君への想いとちくわぶ

赤魂緋鯉

君への想いとちくわぶ

 すっかり秋らしさが消え去り、少し強めに冷えの混じる乾いた風が、家路を急ぐ人々を震わせる黄昏たそがれ時。


「この寒い時期だからって、おでん買っちゃうとか単純だよねー」

「とか言ってあんたも買ったんじゃんなぎさ。小遣い少ないのに無駄遣いしないの」

「えー、光希みきちーがご飯作るのめんどいかなー、と思っておごったのに」

「そう思うなら、たまにはあんたがやってよ」

「やだー、めんどーい」


 アパートの1階に入るコンビニから出た途端、学校帰りの女子高生2人は年相応にそうかしましく話し始めた。

 そのアパートは単身者向けのワンルームアパートで、2人もそこで暮らしている。


 光希と呼ばれた方は、いかにも手作りなストラップが1つ付いた、四角いスクールバッグしか持っていない。

 だが、彼女に汀と呼ばれた方は、右手にストラップじゃらじゃらのそれと、左手に具がたっぷり入ったおでん容器の袋を2つもっていた。


「ところで、結構手が限界なんだけど、おでん1個持って?」

「私のヤツほぼ入ってないけど良いよ。はい」

「……光希ちーって優しいけど、チクッと刺してくるよね」

「あんたが、おごる、って言って大根しか買ってくれない人だからよ」

「だってー、欲しいの買ったら持ち合わせがなくなったんだもん」

「考えて買えばいいでしょ。ほら寒いから行くわよ」

「まってー……」


 眉を思い切り下げる汀を軽くあしらって、光希はツカツカと先に進んでいく。


 2人は店舗の脇にある階段を慎重に昇り、彼女達の部屋がある3階へとたどり着いた。


「全く……、自分で何とかしろっての……」


 途中、なにやら機嫌が悪そうに階段へと向かう、同じ階の角部屋に住む女性会社員とすれ違いつつ、2人は真ん中に位置する部屋に入った。


「うー、さむさむ。雪でも降るのかな」


 部屋の真ん中に置かれたこたつの上におでんの袋を置いた汀は、電源が入ってないそれに足を突っ込み、光希へ期待の眼差しを向ける。


「線ぐらい自分で挿しなさいよ。全く」

「ありがとねー」


 瞬時に意図を察した光希は、自分の持ってる袋を汀のものの横に置き、呆れた様子でこたつの線のプラグをコンセントに挿し、手を洗いに行った。


「はー、暖かい」

「その前に手洗いうがいしなさい。制服も着替えて」


 エアコンのスイッチを入れ、コートを部屋の端にあるポールハンガーへ引っかけつつ、肩までこたつに入る汀へ光希は母親っぽく言う。


「寒いからやだー」

「誰が風邪引いたあんたの世話すると思ってんの」

「光希ちー」

「はい正解」

「うわぁー! 寒い!」


 動きそうもなかったので、光希は汀の足の方のこたつ布団をめくって、強制的に冷気を送り込んだ。

 しばらくバサバサやられ我慢出来なくなった汀は、渋々台所へ行って手を洗った。


「ところであんた何買ったの? 私よく見てなかったけど」


 汀が部屋に戻ってくると、光希はすでにモコモコした部屋着へと着替えていて、脱いだ制服を壁際のフックに引っかけながら汀へ訊く。


「ふっふっふ。よくぞ訊いてくれましたな!」


 ちゃちゃっと光希のものと色違いの部屋着に着替え、得意げにそう返した汀は、おでん容器を袋から出して並べた。


 それから、光希と身体をくっつけてこたつに足を入れた汀は、右にある容器の蓋を開けた。


「ちくわぶでーす!」


 そこには、光希の大根と卵とつくね棒が片隅に1つずつと、汀のこんにゃくと卵と餅巾着の他に、


「おんなじのばっかり6個も買ってどうすんのよ」


 片方の容器の大半を埋め尽くす、たっぷりと出汁だしを吸ったちくわぶが入っていた。


「だってちくわぶ美味しいじゃん」

流石さすがに食べきれないでしょ」

「食べれるよ!」

「どうだか」

 

 つくね棒を手に取ってムシャムシャと食べながら、目を泳がせつつ反論する汀を懐疑的に見て光希は言う。


 その10分後。


「光希ちー……。もう食べられないよぅ……」

「ほら言ったでしょ」

「うう……」


 もっもっ、と一生懸命食べていた汀だったが、4本目の半分ぐらいで限界が来て光希に泣きついた。


「すいませんでした……。あと食べて光希ちー……」

「あんたより食が細い人にそれ言う?」


 光希は汀が食べている間に、茶碗半分ほどのご飯に出汁をかけて食べていて、ほとんど満腹状態になっていた。


「冷蔵庫いれて明日食べれば?」

「当分ちくわぶやだー……」

「やれやれ……」


 だが、捨てるわけにもいかないので、光希は引っくり返ってうんうんしている、汀の食べ残しに手をつけた。


「ねー光希ちー」

「なに」

「ちくわぶでも間接キスって成立するかな?」

「ぶえっぱッッッッ!」


 そのままの体勢で、光希がちくわぶを口に運ぶ様子を見ながら、なんとなくそう言った汀の言葉に、光希は少し細かくなったそれの破片を噴いた。


「光希ちー大丈夫?」

「う、うん……」


 起き上がった汀は、えほえほ、とむせる光希の背中をさすりつつ、顔赤いよ、と言って心配そうに見つめてそう訊く。


「もう、なんてこと言うの……」

「えー? そんなに変なことだった?」

「改めて言われると意識しちゃうじゃん……」


 少し上目遣いで、横の汀を見ながらそう言った光希の顔が、加速度的に赤くなっていった。


「……。えい」


 それを見て、汀は何の脈絡もなく彼女の頬を人差し指で突いた。汀は指先に、光希の弾力と触り心地のいい頬の感触を感じた。


「ちょっ!?」


 不意打ちを喰らった光希はさらに頬を赤らめて、跳ねるように飛び退いた。


「ほほう。つまり光希ちーは私をそういう風に見てると」


 こてん、と倒れた光希の上に覆い被さり、汀は彼女の顔をニヤケ顔でのぞき込みつつ訊く。


「ち、ちが……」


 顔ごと目線をそらしながら光希は否定にかかるが、


「嘘じゃないの?」


 膝立ちになった汀に両頬をつかまれ、正面からその目線を向けられた光希は、目が泳ぐのを止められなかった。


 それを見て、なんだか楽しくなってきた汀は、手をそのままグリグリと動かし始めた。


「嘘じゃない、もん……。だからやめてぇ……」

「ほんとの事言ったら止めるよ?」


 頬をこねられて混乱の極みになっていた光希は、


「ごめんなさい嘘です……。汀の事、可愛いし好きだと思ってました……」


 ずっと隠し通す気でいた事をあっさり口に出した。


「光希ちー……」

「あっ、えっその……。やっぱり気持ち悪いよね……」


 手は止めて貰えたが、本人に自分の内心が伝わってしまった事に、光希は手を震わせ、汗だくになって動揺していた。


「やっと言ってくれたね」


 だが、汀からの反応は拒否ではなく、安心した様子での笑みだった。


「えっえっ……」

「光希ちー、気がついたら私の事見てるんだもん。流石に分かるよ」


 好意的に受け止められた事に理解が追いついていなく、池の鯉みたいに口をパクパクする光希へ、汀は少し照れくさそうにそう言った。


「私の勘違いかなって思ってたけど、やっぱりそうなんだ」


 非常に嬉しげな様子の汀が、光希の耳元に口を近づけると、彼女は身体を縮こめて小さく震えた。


「私も好きだよ。光希ちーの事」


 小動物の挙動を見せる光希へ、とろけそうな甘い声で汀はそうささやいた。


「な、汀……。……いつから?」

「小五の最初からだよ。光希ちーと一緒で」

「そうだったんだ……。うう……、何のために6年も悩んでたんだろ……」


 悶々もんもんとしていた日々があまりにバカらしくて、光希は深々とため息を吐いて顔を押えた。


「まあ私も似たようなものだから、気にしなくていいよ」


 それ程相性が良いって事だろうし、とネガティブな表情をする光希の頭を、汀は目を細めてでた。


 ややあって。


「で、どうしよう。ちくわぶ」

「頑張ってチマチマ食べよう」

「だね」


 元の座った状態に戻って微笑ほほえみ合った2人は、目の前の冷めたちくわぶを一生懸命食べ始めた。

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