第1話 ケーキと龍と悪魔と小人

王宮の無駄に広い廊下を、小人の女の子がかけていく。

背はあまりにも小さく、人間の子供ぐらいしかない。

肩から黄色いカバンをさげて勢いよく走る姿は、人間の幼い子供と大差なく見えた。

彼女は満面の笑みでカーペットの上を走っていたが、あるドアの前まで来ると、急停止して勢いよくドアを開けた。


「ダッギー!許可とれた!!」

「えっ!?」


ダッギーと呼ばれた龍顔の青年が驚いている間に、小人の彼女はそそくさとドアを閉め、値の張りそうなソファにどすっと座った。

そしてにまにましながら、かばんから書類を出していく。尋常じゃない量と重さに、早くも机が悲鳴をあげ始める。

青年は慌てながらも彼女を止め、結果机付近の床には、大量の書類が置かれる結果となった。


「こんなにたくさん……。また薬飲んだの?」

「うん!睡眠無効と、疲労無効と、思考力強化と食欲無効と速読効果と読解力強化!あと異臭無視と速記効果も!」


連射魔法のように早口で喋る彼女。

青年は呆れてため息をついた。


「あんまり薬ばっか飲んでちゃダメだよ。いくら永遠に近い寿命があるからって、突然死されたら嫌だからね。」

「分かってるよ!」

「ならいいんだけど。ケーキ食べる?」

「食べる!!」


その返事を聞いた青年が机に置かれたベルを鳴らすと、数秒もせずにノックの音が聞こえてきた。

青年の許しを得て中に入ってきたのは、角の生えた猫のような顔の執事であった。


「よく冷えたチョコレートケーキを1つ、持ってきてくれるかい?この子には……」

「あたしマシマロ乗せレモンケーキ!ちゃんとすっぱ甘いやつ持ってきてね!」


2人の指示を聞いた執事は、かしこまりました、とそっけなく返事をして去っていった。


「ほんと、チルってすっぱ甘いの好きだねえ。」

「ダッギーこそチョコばっかじゃん!」

「まあ、美味しいから。それで、テーマパークの件だけど……。」


チルと呼ばれた小人の彼女は、テーマパークの話になったとたん、真面目な顔になった。

さっきまでの幼子のような表情はどこへやら。別人のように真剣な目付きをしている。

青年はそんな彼女、チルの様子を見て、かすかに微笑んだ。


「ぜひ参加させてほしい。ルールや書類作り、法的措置なんかについては任せてよ。」


そのとたん、チルの表情はたちまち笑顔になった。


「ほんと!?参加してくれるの!?」

「うん。チルのこと信じてるし、それにきっと、これはものすごく壮大で素晴らしいものになるよ。」

「やった!ありがとうダッギー!!」


チルが飛び上がって喜んでいた、その時。

部屋のドアが一瞬にして蹴破られた。


「おいてめえ!ふざけんじゃねえぞ!!」


ドアの先にいたのは、「戦闘民族」という言葉をそのまま生き物にしたような、屈強な魔物だった。

大きな蹄、がっしりと筋肉のついた赤い体。

牛のような2本の角に、ぬらぬらと黒光りする尻尾。

その容姿を見れば分かる。彼はどう見ても「悪魔」だった。

悪魔は威圧感たっぷりに、チルに向かって歩いていった。


「てえまぱあくだあ!?んなもん作ってる暇あったら、人間どもと戦争させろこのチビ野郎が!!」


低くうなるような恐ろしい声。

並の人であれば失神してしまうだろう。

しかしチルは悪魔の目の前で仁王立ちすると、大きな声で言い返した。


「戦争は終わったしもう開戦もしないよ!!!先月平和協定を結んだばっかりなんだけど、まさか知らないなんてことないよね!!?」


この反応は予想外だったらしく、悪魔が少したじろいだところに、チルはどんどん攻めこんでいった。


「人間と戦争がしたいなんて何時代遅れなこと言ってんの!!そんな体力も筋力もあったら、球技大会でも筋肉自慢大会でもなんでもできるでしょ!?これからは人間も魔物も関係なく、手を取り合って幸せになる時代なの!!そのためにテーマパークは必要不可欠!!!意見をくれるのはありがたいけど、まずはそこの資料を全部読んでから言ってちょうだい!!!」


チルの指さした先を見て、悪魔は小さく「ひぇっ」と喉を鳴らした。

どうやら、書類の類は苦手らしい。

青年はといえば、悪魔が蹴破ったドアの残骸を、冷静に箒で集めていた。


「お待たせしました。ダグラス様。チル様。ケーキをお持ち致しました。」


いつの間にか来ていた執事も、悪魔もドアも無視して部屋に入る。

執事はケーキを机に置くと、青年、ダグラスから箒を預かり、彼に代わって掃除の続きを始めた。

何事も無かったかのように、ケーキを食べ始める2人。ドアの残骸を丁寧に拾う執事。

1人取り残されてしまい何も出来ずにいる悪魔に、ようやくダグラスは声をかけた。


「君も食べるかい?何がいい?」

「え、あ、ミルクケーキ……。」


その言葉を聞いた執事は、掃除用具をさっさと置いて、また部屋を出ていってしまった。

大きめの椅子をすすめられて、悪魔も椅子に座る。

巨大でたくましい彼も、大人しくなった今となっては、従順な子犬のようだった。


「参考までに聞いておきたいんだけど。」

「ひゃい!?」


チルの言葉に、必要以上に反応する悪魔。

チルは構わず話を続けた。


「なんで人間と戦争したいの?」

「え?そ、それは……その……。」

「なんで?」

「え、あ、はい……。俺、戦争ぐらいしか楽しいこと知らなくて……。ずっと兵士だったから、戦う以外に何か能力があるわけでもないし……。だから戦争がなくなったら、どうやって生きてったらいいのか分からなくて……。」

「なるほどねえ……。」


マシマロをぎゅっごゅっと変な音をたてて噛むチル。しかしその表情は真剣だった。


「君、名前は?」

「あっ、自分、ゴルドラスといいます。なんかすいません、勢いで乗り込んじゃって……。」

「いーのいーの。むしゃくしゃしてたらドアも破りたくなるもん。ね、ダッギー。」


話をふられたダグラスは、曖昧な表情を浮かべて、チョコレートケーキを1口味わった。


その後、ゴルドラスがミルクケーキを食べ終わるまでに、チルとダグラスは根掘り葉掘り彼について詳しく聞いた。

年齢は。家族は。友達は。休日は何をしているのか。もらった賃金の使い道は。

ゴルドラスがもう頼むから許してくれと音を上げた頃、チルとダグラスは結論を出した。


「ねえ、君さえ良ければなんだけど、よかったらテーマパーク建設現場の隊長になってくれないかな。」


ゴルドラスは、ふぇ?と悪魔らしからぬ声を出し、硬直してしまった。

ダグラスが言葉を続ける。


「もちろん悪いようにはしない。詳しいことは決まり次第書類にして、君の自宅へ送ろう。安定した職と賃金、福利厚生もつける。どうかな。」


硬直していたゴルドラスは、その言葉を聞いて、ようやく緊張が解けたようだった。


「は、はい!自分でよければ、ぜひ!」


こうしてテーマパーク計画は、王の承認をもらったその日のうちに、法務担当と建設担当が決まったのであった。



続く

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