第21話「ブートキャンプ 後」
「あら」
「コーイチか」
建物の裏で、シアリーズとルナに合流した。
こちらはこちらで、100mほど向こうに小高い丘を据えて何やら特訓中である。
「状況は?」
そう尋ねると、まずはシアリーズから返事があった。
「魔法の制限解除の件を確認しましたわ。おかげで怪我は減りそうですの」
「結構なことにございます」
「ご苦労。お前も見ておきなさいな」
そういうとシアリーズは、ルナに目配せをした。
いつの間にかルナは、分解収納したはずの槍を持っている。
尺は手槍程度の状態だ。
「失礼いたします」
そういうと彼女は、いきなりその槍でルナに突きかかった。
そして。
ぎいぃぃぃん。
穂先が、金属と金属が叩き合う鈍い音を発すると同時に。
ぴたりと、シアリーズの眼前、50cmの辺りで宙に止まった。
いきなりというだけあって、かなりの瞬発力を込めてルナは突きかかったのに。
それを、ルナ側に反動も返さずに停止させるとは。
一瞬遅れて、穂先を中心に光の筋が、六角形を描きながら広がっていく。
防御系の魔法か。
「シールドだね。しかも捕縛型。下手に突っ込もうものなら捉えられるよ」
「やっと、魔法が使えるようになりましたわ」
そう、サティアが説明して。
ため息と共に、シアリーズが自分の肩を揉んだ。
シアリーズの語るところによると。
彼女が街から離れていた理由は、都会の魔法学院に入学していたからで。
しかし魔力量は十二分に持っているのに魔法を行使できないという。
そんな、困った状況であったとのこと。
この世界の種族の中で、人間は複数の呪文を使用できない生き物である。
まれに、自分が使う魔法の強弱を調整できる術者が出現するらしいが。
ゴルフを、ドライバーの一本とパターを含めた十四本で行う違い。
そう言えばよいだろうか。
「どれ位の攻撃まで止められるんだ?」
堅苦しいのは無しと言われ、俺はごく普通にシアリーズに話しかける。
「魔力量の事もありますが、それは維持の時間に関わることですわ。
『止めてみせる』という精神力が、その強度に関係しますの」
維持時間は魔力量。
防御能力は精神力に依存するという事か。
極めて、シアリーズらしい魔法である。
なにせセラスとの見事な舌戦は、凄まじい精神力の現れだったからな。
どんな堅牢な魔法盾になるのかは分からないが。
その理屈から行けば、十分に身を守れそうだ。
ルナはと言えば。
「では、私の魔法も見せておこう」
そう言って、ひとこと。
「土塁」
言葉と同時に、向こう側の丘がひとつから四つに増えた。
どどどという地鳴りと振動、圧のある風が遅れてやってくる。
しかも作られた土塁は、全てピラミッドのような四角錐を形作っていた。
それらの間が、見る見るうちに埋まると、頂点は慣らされて平面でつながる。
幅50m、高さ10mほどの堤防が完成するまで、あっという間だった。
「土系の呪文だ。レーダーを使えることから土の属性に適していたらしい」
「今まで使えなかったのは?」
「魔力量の問題だな。呪文執行に際して、魔力量が足りなかったというわけだ」
「要は、土を思うように扱えると」
「平和な世なら、治水や荘園開発でひと旗上げられたかもな」
つまり、今は平和な世ではないという事か。
しかし土系の呪文は、かように地形まで変化させられるのだな。
派手さはともかく、大した戦力になる。
なんなら、街までずっとトンネルを掘って欲しい所だ。
「さすがにそこまではな。『ふさわしい』魔力量は今は少ない」
「俺は経験不足、お前は容量不足、と」
「世の中、そうそう上手くは回らないな」
なるほどと、首肯する俺。
これで、ひと通りパーティメンバーの能力は把握したことになる。
「それで、お前の方は何がどうなりましたの」
「そうだ。何か一芸ご披露差し上げろ、コーイチ」
飲み会のおっさん上司かよ。
まあ、要は報・連・相という事なのだろうが。
そういう言い回しをしている時点で中身がバレそうな気もするので。
口に出すのはやめておこう。
要は現物だ。
「サティア、何か的を…」
そう言ってサティアの方を見れば、すでに黒い四角柱を数本程度、用意していた。
辺の長さが10cmの正四角柱である。
ぱんぱんと柱の一片を叩き、にやにやと笑っているのは気になるが。
いずれにせよこちらもまた、気の廻るものだった。
「それではまず、シアリーズ様から供与を頂いております、剣を」
「「おお」」
このひと言に食らいつくふたり。
だろうな。
繰り返しにはなるが俺は今、シアリーズの傭兵である。
契約の儀式の際も、彼女がかざした剣によって進行しているのだ。
しかもその剣を、俺はシアリーズから供与られて。
これで皆を守る様にと指示されている。
そこに持って来て。
俺が剣よりも先に、サティアのくれた武器や装備をひけらかせばどうなるか。
さぞや、より強いだけの武具に目移りしたように思われるだろう。
たとえそれが戦力増強の意味合いを持っていても、彼女たちは面白く感じない。
それは確かである。
実際、俺だってそう思うし。
セラスやサティアの手前もある。
シアリーズの面子を立てておいてから動く必要があるのだ。
こういう動きで場の空気を整えるのも、俺の仕事であった。
さて、今の剣の形状はというと。
いわゆる脇差と呼ばれる、長さの短い日本刀である。
全長70cm、刃渡りが50cmくらいの、取り回しの良さそうなものだ。
形状可変の超音波振動剣。
それを、サティアが説明と共に、皆の前でその形状に設定したものであった。
シアリーズ達はそれを見て不思議そうな顔をしたが。
俺の説明を聞いて異文化の剣、『刀』とすぐに承知してくれた。
理解が早くて助かる。
元の剣の形状じゃないとダメ…などというお達しがあっては困るところだ。
両刃剣とか、自分まで斬れそうで怖いしな。
「ゆっくり、ゆっくりでいいんだよ。ぶっつけなんだから」
柱と相対した俺に、サティアの声がかかる。
まあ、為せば成るという言葉もあるし、俺でも何とかなるだろう。
どの道やるしかないしな。
そう思い、俺は言われた通り極めてゆっくりと、刀を袈裟懸けに流した。
さくり。
チェーンソーが丸太を切っていく姿をイメージしてもらえばよいだろうか。
違うところは。
音が一切立たなかったという事だ。
ゆっくりと、刀をただ動かしていくだけで。
あっさりと、刃が四角柱に食い込んだかと思うと。
そのままに、まるで川の流れのように斬れ込んでいく。
冗談だろ。
俺は刃をあてているだけで、刀を引いてはいないんだぞ。
まもなく柱は両断され、ずんと音を立てて上部が落ちた。
久々に音というものを聞いた様な気がする。
それくらいに、濃厚な時間だった。
そして、柱の断面をシアリーズ達が覗き込む。
「初心者にしては、まあまあの動きですの。励みなさいな」
「ほう、後で少し貸してもらおうか、面白そうな剣だ」
とりあえず、足手まといの評価は頂かずに済んだが。
何だこの刀。
斬れすぎるにもほどがある。
あまりに斬れすぎて、俺は四角柱の材質を見る事すらためらった。
それは、黒い材木などではなく。
見事な黒水晶だったのである。
嫌な視線を感じてサティアの方を見れば。
片眼を閉じて笑顔で親指を立ててると来た。
格闘ゲームの某妹でも意識してるのだろうか。
そのサティア曰く、俺の運命を切りひらく一刀だよとのことだったが。
ここまでの切れ味が必要なのであれば。
俺の運命の硬度は、どのくらいあるんだよ。
そもそも、柱を切らせたってことは。
俺がこの世界の神をぶちのめしに行くなんて意味合いじゃだろうな、おい。
無謀な出世の件もさることながら。
兄というものにも、軽々しくなるものじゃない。
その台詞は、到底、口にできる雰囲気ではなかった。
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