山荘

深川夏眠

山荘


 彼女の本名は知らない。職業も年齢もわからない。けれど、私たちは一度も顔を会わせずに距離を保ったまま、上手くやっている。第三者を介して山荘を共有し、決して鉢合わせしないよう、各自のプライバシーを尊重しつつ、それぞれのスケジュールに応じて利用しているのだ。

 滞在時は日誌を書いて、後で相手に読んでもらう。それが小さな楽しみの一つにもなっている。但し、踏み込み過ぎないこと。過剰な質問は厳禁。自分の話も、都合の悪い点はぼかしたり省略したりして構わない。互いに快適に過ごすための不文律だ。

 彼女のノートはいつも愉快だが、行間にポテトチップスの屑やソースの染みが目立つ。掃除もあまり得意ではないらしく、ゴミの分別もいい加減。でも、私は半ば呆れながら黙って片付けているし、彼女の大雑把さが嫌いではない。

 他人に隠し事をする必要がないから適当なのか、さもなくば、逆に、重大な秘密を抱える者に特有の、心の乱れの反映なのかもしれない——などと考えつつ、今夜も床に広がった血の海をいかに拭おうか思案する私であった。

 ああ、いけない、カーテンにも、余計な赤い花模様が……。



                  【了】



◆ 初出:パブー(2019年5月)退会済


*雰囲気画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/PeFQvhyz

*縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の遁走曲フーガ』にて無料でお読みいただけます。

https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts

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山荘 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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