第2話 夜の王城

その日の夜。

法務担当のダッギーことダグラス、建設隊長のゴルドラスを引き連れて、チルは城下町にある居酒屋で酒を飲んでいた。

ときおり新しい客がやってきては、チルが酒を飲んでいるのを見て怪訝な顔をする。

チルは外見だけなら、どう見ても子供だからだ。


「っはー!やっぱここの酒うんまいわあ!!」


口の周りに麦酒の白い泡をたっぷりつけて、チルはとても満足そうだった。


「あ、あの、チルさんって歳いくつなんすか……?」


ゴルドラスが恐る恐る聞くと、チルはちっちっち、とたしなめた。


「ゴルドラスくぅん、あまりれでぃの年齢は聞くもんじゃあないよぅ〜?」


麦酒ももう7杯目。酔いがまわってきたらしく、チルの顔は真っ赤に染まっている。

ダグラスがこっそり小声で教えると、ゴルドラスは面白いほどに飛び上がった。


「ええ!?ちょ、その見た目でその歳なんすか!?」

「こるぁあダッギー!歳は教えんなって言ったでしょお?」


ごめんごめんと笑いながら、ダグラスはグラスを傾ける。

こちらもだいぶ飲んでいるのに、全く酔っている気配がない。

ゴルドラスは思った。やべえのに捕まってしまった、と。

怒りに任せて怒鳴りこんだら逆に怒られるし、山積みの書類指さしたあげく平然と無視されたり、矢継ぎ早に質問の乱れ打ちをしたかと思えば「てえまぱあく」をつくる仕事の隊長なんて職をもらってしまったし。

そもそも「てえまぱあく」については兵隊たちがざわついてるのをちらっと聞いただけだし、よく知らない。

でも知らないなんて言えば、あの山積みの書類を全部読まされるに決まっている。

想像しただけで寒気がして、ゴルドラスは気づかれないように身震いした。


ゴルドラスは体力と筋力が取り柄だ。力でのし上がり、筋力で差をつけ、誰よりも鍛錬を重ねて、戦いに勝つ。戦争は楽しかったし、強い人間を打ち倒した時や、剣を奪い取って真っ二つにへし折ってやった時なんかは、特に楽しかった。

しかし、勉強はせずにひたすら体を鍛え続けた結果、書類や本と名のつくものが苦手になってしまった。

学校も中退して軍に入ったため、彼の基礎学力はガッタガタに崩れているのだ。文字なんて読んでいたら、10分もせずに眠くなってしまうだろう。

ゴルドラスは、かっこつけて注文した度数が高めの酒を飲みながら、2人をちらりとながめた。

チルは子供に見えるが、小人という小さな種族で、これでも大人でありこれ以上成長はしないのだそうだ。

反対に、ダグラスはとても大人びて見える。かっこいいスマートな紳士というのは、きっとこういう奴のことを言うのだろう。

龍顔の口でこぼすことなく、優雅に酒を飲んでいる。あんな口でストローもなしによく飲めるものだ。

そして自分はといえば、ただの屈強な悪魔だ。攻撃系魔法や物理技ならいくつも覚えたが、それ以外の魔法やスキルはさっぱり何もわからない。

戦争が終わって職に困っていたので、職に就くことができるのはありがたいが、自分につとまるかどうかが不安だった。


ガタン。

不意に聞こえた音に驚いてゴルドラスが周りを見ると、チルが机につっぷしていた。

すやすやと気持ちよさそうに眠っている。


「ゴルドラス君、チルを運ぶのを手伝ってくれるかい。僕はあまり体を鍛えていないから、チルを部屋まで安全に抱きかかえていく自信が無い。」


ダグラスに言われ、ゴルドラスはチルを背負った。軽い。軽すぎる。小人というものは、こんなにも軽いのか。


それからダグラスとゴルドラスは、共に城まで戻っていった。

城に住みこみで働いている魔物は多くいるが、チルもそのうちの1人なのだという。

女性寮の入口までチルを運び、チルの友人に後を任せて、ゴルドラスが帰ろうと後ろを振り返ると、柱や壁の影から大勢の女性がこちらをのぞいていた。

よく見ると、みなダグラスを見ている。

彼女たちは、口々に勝手なことを言っていた。


「かっこいい……。」

「ダグラス様……今日も美しい……。」

「あの隣のヤツ邪魔。」

「ほんとそれ。」


ひそひそ言われているにも関わらず、ダグラス本人は平然として、寮の管理人にチルの飲酒量などを報告していた。

こいつ、無自覚系イケメンなのか。

一通り連絡事項を伝えると、ダグラスはゴルドラスのほうを見た。腹立たしいが、確かにダグラスは容姿端麗だ。噂になり、見物客が押し寄せるのも無理はないだろう。腹立たしいが。


「ゴルドラス君、この後の予定は空いているかい?」


その一言で、見物客達は一斉にざわついた。

もう夜も遅い時間だ。普通ならお互い帰宅するべきところだろう。

それを誘ったということは、よほど話したいことがあるか、あるいは……。


「よかったら、僕の部屋に来てほしい。話しておきたいことがあるんだ。」


よかった。どうやら前者の理由だったらしい。

野次馬たちがざわつく中、ダグラスは颯爽と歩いていった。ゴルドラスも慌てて後をついていく。

戦いばかりの毎日で外見など気にしたこともなかったが、女性達に心無いことを言われ続ければさすがに気になる。こんなところに長居はしたくない。

部屋まで行くと、ドアがあった場所には仮のカーテンがかけられ、両脇に執事が1人ずつ立っていた。ドアが修理できるまで、これで乗りきるつもりらしい。

若干の申し訳なさを感じつつゴルドラスが中に入ると、ダグラスは彼に、ソファに腰かけるようすすめた。

言われたとおりにゴルドラスがソファに座ると、ダグラスはゆっくりと話し始めた。


「君、テーマパーク建設計画について、どれぐらい理解しているかい?」

「え、いや、その……。」

「はっきり言ってくれて構わない。その答えがどちらであったにせよ、無理に書類を読ませることはしないよ。」


そう言って、ダグラスは柔らかい笑みを浮かべた。


「あ、あまり深くは理解できてない、かもです……。」

「まあそうだろうな。私もだよ。」

「え?」


予想外の反応に、ゴルドラスは驚いた。

意外だ。ダグラスはもう理解していると思っていたのに。


「テーマパークの構想についてはチルから何度も聞いているんだけど、こうして企画書として仕上がったものは初めて見る。これを全部読みこむには、おそらく1週間はかかるだろう。」


床に置かれていたテーマパーク関係の資料は、今は部屋の隅にきちんと整頓されて積み上げられている。あらためて見直しても、ものすごい量だ。自分なら1ヶ月かけても読みきれないだろうな、とゴルドラスは恐ろしく思った。


「だから、今はまだ、この計画の全てを隅から隅まで把握しているとは思っていない。ただ、概要だけなら君に説明できるかとおもってね。テーマパークを建設するのなら、君も概要ぐらいは知っておかないといけない。そうだろう?」

「ああ、まあ、そうっすね……。」


確かにそうだが、なぜ夜遅くにこんな話をするのだろう。明日でもいいのに。

そんなゴルドラスの頭に浮かんだ疑問は、ダグラスの次の言葉によって解決した。


「こんな時間まで引き止めてしまって、申し訳ないとは思っているんだ。でも、この建設は急がないといけない。」

「何でです?」


ダグラスは、執事がいれたお茶をゆっくりと飲み、そして深刻な顔をして、答えた。


「戦争が始まる。」


戦争。

その言葉を聞いて、ゴルドラスは体の内部から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

戦争が始まる。またあの戦いの場に身を投じることができる。血飛沫が舞い、怒号が飛び交い、余裕なく向かってくる敵を容赦なく叩き潰す。

最高だ。それならいいじゃないか。

しかしダグラスは、とても思いつめた顔をしていた。


「この国と人間の国は、先月平和協定を結んだばかりだ。」

「ああ、たしかあの小人、そんなこと言ってましたね。」

「しかし、差別と偏見は未だに残っている。先月、外交のためにあの国へ行った時も、我々は石を投げられた。」


ダグラスはそう言って、首後ろをおおうたてがみをめくって見せた。

たしかにそこには、石が当たったような痛々しい傷跡が、いくつもついていた。

しかしゴルドラスはきょとんとして言った。そんなの当たり前じゃないか、と。


「魔物と人間は仲良くなんてなれねぇんすよ。別に戦争が起きたっていいじゃないすか。また片っ端から潰していけばいいんですし!」


笑いながら言うゴルドラスに、ダグラスは冷静に何かを差し出した。


「これを見ても、そう言えるか。」


それは、兵器のスケッチだった。

高威力の光線を発射して、光線に当たった物を全て消し飛ばしてしまうもの。

地震を引き起こし、半径数百メートルの範囲内にいる生物をことごとく戦闘不能にするもの。

敵の本拠地まで飛ばし、大音量の騒音を発生させることで、治ることのない障害を相手に負わせる生物兵器。

そういった「非人道的な兵器」が、スケッチにはいくつもおさめられていた。

ゴルドラスはあっけにとられて、しばらくは返事ができなかった。これが人間の、知能が少しでもある生物のすることか。

今までは、戦争は戦場だけで終わっていた。しかしこの兵器たちを使えば、民間人も無事では済まないだろう。


「はっきりと言おう。次に戦争が起きれば、我々は負ける。」


ダグラスは重々しく、しかしはっきりとそう語った。




つづく。






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