そこに幻想がある気がしていた。
いよ
本当に、何も理由なんてなかったんだ。
きっかけは簡単なことだった。
定期が切れていたらしい。
大きな電子音とともに改札が私の行く手を阻んだ。
振り向くと後ろに並んでいた人が面倒くさそうな顔で私を見ていた。
「すいませっ…」
私はそう言ってきっぷ売り場に向かった。
線路図で学校の最寄り駅までのきっぷの値段を見て、百円玉三枚と十円玉二枚を機械に入れた。
無機質な320の文字の周りが灯る。
その時、ふっと、私を拒んだ改札が思い浮かんだ。
めんどくさそうな中年のサラリーマンの顔が思い浮かんだ。
「……。」
そのとき自分がとった行動の意味は自分でもよく分からない。
私は追加で五百円玉を一枚、券売機に入れた。
780の文字のまわりが白に発光した。
きっぷが出てきた。
このきっぷでどこまで行けるかはわからない。
私はまた、線路図を見上げた。
その格好を真上から眺められるなら、多分可笑しくて笑えてしまう。
どうやら学校の最寄り駅の5駅先まで行けるみたいだ。
私はとりあえず、いつも乗る電車に乗った。
同じ制服を着た高校生たちと一緒に電車に揺られる。
私は空いていた窓側の席に座った。
窓に寄りかかって音楽を聴く。
今年の夏に見たお気に入りの映画のサウンドトラックを流した。
ピアノと後はよくわからない楽器の音が耳を通り抜けていく。
なんとなく景色を眺めた。
この電車は途中、大きな河にかかる橋を渡る。
それが、学校が近付いてきている合図だ。
今日もその橋を通りかかる。
ちょうど音楽が切れた。
電車の音が変わった。
三秒程して、次の音楽が流れた。
私は灰色の水面をボーッと眺めていた。
気付けば学校の最寄り駅は通り過ぎていた。
正面に座っていた同じ制服の子が、電車を降りるときに私に向けた怪訝そうな顔を思い出した。
ため息が漏れた。
この意味のない傷心旅行の行く宛は誰にもわからない。
電車が黙った、どうやら快速電車の追い越し待ちらしい。
変わらない景色に飽きてスマホを取り出した。
いつも使っているSNSを無意識に開く。
タイムラインの上部にはみんなの学校や会社を嫌う呟きが流れていた。
なんだかそれすら鬱陶しく感じた私は、スマホを落としてまた、外の景色を眺めた。
窓にさっきまでなかった小さな水滴が付いていた。
雨が降りはじめていた、向かいのホームの蛍光灯から光が滲むように発せられ、ホームを照らしている。
電車が動き出した、もう後二駅で、このきっぷで行ける限界になる。
今思えば馬鹿げた出費だ、往復で1500円も掛かる。
私はまた、溜息を漏らした。
次の駅で、私は電車を降りた。
小さな駅だった。
無意識に改札をくぐっだ。
向かいのホームで電車に乗れば、これ以上お金がかかることは無かったのに。
いつも持ち歩いている折り畳み傘を挿して、小さな道をぶらぶら彷徨った。
イヤフォンからは、まだ音楽が流れている。
ふっと、10メートル程先にかけられた、白い「OPEN」の文字が目についた。
どうやらカフェのようだ。
私は無意味に黒板にピンクと黄色のチョークで書かれた看板を眺めていた。
なんとなく、ドアを押した。
開かなかった。
どうやら引かないとダメなようだ。
私はため息をついてドアを引いた。
いや
引こうとした。
その時ふっと、頭の芯が冷めた。
"押したら開くと思っていたドアが開かなかった"
たったそれだけのことで。
よくわからなかった。
何がよくわからないのかは、よくわからない。
私はドアノブから手を離して立ち尽くしていた。
カフェの窓からお店の人が怪訝そうに私を見つめている。
「何やってんだろ、私。」
雨はさっきより、強くなっていた。
そこに幻想がある気がしていた。 いよ @iyo_CoCoNuts
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