第3話 開園or戦争

「負ける!?俺らが!?」


ゴルドラスは思わず机を叩いて立ち上がった。すかさず、控えていた執事たちが攻撃魔法の姿勢をとる。

しかしダグラスはゆっくりと、ティーカップを口へと運んでお茶を飲んでいた。


「その通りだ。私達は負ける。平和協定を結ぶ間際に、人間は思いきった作戦を実行しようとしていた。幸い、実行する前に平和協定が結ばれ、その作戦は凍結されたわけだけど。」


飲み干して空になったカップに、執事が新しくお茶を入れた。

ゴルドラスも少しは落ち着いたので、座って同じようにお茶を飲むことにした。ずいぶんとぬるくなっている。


「人間たちは、私達にも知性があり、生活があることを理解していない。いや、理解しようとしていない。

『我々とは違う悪しき存在なのだから、滅ぼしてもいい。むしろ滅ぼすべきだ』と本気でそう思っているらしいんだ。」


ダグラスの手が、少しだけ震えている。

執事はその手から、ティーカップをさっと回収した。


「ゴルドラス君。おそらくチルが思っている以上に、この事業は重要なものになる。早急に人間たちの誤解を解き、親睦を深める必要があるんだ。このまま人間たちの間で誤解が広まり続け、その声が大きくなれば、平和協定も覆りかねない。そうなれば……。」

「……俺らは、負けるんすね。」


ゴルドラスがそう返すと、ダグラスはうなづいた。

よほど恐ろしいものを見てきたのだろう。その表情には、恐怖の色が見えた。


「ゴルドラス君。私達には時間が無い。幸い、王からの許可と資金は出たんだ。早急に土地を確保し、人を集め、広告を出し、テーマパークを開園しなければならない。」

「で、でも、テーマパークじゃなきゃいけないんすか?別の方法でもいいんじゃ……。」

「別の方法?何か思いつくのかい?」

「それは……。」


とっさには思いつかない。

ゴルドラスが黙っていると、ダグラスは話を続けた。


「もっと安上がりでコストのかからない娯楽ならたくさんあるだろう。しかしそんなものでは、一度に多くの人間の考えを変えることなどできはしない。」

「そうっすかね……。」

「いいかなゴルドラス君。人気になったテーマパークには、1日に何万人もの人が遊びに来るらしい。」

「な、何万人も!?」


ゴルドラスは飛び上がって驚いた。

そんな大きな数、戦場でしか聞いたことがない。一国の軍隊並みじゃないか!


「そうだ。それだけ大勢の人間が、毎日遊びに来ることを想像してほしい。もちろんこのテーマパークは人間だけのためのものではない。魔物と人間が、共に笑い、楽しい1日をすごすんだよ。」


ダグラスは少し微笑んだ。

もしもそんなことが現実になったら。

壮大すぎる話で、今のゴルドラスには想像すらできなかったが、なんとなく素晴らしいことになるであろうことは理解できた。

魔物も人も、共に楽しむことができる場所……。


「でも、そんなこと可能なんすかね?」

「可能だ。」


そう言いきったダグラスの目には、希望と自信の光が宿っていた。


「とにかく、明日から忙しくなるよ。僕は法的な手続きを担当するから、君はチルと一緒に建設現場へ向かってほしい。チルが話をつけてあるそうだ。」

「え、明日から工事するんすか?」

「まさか。許可をもらっていない状態で事を進めるわけにもいかなかったから、まだ土地は確保してあるだけで何も手はつけていないはずだ。でも建設が許可され次第作り始められるように、手はずは整っている。」


そう言いながらダグラスは立ち上がると、棚から1束の書類を持ってきた。


「建設の際には、『マルクール建設』という建築ギルドが協力してくれることになっている。名前の通り『マルクール』という街にあるギルドだ。建設現場は、マルクールのすぐ近くに広がる草原、ソンドラッド平原に確保してある。」

「え、ソンドラッド平原?あんなところに?」


ゴルドラスは首をかしげた。

ソンドラッド平原といえば、人間の国と魔物の国の間にある大きな平原だ。

平原の中ほどに走っている大きな亀裂からはいつも紫の煙が出ていて、それが人間の国と魔物の国を隔てる境界になっている。


「そうだ。あそこは人間の国からも、私たちの国からも近いだろう。そこに作れば、双方から客が来やすくなる。まだ何も無い土地だから、整備もしやすいはずだ。」

「へえ……。」


たしかにあそこには何も無い。

現状は何も無い、ただの田舎だ。

そんなところに毎日数万人も来るテーマパークなんてものができる光景は、今のゴルドラスには想像できなかった。


「急なことで申し訳ないのだけど、明日の朝、チルと一緒にそこに向かってほしい。馬車代と宿代はいま渡そう。余ったら有効活用してくれ。」


そう言ってダグラスが渡した金額は、1ヶ月はその場で生活できそうなほどの額だった。


「夜遅くまですまないね。今日はゆっくり休んで、明日からよろしく頼むよ。」


にこやかに微笑むダグラスに「いや急な話すぎて無理」とは言えず、ゴルドラスはその場を後にした。

予定は無いから別にいいんだけど、あまりに急なことで、頭が追いつかない。

こうしてテーマパーク建設計画は、本格的に始動したのだった。



続く


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おいでませ魔物ランド!:異世界にテーマパークを建てる話 @nutsnut

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