8話

「あれ、まだいたんですか?」

 しばらくして家の中から、さっきのお茶を持ってくるように言われていた男性が出てきた。

 もう帰っているはずだと思われていたんだろうか、そんなことを言われる。

「帰ろうとは思いませんでしたが……せっかく弟子として受け入れてくださって、ネクロマンサーとしてのいろはを教えてもらえると思っていたのでつらいです」

 言葉にしてみると、より一層つらくなってきた。

 彼は、はははと苦笑を浮かべる。

「先生は偏屈家ですからね。仕方ありませんよ」

「もしかして、偏屈家しかネクロマンサーになれないんですか?」

「逆ですよ。ネクロマンサーになるような人間は偏屈家なんです」

 ストレートにそんなことを言うので、私はちょっと面食らってしまった。

「私も偏屈家ってことになるんですか?」

「当たり前じゃないですか。今時いませんよ、ネクロマンサーになりたい人なんて」

「……あなたは、違うんですか?」

「ああ、俺は違いますよ。ただの使用人ですから。……それじゃあ使用人としての責務を果たさなければならないので、この辺で失礼します」

「あ、はい……」

 そう言われてしまっては、それ以上止めることも出来ない。私は彼の名前も知らないまま、彼を見送ることになってしまった。ここからどこに行くんだろうと思ったが、それよりもまず師に認めてもらうことのほうが大事だ。

「……どうしたらいいんだろう」

「私にいい考えがあるぞ」

 途方に暮れている私に、レオンさんはそう言った。

「……またどうせ、本契約させろって話になってくるんでしょう?」

「違う。今回はまともだ」

「まともな提案って、どんなものですか?」

 疑わしげな目で見る私に、レオンさんは腕を組んで答える。

「まず、私がいることが問題なのだろう?」

「そうですね」

「ならば、私が師の目につかないところにいればいい」

「え?」

 意外な提案に、思わず聞き返してしまう。

 それは確かにその通りなのだが、私の立場としては正直微妙だった。師に隠れて死霊と関わるのは、そもそも師に対して失礼な気がする。それに本当に隠し通せるのか、という不安もある。

「レオンさんが目につかないようにしているとき、私はどうやって修行すればいいんですか?」

「修行中はここにいるだけだ。師がいないときに、私の側に戻ってくればいい」

「ですが、師と一緒にいない時間にも修行しないとダメだと思うんです」

「なるほど」

 レオンさんは一瞬考え込むような素振りを見せた。

 そして、意外な言葉を口にする。

「では、本当に私が消えるのはどうだ?」

「え?」

「まさか、本気で消えてもらおうなんて思ってなかったのか?」

「だって、レオンさんは……」

 そう言いかけて、私は黙り込んでしまった。

 そうか、本当は、レオンさんを還すべきなんだ。還せるようになるための修行なのだから。

 でも、なんだか胸が苦しい。

「ペルラ?」

「私……レオンさんを還すための修行をするんですよね」

「ああ」

「だったら、レオンさんがいなくなってしまったら、修行の意味がないじゃないですか」

 そう言った瞬間、レオンさんの顔に笑みが浮かんだ。

 いつもの意地の悪い笑みではなく、本当に楽しそうな笑顔だった。

「なるほど。そういう考えもあるな」

「で、でしょう?」

「だが、それでは師に認めてもらえないのも確かだ」

「うう……」

 私たちは、そこで行き詰まってしまった。

 どうにかして師に認めてもらい、かつレオンさんも残してもらう方法はないものだろうか。

 ふと、私は使用人の男性の言葉を思い出す。

「偏屈な人しかネクロマンサーにはなれない……か」

「なにか思いついたのか?」

「はい。師匠の偏屈さを逆手に取って……」

 一呼吸。

「レオンさんに、女装してもらうのはどうでしょう?」

 思いついた案を口にした瞬間、レオンさんの表情が固まった。

「……なに?」

「だって、師匠が嫌がっているのは男性との関係でしょう? だったら女性なら……」

「却下だ」

「でも……!」

「却下だと言っているだろう!」

 レオンさんの声が少し大きくなった。

 その声に、私は思わず縮こまってしまう。

「す、すみません……。でも、他に方法が思いつかなくて……」

「……はぁ」

 レオンさんは大きく息をつくと、私の頭に手を置いた。

「そこまでして私を残したいのか?」

「いえ、そうじゃなくて……」

「なんだ?」

「レオンさんを還すための修行をしたいんです。なのに、レオンさんがいなくなってしまったら、修行の成果を確かめられないじゃないですか」

 すると、レオンさんは再び笑みを浮かべた。

 今度は、少し困ったような笑みだ。

「お前は本当に……面白い人間だ」

「え?」

「いいだろう。他の方法を考えよう」

 そう言って、レオンさんは私の横に腰を下ろした。

 こうして二人で考えれば、きっといつかはいい方法が思いつくはずだ。……多分!

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ガザニアの花を咲かせて 城崎 @kaito8

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