6.ホートー軍団長の奮戦

 ナニア軍の船十五隻は全速力で、上陸途中の我がウドゥン軍のもとに船を漕ぎ寄せてきた。

 ホートー軍団長率いる五隻の警備艇に乗った我が軍の精鋭たちは、近づいてくる敵軍船に向けて一斉に投槍を投擲したが、足場が悪く慣れない船の上では、普段なら百発百中の投槍もほとんど的中することなく、虚しく海中に没した。


 そもそも船同士が散開して戦う海戦において、我がウドゥン軍が最も得意とする武器である投槍はその特性を十分に発揮できない。(注1)敵船に乗った弓兵が放つ無数の矢の前に、船上のウドゥン兵はただ盾を構えてそれを防ぐ以外に何もできなかった。我がウドゥン軍が最も得意とする武器である投槍はその特性を十分に発揮できない。


 ほどなくして、ナニアの軍船は全速力で我が軍の警備艇の脇腹に衝角(注2)を叩きつけ、船を沈めにかかった。敵軍船の操船は正確で、あやまたず我が軍の警備艇の脇腹に大穴を開け、たちまち一隻が沈没した。


「敵船に跳び移れ。白兵だ。白兵であるぞ!」

 ホートー軍団長がそう怒号を発すると、我が軍の兵士たちは一斉に剣を抜いて、沈みかけている自らの船から敵船に向かって次々と跳躍した。


 強力なナニア海軍を相手に、船の数と大きさ、操船の巧みさでは全く勝負にならなかったが、警備艇に乗りこんでいたのは我がウドゥン重装歩兵の中でも精鋭中の精鋭を選りすぐった勇士たちである。

 敵船の衝角によって船腹に穴を開けられつつも、激突の際に一瞬だけ舷側が近寄った機を狙って、兵士たちは果敢に敵船に跳び乗っていった。跳び移る途中で誤って海に落下する者も少なくなかったが、首尾よく敵船に乗り込むことができた者たちは、鬼神のごとき働きで敵兵を打ち倒していった。


 ガッツォはその間も、狭い港内にひしめく商船たちに忙しく指示を出し、順番を整え、少しでも効率的に軍団の下船を済ませるべく最善を尽くしていた。

 また、すでに上陸を終えた軍団兵たちを海岸沿いに立たせ、太鼓や鐘を盛んに打ち鳴らし、投石紐を使って海上のナニア軍船に向けて石を投げさせた。


 たとえ石を投げたところで、遠く海上にあるナニア軍船まで石が届くことはほとんど無い。だが、これによりナニアの軍船が漁港付近の商船に近づくのを多少なりとも躊躇させ、さらに海上で奮戦する兵士たちを鼓舞する効果はあった。


 とはいえ、いかにホートー軍団長とその麾下の精鋭たちが奮戦しようとも、この船戦自体は我が軍の惨敗であった。五隻の警備艇は全て敵船に沈められ、あたら多くの勇士たちを海神スサノオの生贄として沈める結果となってしまった。


 だが、この時のホートー軍団長の奮戦ぶりは、ナニア族たちに恐怖の記憶を植え付ける結果になった。船から船へ軽やかに跳び移っては、素早く敵兵をなぎ倒していくホートーを敵兵たちは恐れた。

 この戦いの時に、敵軍によって彼に付けられた異名が「燕のホートー」(注3)であり、のちに敵軍はこの名を聞いただけで震え上がって逃げ出すようになる。ついにはナニア族の間で、言う事を聞かない幼児に対して「ホートーが来るぞ」という脅し文句が使われるほどであった。


 十五隻の敵軍船に対して、勇敢にもたった五隻の警備艇で立ち向かったホートー軍団長と精鋭たちは、自らが盾となって稼いだ時間を使って全ての軍団兵が無事に上陸し終えたのを見届けると、甲冑を脱ぎ捨てて次々と海に飛び込んだ。


 幸運にもホートー軍団長には多少の水錬の心得があったため、海上に漂う破壊された船の破片につかまり、味方の待つ沿岸まで泳ぎ着くことができた。

 だが、多くのウドゥン人は泳ぐことができないため、軍船に乗っていた兵士の中で、無事に陸地まで生還できたものはごくわずかしかいなかった。



訳注

(注1)「我がウドゥン軍が最も得意とする武器である投槍は……」重装歩兵を主力とする、ウドゥン軍の象徴とも言える武器が投槍(ピルム)と盾(スクトゥム)であった。盾で身を守りながら前進して一斉に投槍を投擲し、敵の陣形が崩れた所で抜刀して突撃するというのがその基本戦術だったが、それは大人数が密集した隊形で突撃する時に初めて有効に機能するもので、船上での戦いには不向きだった。


(注2)「衝角」軍船の船首の水面下に取り付けられた攻撃用の突起。衝角を敵船に衝突させて船腹に穴を開けて沈没させる。当時の軍船の最大の武器であった。


(注3)「燕のホートー」近世になって刊行された「イナニア演義」の影響でしばしば誤解されているが、史実では、世に名高いホートーの燕の軍旗はこの時点でまだ存在していない。初めて使用が確認された記録があるのは、この戦いの三年後である。

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イナニア戦記 白蔵 盈太(Nirone) @Via_Nirone7

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