5)訳詩

 専門家には笑止ではあろうが、予告した様に前述の考察を踏まえ、原詩の訳を試みる。原詩の韻律は跡形もない。


霧の掛かる冷たさに凍えるあの山(霧山)を越えて

深き土牢と古き洞窟のある我が居(きょ)へ

我らは行かねばならぬ 運命の日の夜明け前に

そこには魔力が封じた蒼き黄金が眠る


古(いにしえ)のドワーフは強き呪文を掛けた

金槌が警鐘の様に打ち鳴らされた時に

地下深く暗きものが眠る場所で

虚ろな地下の聖堂で 荒野の丘の下で


古き時代の王達とエルフの諸侯のために

眩いばかりの黄金の財宝を

彼らは造り細工を施した そして光を捕らえ

剣の柄の宝石にそれを隠した


彼らがネックレスの数珠に繋げた

花模様の星 彼らが王冠に飾った

捻れた線となった竜の吐く炎

彼らは月と太陽の光を網の様に造形した


霧の掛かる冷たさに凍えるあの山を越えて

深き所にある土牢の如き古き洞窟の我が居へ

我らは行かねばならぬ 運命の日の夜明け前に

永く忘れ去られた黄金の持ち主として


彼らが自ら彫刻したゴブレット

金のハープを 誰も掘らない穴に

彼らは永く放置した そして多くの歌が

人間とエルフによって聞こえぬ様に歌われた(*1)


高みの松の森は吠えるようにざわめき、

夜の風が何かを悼むように吹き起こり、

深紅の火炎は広がる。

木々は松明のように煌々と燃え上がった(*2)


荒れ野の城では警鐘が鳴り続け

人々は蒼ざめて空を見上げた

竜の怒りは業火よりも恐ろしく

都市の塔を崩し高貴な家々をもなぎ倒した


かの山は月の下で煙を吐いた

ドワーフ達は滅びの跫音を聞いた

彼らは聖堂を捨て自ら奈落の底に落ちていった

竜の足下に 月の明かりの下で


霧の掛かる無慈悲なあの山の輝きを越えて

深き所にある土牢の如き薄暗き洞窟の我が居へ

我らは行かねばならぬ 運命の日の夜明け前に

我らの竪琴と黄金を竜から奪い返すために



*1 原詩は was sung unheard by men or elves

 訳すのが難しい二重歌である。by men or elves がsungにかかるとするか、unheard に掛かるとするかで二つの意味が取れる。Tolkienが故意に二つの意味を持たせていることは私は疑うことを知らない。それが詩であり所謂芸術というものである。一つの意味を追求して訳とすることは愚かである。私は4行に納めるために一つの訳を取ったに過ぎない。


万葉集を再度引き合いに出して恐縮だが、枕詞を「意味が無い」とする常識にどうも納得できない。言葉が限られているときに詩人が意味の無い語句を使うなどあり得ない、と思う。万葉集が読まれた時代は新羅、百済からの支配層の渡来があり、知識層の多くは朝鮮語を話し、類似した音の言葉を万葉仮名で記したことは想像に難くない。何らかの意味、語調を整えるなど以外のもっと積極的な法則があったのではないかと考えるものである。タイムマシンで当時に旅行し彼らに聞いてみたいものである。


*2 英国の松と日本の松は違う様だ。トールキンの邸宅にあった松の木の写真を辺見教授の授業で拝見したことがあるが、うねうねとした巨木であった。山の峰の松の大木の林が燃えているのである。乾燥した松はすさまじいほどよく燃える。古代から日本刀のけらの精錬や鍛錬には松の炭が使われたと聞く。




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J.R.R.TolkienのThe unexpected Journey中の詩「ドワーフの歌The Dowarven Song」の周到なる韻律について、かつその和訳を試みたことに関して 泊瀬光延(はつせ こうえん) @hatsusekouen

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