第7話

「……この世界がずっと不幸なのは戦乱と搾取が存在するからさ。君たちは大学に入って、それ以前よりも専門的に深い勉強をしている。卒業して社会人になったら、どうか自滅しない文明を築いてほしい」

 私と伯父さんは千葉のとあるカフェの寛げる空間にいた。美味しいケーキも珈琲も伯父さんのポケットマネーだ。この日、彼は多忙な卒業制作の為に来れなかったが、制作中の写真画像を携帯メールで送信してくれた。


「俺のいた世界もそうだったが、人間社会には酷い格差の階層ができてしまう。競争に勝った勝利者の多くは支配者となり、権力を持つと奢り高ぶり腐敗していく。それが戦乱と搾取が発生する原因だ。今の元号の平成という言葉は興味深い。平和が達成されるという意味もある。日本の平和は素晴らしいが未来は誰にもわからない。一昨年にはリーマンショックのような世界同時大不況もあったし、イラク戦争はやっと終わったが、人災だけじゃなく天災は突如として起きる。俺自身はこの平成という言葉からこんな希望を抱く。ピラミッドが真っ平に広がる蜘蛛の巣のように変化することを。縦が消えて全てが横に繋がり、平に成るってことをね。それはこのインターネットに似ている」

 そこまで話した伯父さんは、ノートブックパソコンの画面に世界地図を表示した。

「この南極が俺の故郷だ。此処は遥かな昔、広大な大陸だったが、核戦争と天変地異で沈没した。俺はその生き残り」


 それを聞いた私はどきどきと胸が高鳴ってきた。あの時、きっと幼かった私が大空に発見した空飛ぶ円盤はやっぱり。


「……そう、空へ逃げた。君が見た未確認飛行物体に乗ってね」

 私は驚くと同時に謎が解けたことに安堵した。やっぱりこの人だったのだ。

「その通り。彼にこの話はまだしていない。彼は俺の家がタイムマシンだと思ってるよ。尤も未来へは行けても過去には戻れないがね」


「でも、どうして?私は伯父さんのUFOを見れたの?」

「それはね、君にはオーラがあるからだよ」

「オーラ?」

「そう、オーラを発してる。それは世界を善良な方向へ導くものだ。例えば、窓から見えるあの道路には沢山の車が走ってる。もしあそこに車に引かれそうな小さな犬や猫がいたとしたら、君は助けたい気持ちになるはずだ」

「はい」

「そういうものだ。大きくて広く優しい愛だ。その愛には生命を殺そうとする要素はない。国同士が戦争になったら敵を殺すことになる。そして兵士のように銃をとらなくても、それを支持したら、やはりそこに愛はない。君のような人々にどこかで出会えた時、その愛のオーラを感じる。だからこうして話すのさ。話の通じる相手に、どうかそのままでいいから、あるがままの自分を貫いてほしいとね。俺の文明が滅びる頃には、人々の愛は冷えていた。もう救いようがない危険水域だった」

 そこまで話すと、伯父さんはゆっくりと珈琲を飲み干し、優雅な手つきで静かにカップをテーブルに置いた。私はそこに何か映画を見終わった時のような余韻を感じた。

「ではそろそろお別れだ。ご機嫌よう。明後日には彼の卒業制作も終わる。彼と一緒に印旛沼の畔の広場の風車の前で、午後八時に西の夜空を眺めていてくれ」



 私と彼は印旛沼に面した広場のオランダ式風車の前で、午後八時の星空を仰ぎ空飛ぶ円盤を待った。約束の時間にそれは現れた。星々の輝く満天に、特別な流れ星が右下から左上へ稲妻のような速さで駆け上がった。

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空の鏡 大葉奈 京庫 @ohhana

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