波紋

賢者テラ

短編

 開拓時代のアメリカでのお話。

 男が木を植えた。

 これでよし——

 貧しい子どものためのホームを作るのが夢だった。

 だから脅されても土地を売らなかった。



 何となく予感はしていた。

 だから最後に、木を植えておこうと思った。

 それを終えた今、心は静かだった。 

 彼の背中を銃口が狙っていた。



 後日、彼は行方不明ということになった。

 やがて持ち主の消えた彼の土地は、買い取られた。

 男が死んだことを知る人は、限られていた。



 男が植えた木は、育った。

 だがその頃にはすでに、取り壊しは始まっていた。

 何だこれは——

 邪魔だ。

 他の木も含め、全て焼かれた。

 木の上に巣を作っていた鳥は、逃げ去った。



 鳥は、ある家の軒先に止まった。

 家の主人は、餌を播いてやった。

 手に乗ったり、気軽にドアの中に入ってきたり——

 とてもよくなつくので、飼ってみようかと考えた。

 でも逃げたりしないし、飛んで行ってもしばらくしたら戻る。

 飼うことにはしたが、かごに閉じ込めはしなかった。



 鳥は、木のあった場所に戻った。

 そこは、酒場と賭博場になっていた。

 壁の木をつついてとうとう穴を開け——

 ついに中に入って鳴き声を上げるようになった。

 何だあれは。

 うるさいじゃないか!

 ならず者の酒場の客が、酔った勢いで銃を抜いた。

 どれ、俺様の射撃の腕を見せてやるか。

 普段下手な者が酔って撃った弾は、ブレてちゃんと目標に命中。

 鳥は命を失い、床に落ちた。

 猫が、鳥の死に様をジッと見ていた。



 最近、鳥が戻らないと心配していた主人の元に——

 猫がフラリとやってきた。

 何だおまえ

 お前は確か、評判のよくないならず者連中に飼われている……

 そこまで言って、気付いた。

 猫は、鳥の羽根をくわえていた。

 そうか。

 ありがとうよ。

 お前は、あの鳥の最後をわしに教えてくれたんだな。

 くわえていた羽を床に落とすと、ニャアと一声鳴いて猫は帰っていった。

 主人には、小さな娘が一人いた。

 彼女も、可愛がっていた鳥の死を嘆いた。



 主人は気がつかなかったが——

 娘は、帰っていく猫の後をつけた。



 酒場の脇に、土がこんもりと山のようになっている場所がある。

 そこで、猫はニャアニャアと鳴く。

 ……ここ、掘るの?

 雨で土が柔らかかったので、山は難なく平らにされた。

 小さな娘の手で、土を掻き分けるのは大変な作業だった。

 でもやっているうちに、近くに放り出されていた桶をを見つけた。

 それを使って、土をある程度掻きだすと……

 何これ?

 その時、後ろに人の気配を感じた。

 衝撃の瞬間、彼女は抱いていた人形を抱く手に力を込めた。



 おや、またお前かい

 あの猫が、またフラリとやってきた。

 娘が行方不明になり、途方に暮れていた主人のもとへ。

 猫は、また何かをくわえている。

 これは……

 見覚えがあった。

 これは、娘が大事にしていた人形だ。

 と、いうことは——



 そこへ、来客があった。みすぼらしい少年だった。

 すみません、トムおじさんってこのへんに住んでませんか?

 ああ、トム爺なら、数年前から行方不明さね。

 いやね、僕爺さんと約束したんです。

 必ず、お前の住む家を作ってやるから、二年後に訪ねてこい、って。


 

 彼のあとに、同じことを言う40人の子どもがやってきた。

 ……何かが、おかしい。

 主人は、独自に動いてみる決心をした。

 彼は、その州の裁判長だったのだ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 保安官も手を出せない、ならず者がおびえていた。

 噂に聞こえた早撃ちガンマンで、怖いものなど世にはない。

 ……はずだった。

 しかし、今目の前にいるものに対処する術はなかった。

 試してみたが、銃など無力であった。

 弾を撃ち尽くし、体力を使い果たし——

 観念した頃、人形は闇から現れた主人の胸に戻った。

 それはどう見ても、猫の後をつけた後いなくなった州裁判長の娘だった。

 声は、老人の声だった。



「お前は、死ぬのが怖いか。

 わしゃあ、怖くなかった。

 この世にあるもんは、みなええもんじゃ。

 死ぬことは、さけられんやろ?

 人間が生きるのに空気が必要なように。

 水が必要なように。

 朝が来れば太陽が昇るように——

 死は、ある。すべての人に巡ってくる。

 神様が人間が死ぬようにつくってるんなら、どうや。

 それは、あかんもんとちゃうんやなかろうか?

 死は、ええもんとちゃうやろか?

 神様が定めたレッスンを、全力で終えたもんにとってはな!



 娘は、無事保護された。

 娘が掘り返しかけた場所で、行方不明のトム爺さんの死体が見つかった。

 土地の権利者である、悪名高いマクラレン兄弟が逮捕された。

 裁判長は、トム爺さんが土地を奪うために殺されたという真実を暴いた。

 酒場と賭博場は取り壊され——

 裁判長の厚意で、そこは身寄りのない子どもたちのホームになった。



 十年後。

 かつて人形を抱いていた、小さな裁判長の娘は——

 あのホームで、子どもたちのために働く職員となっていた。

 センセ、何をしてるの?

 うん、お庭に木を植えようと思ってね。

 何で、ここに木を植えようと思ったの?



 うん

 何となく……

 そうしたほうがいいんじゃないか、って気がしてね。

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