがない、ここで終わっていいはずがない。

 でも、身体は動かない。今だって目の前は何も見えず真っ暗という事すら認識できない。

 よくよく考えて見れば、俺が殴りかかりに行くなんて性にあっていなかった。

 多分、いつもだったら遠くから石でも投げていただろう。

 あんな、叫びながらなんて、それこそラノベやアニメで主人公が何回も使って使い古されてきた、伝統的なモノだ。

 それを、主人公でもない、せいぜい主人公のクラスメイトAくらいの俺が殴りかかりに、ハァっ、よくよく考えれば物凄く変なことだ。

 だから、やるのなら狡くて卑怯な方法で簡単に終わらせる。

 そっちのほうが殴りかかるより何倍も俺っぽい。

 気が付くと、目の前には黒い闇が広がっていた。





「なっ!」


 最初に聴こえてきた音は驚きだった。

 吊るされている彼女の近くでこちらを向いて立っているレイヴィルは、驚天動地と言う様な驚きの表情をしていた。

 俺はまっすぐレイヴィルに向かって歩く。

 これではさっきと同じだが、今は自然と何をすればいいか、何が出来るかが分かる。


「これは驚きました。一本取られたと言えましょう。まさか空間固定から抜け出してくるとは。これをつながりと言うのなら、ソレはまさしく異常だ」


 俺はレイヴィルから発せられる言葉を聞き流しながら歩く。現在の時刻は多分一時を過ぎているだろう。どこの家でもほとんどは安眠している時間だ。だが、彼女は違う。眠ってはいるが、安眠はしていないだろう。それが一日二日ならまだしも、五日、十日と続いたらまさしくそれは精神に基調をきたす。だから、終わらせなければ。

 それが俺にできる唯一の事だ。例え、何を犠牲にしようとその罰を背負うと決めたのは間違いなく俺なのだから。

 一歩一歩着実にレイヴィルに近づいていくが、レイヴィルは特に動こうとしない。ステッキを持ち、立つレイヴィル。それは、楽勝に勝てるという自信か、それとももう、何かした後なのか。

 俺は歩きながら右手を上げる。宙で右手をグルグルと回す。一見、意味がなさそうな行為。

 だが、それも束の間、回すのを止めて振り落としたその瞬間。空間が悲鳴を上げた。

 まるで地震でも起きているかのように揺れ、何処からともなく甲高い耳障りな音が響く。

 グラウンドの隅に生える木々の全ては揺れの負荷によりことごとくが倒れた。それは人工物であるフェンスやサッカーゴールなども同じで、捻じれて地面に朽ちる。

 そんな中、グラウンドの中で立つ影が三つ。

 一つ目は、未だ歩みを止めない俺。

 二つ目は、吊るされ意識のない彼女。

 三つ目は、ステッキを前に出して、苦虫をつぶす様な顔をする神父服の青年。


「これはまた、面倒ですね。空間に一時的な負荷を与え、他空間との亀裂を一時的に生み出しましたか。しかも、空間が悲鳴を上げるほどの負荷とは。あなたはこの地を死滅させたいのですか」


 最後はこちらを睨みつけてくる。今やった事こそ、正真正銘の悪行だと。

 すると、レイヴィルが物凄いスピードでこちらに向かってくる。俺は歩く足を止め、右腕を前に出す。

 すると間もなく、右腕に物凄い火花が散る。向かってきたのはレイヴィルではなく不可視の刃だった。


「さようなら」


 何十と向かってくる不可視の刃を右手で防いでいる時、後ろからその声が聴こえた。後ろを振り向くとそこには俺の背中に勢いと共にステッキを当てているレイヴィルの姿があった。

 そして、その瞬間、物凄い悲鳴と共に空間が壊れた。





 空間が壊れると紅く染まっていた空は、いつも通りの夜空に戻った。

 俺はレイヴィルにより遠くまで吹き飛ばされていた。


「―――、おぇっ!」


 吹き飛ばされた痛みは消え失せ、立ち上がろうとした瞬間、口から紅い液体が飛び出た。その液体が自分の血液なのだと認識するのに少しばかりの時間を有した。

 そして、大量の血液を出し終わるともう一つの疑問が生まれた。

 呼吸が上手くできない。

 息を吸ってはいるが身体全身に酸素が上手くいきわたってない。

 俺は再度、地面に倒れこむ。

 右手で身体の上から服を握る。呼吸が出来ない。

 少しずつ呼吸が出来てはいるが、それでも少しずつで苦しい。

 肺を壊された?

 考えて見ればそうだ。今までの行動から見てただステッキを当てただけだとは考えにくい。それなら、肺を破壊するためにステッキを当てたと考えた方がまだわかる。


「ふふ、まさか空間に無理矢理負荷を与えることで術返しをしましたか。これは予想外でした」


 突然の声。

 声がした方を見て見るとそこには俺と同じか、俺以上に重症なレイヴィルがいた。

 ステッキを使って何とか立ち上がってはいるがその姿はあまりにも痛々しい。俺が肺だけなのだとしたら、レイヴィルは内臓全てをやられているような感じだ。


「生憎、今の私の状態ではもう長くは持ちません。だから最後に、彼方には死んでもらいます」


 左手でステッキを持ち、右手で俺が使っていた銃を構える。

 霞んだ思考で最大限の事を考える。

 何とかしてこの場を乗り切るために考える。


「それでは、さようなら」


 レイヴィルが言葉を発した瞬間、俺は滑るようにして走る。

 出来るだけ速く、身体に残っている酸素をすべて使い切る思いで走り抜ける。

 そして、銃声が響く。

 銃弾が発射され、まっすぐ俺の左肩を貫通していくが今はどうでもいい。


「あぁ!」


 身体をフルに使ってレイヴィルを押し倒して右手に持っている拳銃を奪い取る。押し倒す時も奪い取る時も全く反抗する力を感じない。

 だが、そんな事、今はどうでもいい。

 奪い取った拳銃を神父服の上から胸の辺りに強く拳銃を当て引き金を引く。

 銃声が響き、俺はざっと十秒ほど目を強く閉じて恐る恐る顔を確認する。レイヴィルの顔は瞳孔が開き、口からは血液が漏れていた。

 ありていに言ってそれはもう死体と化していた。

 恐る恐る俺はレイヴィルの上から退いた。

 気が付くと何故かさっきよりも楽に息が出来る。まるでこの短時間に肺が治りかけているようだ。

 だが、今はそれよりもあれだ。

 俺は立ち上がり、持っている拳銃投げ捨てる

 ゆっくりと、フラフラになりながら歩いていく。

 左肩からは一本の赤い液体が伝っていたが、今はどうでもいい。

 気が付くと目の前には十字架に吊るされた彼女の前まで来ていた。

 十字架と身体が縛られている数か所の縄を何とかして解く。


「うおっと」


 彼女の身体が勢いよく俺に倒れてくる。何とか抱きしめる様にして倒れる身体を防ぐ。

 彼女を抱きながら寝顔を覗きこむ様にしてみる。


「幸せそうに眠りやがって。なぁ苑宮」


 うっすらと笑いながら言葉を紡ぐ。

 あぁ、俺はこのために頑張ったんだ。これが見れるとは最高に幸せだ。

 すると、優しい声音でありがとう、と言う声が聴こえてきた。


「あぁ、それだけで最高に幸せだ」


 夜空に向かって言葉を吐き出して俺は意識を失った。





 窓から夕陽が入り込み、この部屋を紅く染める。


「岸峰さん。お時間ですよ」

「あ、はい」


 俺はベッドの上に座っていると後ろの方から若い看護師の声が聴こえてきた。

 わきに置いてある小さな旅行用のボストンバッグを持ち、看護師の後ろを着いていく。

 廊下を歩き、エレベーターを乗り、エントランスで看護師に向かって別れの挨拶をして病院から出ていく。

 病院から出ると背伸びをして帰路に着くため歩く。

 何故俺が病院にいたのかと言うと入院していたからだ。

 あの後、俺が目覚めると木曜日の昼で病院のベッドの上だった。医者や看護師の話を聞くと俺はどうやら夜に道路で倒れている所を通報されてここに運ばれたらしい。

 そして、外傷などは特にないが、一応検査をするために一日検査入院をして、今解放された。

 大通りを歩いていると赤信号につかまり、立ち尽くしていること数十秒。

 前を見ていると自転車に乗る見知った女子高校生が俺と同じく向かい側の道路で信号をまっていた。お、どうやら俺の事に気づいたようだ。

 女子高生は驚きの顔を一瞬するとムスッとして、青信号に変わっても道路を渡ろうとしない。

 俺は道路を渡り間違いなく俺を待っているであろう女子高生の下に行く。


「こんなに早く抜けてクラスの準備はいいのか?」


 俺はそう聞くと女子高生は胸を張って答える。


「大丈夫大丈夫。私がちゃんと指揮したから余裕に終わった。まぁ、もともと焼きそば焼くだけの企画だから簡単だったけれど。まぁ、衣装に関しては少し大変だった」

「そうかよ、そりゃあよかった。てか、渡らなくてよかったのか?」


 俺がそう尋ねると女子高生はニッコリと笑う。


「えぇ、もう大丈夫。要件は済んだから」


 そうかよ、と呟きコッソリ深呼吸をする。おもえばこれを彼女に言うのはこれが初めてだ。何故か無駄に緊張する。


「なら……帰るか……苑宮……」


 俺は目の前にいる苑宮にそう告げる。物凄く恥ずかしい事をしているのではないかと思ってしまう。


「えぇ」


 ニッコリと笑いながら言葉を返す苑宮。

 特に会話と言う会話もないがそれでも全く苦ではなく、俺と苑宮は二人で帰路に着く。

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