第22話「別れ」
「サティアの事を、よろしくお願い致します」
「お任せください」
そういう会話のやり取りは、生まれて初めてだった。
目録にあった最後の一行。
従者の内容の詳細が、ここに明らかにされた。
言わずもがなで、従者がサティアであることはいいとしても。
サティアだけ、というのが疑問であった。
目録には、1名としか記載が無かった。
つまり。
サティアが俺についてくるという事は、親子が分かれるという事になる。
シアリーズをはじめとする一行の能力開示が済み。
セラスとサティア、そして一行の皆が、最初に使ったテーブルについて。
初夏うららかな草原の中、遅めの朝食を取ることになった。
その、和やかな時間の中で。
語られたのは、セラスとサティアの今後であった。
いわく、もはや神に対して逃げ場も無ければ引く気もないとのこと。
セラスは、抗戦の構えを明らかにしたのである。
シアリーズ、ルナ、そしてサティアも何も言わなかったが。
その雰囲気の中に、ためらうような空気はみじんもなかった。
ただ、己が思うままに貫き、突き抜け、尽くし切ること。
さも当然のように、彼女たちはそれぞれの事情を慮り。
そして、何ひとつセラスに尋ねることはなかった。
自分のなすべきこと。
それを、やると決めたらやる。
この世界において、それは生命の在りよう。
存在意義である。
それが神に挑むという、勝ち目どころか道のりすら見えないものであっても。
やらずにそのまま、いつかできたらいいなと言いながら臍を噛む様な。
その様な姿勢は、決して見せるつもりはない。
それが、セラスの言であった。
「お母様、ご武運を」
「ええ」
およそ、ガイルが直訴に向かう際も同じような光景が繰り返されたのだろう。
見てくれは、とても穏やかな朝食のひと時。
しかしそこは、それぞれの道を行く者たちの別れのための集いであった。
「私が出ましたら、向こうの出口をお使いください。洞窟そのものの出口です」
セラスは、そう言って少し向こうの空間に洞窟の出口を作った。
この洞窟でやることはもう終わったという事なのだろう。
「ご支援ありがとうごさいます。お嬢様は、しばしお預かり致します」
「召喚から娘の世話まで、何もかもが一方的になりました」
「いえ、お気にやまれず」
なぜ、セラスと共にサティアがその道に加わらないのか。
それは、セラスがサティアに、世界を見よと命じたからである。
サティアは、世界の管理者の娘として。
つまり、ガイルとセラスの後継者として育てられてきた。
彼女の両親は、長い歴史の中でまるで自分の庭のように世界を見てきたが。
まだ幼いサティアにおいては、管理者としての教育が先行され。
実際に、その世界を歩むことはなかったのだという。
同じ修羅の道を歩むなら、それは自身が世界を少しでも見てからだと。
これからは、見たもの感じたものをもとに、自分の意志で判断するように。
サティアにそう命じたのだと、セラスは語った。
「親としては、のんびり構えすぎたと反省しております。
およそ慎ましさくらいは、叩き込んでおくべきでした」
そう言って、ちらりとサティアの方を見るセラス。
今生の別れとなるかもしれない場面だと思うと、俺は黙るしかなかった。
こういう時にひとこと、何か言えればいいと思うのだが。
しかし、この清冽でありながら凄烈な空気に。
慰めもねぎらいも慮りも励ましも志しも思いやりも、そして力添えも。
俺は何ひとつ、口に出して言う事が出来なかったのである。
「あの、これ…何かのお役に立てば」
そんなことを言いながら、俺は十得ナイフをセラスに差し出す。
「ご主人も、案外こういうのお好みかなと。ごあいさつ代わりと言っては何ですが」
我ながら、訳の分からない言いようと行動だったが。
ただ、これを今、セラスにことづけておきたいと思った。
俺には、これ位しかこの夫妻にしてあげられることが無い。
俺が寿命を割譲したのは、あくまでもサティアに対してであって。
経緯はどうあれ、セラスの崇高な意志を見せられた俺としては。
何か、彼女を応援できればと思ったのである。
セラスが母として思っていることが、サティアの身の安全なら。
妻として思っていることは、ガイルの生存であろう。
彼の生存を前提として、喜んでもらいたいと持ち物を渡すくらいしか。
俺は、セラスに希望を持ってもらうことを表す手段を持っていなかったのである。
それを察してくれたか。
セラスは俺に向かってほほ笑んだ。
この笑顔を最期のものとしないために、俺に出来ることは何なのだろう。
何を是とし。
何を非とし。
何と戦って何を守って何を壊して何を積み上げれば、悲しみが減るのか。
「お元気で」
そうだな。
いま、この時を生きる。
まずは、そこからなんだな。
何もかもが消えていく。
テーブルが消え、建物が消え、山々も草原も、地平の向こうから消えていく。
「いってらっしゃい」
絞り出すような、サティアの言葉。
それを聞いて、にっこりと笑って、セラスが返す。
「いってきます」
そして、セラスがその場から、かき消すように消えた。
彼女は、神の座に向けて旅立っていったのである。
消える世界を後にする。
俺たちは、出口をくぐって、元の洞窟に戻ることになったのであった。
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