第23話「簒奪」
洞窟の中を出口に向けて、俺たちは進むことになった。
現在は、前衛をルナ、中間をシアリーズとサティア。
そして後衛を俺という構成で、列を組んでいる。
新しく加わったサティアには、シアリーズたちと相互理解を深めて欲しい。
そう考え、こういう配列にしてみたわけだが。
「それでは竜騎士を3-6へ、2分隊配置ですわ。属性は火」
「やるねシアお姉ちゃん、じゃ3-5の土竜は潜ってブレス対応とハイディング」
…。
将棋というか、この世界におけるテーブルゲームが始まっているようだ。
ただ、目の前に盤面もコマも置かずに成り立つのだろうか。
楽しそうに騎士団だの魔導士だのを語るふたり。
脳内にコマを置いて、それでプレイしているとはなんという記憶力だろう。
ルナはと見れば、先頭を歩きながら俺の脇差を持ってじっと見つめている。
もっとも、刀身を抜いているわけではなく。
鞘に入れたまま、重量感や柄の巻き方を観察している様子である。
愛用のナイフと比べて、尺の長さが気に入っているようだ。
「うふふふふふ」
…。
…気に入っているようだ。
ガイルとセラスがサティアの元から去り、暗い雰囲気での再出発かと思ったが。
しかし、そこはそれ。
暗黙の相互理解というか、空気を読んでもらったというか。
女性陣の方は、思った以上に穏便に過ごしてもらっているようである。
「そろそろ出口となる。街の近くの森の中に出るから、そこからは数時間だ」
そう言って状況を説明するルナ。
いよいよ送り届けが完了するのかと思いもする俺だったが。
どうにもシアリーズとルナの緊張が高まっている。
これは、何か火種があるな。
「ルナ」
「何だコーイチ」
視線をこちらに向けたルナに、俺は単刀直入に訪ねてみた。
「率直に聞く。戦闘が予想されるか?」
「魔物や野生動物との遭遇というなら、五分五分だろう」
「他には?」
「野盗というなら、二分八分だ。遭遇が二分」
持って回った言い方だが、俺は構わず質問を加えた。
「…追手というなら?」
「待ち伏せがいると予想している。まず間違いない」
「どうして言い切れる?」
俺の質問に、ルナが少々顔をにがませながら説明してくれた。
「我々を襲った野盗が、王宮の暗殺部隊だったからだ」
話は、魔法学院にいたシアリーズの元に緊急の来客があったことから始まる。
王宮において、シアリーズの近衛であった兵士たち数名。
彼らが、シアリーズに彼女の父が倒れたと伝えに来たのだ。
城の制止を振り切ってまで、注進に上がった彼らの報告に内容を聞いて。
このままではいよいよ国が傾くと、シアリーズとルナが判断。
そして可及的速やかに王宮へ戻ろうとした彼女たちを。
野盗に見せかけた暗殺部隊が襲ったというのである。
そっとシアリーズに目を向けても、別段動じた所はない。
「それで?」
「お嬢様はこう見えても、王位継承権第一位だ。ご長女にあられるのでな」
「芯の強さは確かに女王候補だろうな。それで誰に暗殺されかけてる?」
その説明を行うことを、すでに許可を得ているのだろう。
ルナは、俺の質問に回答を続けてくれた。
「お嬢様を暗殺しようとしているのは、お后様の確率が高い」
「…他に入れ込んでいる兄弟でもいるのか?」
「そうだ。しかしその兄弟の素性が知れないと来たから話がおかしい」
「どういう事なんだ?」
実の母親がどこからか連れてきた双子の兄と妹。
そのふたりに王位を譲らせるように、何と后自ら工作を行っているという。
よほどの無茶だと思うが、何故か貴族諸侯からの同調圧力が非常に高く。
そしてシアリーズが魔法を使えないことが、その意見に拍車をかけていた。
継承権第一位にもかかわらず。
シアリーズの順位は、一時凍結の状態にあるのだという。
「お嬢様が1年の間に魔法を使えるようになることが、継承権再検討の手段でな」
「よく王様がそんな無茶を許しているな。何を考えてるんだよ」
「この話が始まったのは半年前だ。ご乱心に近い」
「おい、話の中にまともな判断をしてる人間がいないんだが」
「やむを得ん。その兄弟たちの魔法が絶対的な矛と盾でな」
玉座に付く者は、圧倒的な力を持たねばならない。
それが、この国のルールである。
そしてこの世界では、指揮官がある程度前線に出て武勲を上げるのもルールで。
その勇を示さねばならない掟があるという。
要は、王や玉が飛車角をも兼務することが求められるのである。
そして、その兄弟はまさに飛車角に当たる魔法力を持っていた。
兄の名はライ。爆発系の魔法使いで瞬時に山ひとつを吹き飛ばしたといい。
妹の名はメイ。防御系の魔法使いで城を石柱を瞬時に囲ってみせたという。
「どこにその様な魔力を持っているのか不思議だが、もはや人はそれを論じない」
「無理が通れば道理が引っ込む。実力を持って来いというわけか」
「玉座の置物など、とうてい認めてもらえないのだよ。この世界ではな」
「ごもっともだ」
世襲制だの血の繋がりだのというだけなら一般家庭でも真似が出来る。
民から税を取るのであれば、人口政策から武力の管理まで力を示せとのこと。
それならもう議会民主制にした方がとも思ったが。
元の世界だってそんなに奇麗に廻ってるわけじゃないからなと思いなおした。
これは凄まじくきな臭い状態だという事が分かる。
何せシアリーズ達に、ほぼ打つ手がない。
このまま城に戻っても、ライとメイの兄弟にシアリーズのシールドだけでは。
盾はともかく、矛が無い。
そこに、2対2としてルナが矛を構えたとしても。
模擬試験として手合わせなど行おうものなら、公開処刑になるかもしれない。
継承権再検討という名の、実質的な無力化計画だとしか思えなかった。
歩き続けての会話が、シアリーズやサティアたちに聞こえない筈も無く。
さすがにシアリーズの肩も落ちて、意気消沈状態である。
シアリーズの様子にさすがに言い過ぎたと思ったのだろうか、ルナが言を止め。
ざっざっざっという、隊列の靴音だけが響きつづけた。
何かひと言ないか、この雰囲気だけでも変えられるひと言が。
先ほど、セラスの時に絞り出した時のようなひと言が出ないのか、俺。
そしてそのひと言は、ぼそりとサティアの口からまろび出た。
「ねえお兄ちゃん」
「あ、ああ」
「そろそろ、いいんじゃないかな」
「え」
「もうそろそろ、遠慮しなくてもいいんじゃないかな…って言ってるんだよ」
「…お前、まさか」
「そうさ。手始めにまずはとりあえず」
そして、俺もシアリーズもルナも、サティアの次のひと言に度肝を抜かれた。
「この国を貰っちゃおうよ」
にこにこと笑いながら。
サティアは、王位簒奪の提案をしてきたのであった。
うだつの上がらなかった俺がとうとう異世界送りとなった。もう遠慮しない。 綿苗のたり @tortesir
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