2-2
「説明は終わったかしら?」
「シバー!!チャンスくれてありがとう!大好き!!」
騒々しさと共に、ツユとハイビが部屋に戻ってきた。
「あいつがいると話がややこしくなるから、姉さんに連れ出して貰ってたんだ」
シバが小声で私たちに伝える。私は小さく笑った。まるで手のかかる妹のような扱いだ。
「シバ、それでこれは、いつ?」
私がシバに問いかける。その場にいる全員の視線がシバに注がれた。
「一週間後だ」
✻✻✻
「そうと決まれば服を作らなきゃ」
アザミはキビキビとした手付きで私の体の寸法を測っていた。
腕の長さ、胸囲、腹囲……測定した数値をメモに取っていく。刃物で斬りつけられた痕のような、鋭い文字だった。
「あんた、細いわねえ。それにここまで小さい子の服作ったことないからちょっと心配だわ」
ツユとシバの来訪の翌日、私とミズキ、それから団員全員が以前の廃ビルに集まっていた。
前回の様子からして、私たちが作戦に加わることについて、少なくともアザミは抵抗を示すものだと思っていたが、案外すんなりと受け入れられた。
「人員を増やしたいのは本当なのさ。アザミもね」
私の微妙な表情を読み取ってか、ソテツが補足する。
「それに、君たちを憎んでいるわけじゃない」
「はい、話はそこまで。チャイ子って言ったわね、あんた、そこにまっすぐ立ちなさい」
アザミはメジャーを勢いよく引き出した。
「あんたの体を測るわよ」
そして、現在の採寸に至る。
しばらく黙々と体を測られることに少々の気まずさを感じ、私はアザミに話しかけた。
「洋服作るの、お好きなんですか?」
「うわ、敬語で話しかけられることなんて無いから気持ち悪いわ」
アザミは顔を顰める。しかし、本気で嫌がっているわけではなさそうだ。
「まあ……お好きというか、これは仕事ってカンジ」
「仕事?」
「最初会ったとき、私ら黒ずくめだったっしょ。覆面とかしてたし。カレクサ団として動くときは、一応すぐには身バレしないようにああいう格好してるのよ」
確かに、あのときはハイビを除く全員が黒い服装をしていた。シバは口元まで覆うフード、アザミはマスク、ソテツはサングラス……と顔も隠していたはずだ。
「でも、それを抜きにしたって服を作るのが好きなんでしょう?」
様々な質感の布を並べながら、ツユはアザミにいたずらっぽい表情を向けた。アザミはキッと睨みつける。
「うるさいわね」
「あら、違うの?あなたが普段着てる服も、自分で作っているのに。ハイビにも作ってあげていなかったかしら」
へえ、と感嘆の声が漏れる。彼女が身に纏う洋服は洒落ていて、そして彼女によく似合っている。とても自作のクオリティには見えなかった。
「まぁ……好きと言われれば、好きかもね。……今のこの世の中じゃ何の役にも立たない感情だけど」
アザミは自身の照れを隠すように言った。
終始ツンケンとした態度をとっていたアザミだったが、やはり服作りにはこだわりがあるらしい。布選びは周囲へのとげとげしい対応を忘れてしまうほど真剣だった。
「ツユ、こっちの布とこっちの布、どっちがこの子に似合うかな」
「そうねえ……私は右の方がよりつやつやしていて可愛らしいと思うわ」
「うーん、そっかあ……それも分かるんだけど、左の布の上品さも素敵だと思うんだよね」
ああでもないこうでもないと議論する様を見て、同じく採寸を終えたミズキがため息をついた。
「これじゃあ一生終わらねえな」
「女の買い物、及び物選びは尋常じゃない時間がかかるっていうのは常識だぞ」
ソテツの言葉に、カズラは深く頷く。ミズキの採寸は二人で行なったそうだ。
「お前は『せっかくなら女子に採寸されたい!』とか言ってたけどな、俺らがやったほうがずっと効率的だということがよく分かっただろう」
「は、はあ?!そんなこと言ってねーし!バカ!」
ミズキ思い切り赤面しながらソテツの肩を殴った。その行為が、ソテツの言葉が事実であることを証明している。
「カズラ、そいつの採寸データ貰える?……うん、ありがとう。このサイズなら材料買い足さなくて大丈夫そう」
採寸をメモした紙を手渡すと、カズラはソテツの後ろにそっと身を潜めた。ゆるくカールした前髪が彼の目元を覆い隠す。
彼は本当に喋らない。私も発言は少ない方だが、彼の場合はほとんど声を聞いたことがないほどだった。
「……さて。採寸が終わったことだし今から本番よ」
アザミはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。嫌な予感しかしない。
「一週間みっちりトレーニングよ、トレーニング」
「ええっ」
私とミズキの声が重なる。しかし、私と違ってミズキは嬉しそうだった。
「やっと鍛えられるのか!俺の実力を披露するときがきたな」
「ト、トレーニング?私は戦闘とかそういうスキル持ち合わせていないです」
「まあまあ。流石に君ら二人を同じクラスでしごくことはしないよ」
ソテツが優しくフォローするが、私は手のひらがじわじわと汗で濡れるのを感じた。
ここしばらく働いて分かったことだが、私は体力が無い。ハイビとは比べるまでもないが、少し走ったり階段を登り降りしたりするだけで息が切れるところを見ると、恐らく普通の子どもより貧弱なのだと思う。
そんな私がトレーニングとやらに付き合えるのか。
「そんなに顔を真っ青にしないで、チャイ子ちゃん」
私の心境を察したらしいツユが声を掛けてきた。
「ソテツも言ったけど、体力に不安がある子にそこまでの負荷はかけないわ。今ここにいないメンバー、誰か分かる?」
「……シバとハイビですね」
「そう、シバとハイビ。そしてあなたにはシバがつく。そこで基本的な護身術とか逃げ方とか、身を守る方法を学んでね」
ツユは私の両手を握った。この年頃の女性にしては硬めの手のひらだったが、そのぬくもりは私の気分を落ち着けた。
それにね、とツユは続ける。
「私の弟、もう分かっているかもしれないけどお人好しなの。あなたみたいな小さな子はいじめられないわ」
彼女の柔和な雰囲気は、話している相手の心を穏やかにしてしまう。温かな毛布みたいだ、と思った。私は素直に頷いた。
その様子を眺めていたミズキは、突然パッと瞳を輝かせた。
「ってことは……俺はハイビ?!よっしゃー!絶対勝ってやるからな!」
喜び勇むミズキは蹴りのジェスチャーを繰り出した。彼の踵が空を切る。
ツユは微笑むばかりで何も言わなかった。
「……アイツ、生きて帰れるかしら」
アザミがポツリと呟く。その不吉な言葉は、聞こえなかったことにした。
ツユの言うとおり、シバの指導は非常に初歩的な内容だった。
最初に行なった体力テストの結果を見つつ、これから当日までのプランを立てた。
「お前の場合、まずは何よりも基礎体力だ。日数がないから十分に伸ばすことはできない。それでも今後のことを考えて、毎日トレーニングしていこう」
トレーニングメニューは走り込みや筋トレなど、一般的なものだった。『できなくはないが結構キツイ』という負荷のレベルで進めていく。適宜休憩を挟みながら、シバは丁寧に指導してくれた。
とは言え、まともに運動するのは記憶の中では初めてだ。日が傾きはじめる頃にはもう体力を使い果たしていた。
「よし、よく頑張ったな。付け焼き刃にはなるが、明日からはテクニックも教えていく」
「はぁ、はぁ……ありがとう、ございます……はぁっ……」
息も絶え絶えな私の様子に、シバは苦笑する。
「今日はいっぱい飯食ってよく寝ろよ。まあ、もう一人は飯食う元気もあるか分からないけどな」
アンチバーチャルリアリティ ちゃいこ @chaiko-d
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