【B】お取り寄せ卵と月の夜


「あー、残念。雨の予報だねえ」

 そういってハンスが月見団子をほおばりつつ、天気予報を見ている。

「せっかく中秋の名月だっていうのに、残念だなあ。俺、ちゃんとススキも月見団子も用意したのになあ」

 雑貨店、ふぁんしーしょっぷ羅針度(らしぃど)は、相変わらず、ゆるい空気が流れている。というより、大体、このハンスがゴロゴロしていると妙にゆるやかな時間の流れを感じてしまうのだ。いつも着ているのは軍服という剣呑さなのに、不思議である。

 ハンスはそういって、窓辺においてあるススキをちょんちょんとつつく。

「また雨かよッ、チッ、雨の日は客の入りが悪いんだよなあ」

 そんな風流もへったくれもない声が聞こえてきたが、それも彼らにとっては日常茶飯事だ。ハンスも今更文句も言わない。けろっとして、ハンスは小首を傾げる。

「なんだろうね。最近、雨多くない。ラシード、実は雨男なんじゃない?」

「社長って呼べっつってんだろ!」

 そこにこだわりがあるのか、いつも通りそう叱責しつつ、ラシードはどかっとソファに座る。

「俺は晴れ男だっつーの。元は砂漠と荒野の男だぞ、俺はよ」

「そういえばそうだったっけね」

「お前の方が雨なんじゃないのかよ」

「俺はラシードよりいろんな意味で晴れ男感強いと思うよー」

「色んな意味ってどういう意味だよ」

 悪口だろ、とラシードは睨みつけるが、ハンスはてんで無視をしている。

「うーん、俺たち二人じゃないとしたら、あー、そういやー」

 と、ちらっとテーブルの上の籠の中を見る。そこには卵がいくつか置いてあるが、その中で卵に巻きついて黒いトカゲのようなものが寝ていた。

「龍は水属性だからね。雨ぐらい降らすよねー」

「おい、ハンス、そいつ捨ててこい。商売上がったりだ」

『むっ、殺気!』

 ラシードの冷たい言葉に何を感じたか、黒いトカゲ、いや古の黒い竜王ギレス様が目を覚ます。

「あ、ギレス様おはようー! よかったね、もうちょっとで捨てられるところだったよ」

「チッ、意外と察しがいいんだよなー」

 ラシードが残念そうに舌打ちするのをきいて、さすがにギレス様も状況に気づいたようだ。

『貴様ら、私を捨てるなどなんと無礼な』

「だってよー、アンタがいると降水確率あがってる気がするんだもんよ。お陰でこちとら、客足が遠のいて困ってんだよ」

『雨は私のせいではないぞっ! 確かに、我等竜と雨は相性は良いが、別に雨乞いもしていないし』

「でも、中秋の名月なのに雨なんだよー。ギレス様、雲退けるとか無理なの。偉大な竜なんでしょ?」

 ハンスに無邪気に言われて、ギレス様はぐっと詰まる。

『できんことはない、がっ、そんな自然に手を加えるのは良くないことだからだな』

「本当かよ。できねえだけじゃねーのか?」

『失敬な!』

 ギレス様はやや焦った様子になったが、

『そこまで月が見たいのなら、この、私一推しの卵で月でも作ってみたらどうなのだ』

「月?」

 二人がきょとんとしてギレス様を見る。視線を浴びて、急にこほん、と咳払いし、近くの卵を転がした。

『これは実に美味な卵なのだが、新鮮なこともあって黄身の色が綺麗でな。そこで私がちょっと手を加えて……』

「でも、卵は卵じゃねーか」

『浅い、浅いぞ、その考え方は。この間、お前達が何セットかで安く買ってきた皿があっただろう』

「水を入れるといい感じになるやつだよねー。俺はいいと思うけど、ラシードが地味だって怒るんだよー」

「実際地味なんだよ」

 文句を言うラシードだが、ハンスは数枚の皿を取り出してきてざっと隣に並べる。

「水を入れるといい感じって言っても、ふつうに百均の皿みたいだからよ」

「百均じゃないもん。深い黒じゃん」

『まあよい。どのみち、これにはちょうど良い。卵を割って皿の中に流してみろ』

 言われて言う通りにハンスが卵を流し込む。

 黒い皿の上をなめるように、白身がすべり、黄身が流れ出す。それがまるで小さな湖を手元で作ったように見えるのだ。

「おお、すごーい! 満月っぽく見える。お月見感あるね、これ! 風流な感じするよー」

「なんだ、黄身が沈み込むのとちょっと光ってるのか」

『ふふふ、私は偉大なる竜だからな。これくらいの小細工などなんでもないのだ』

 ギレス様がわかりやすく自慢げになる。

「それじゃ、この天気じゃどうせ月も見れねえんだし、月見セットで売り出すかなー。イースターでもねえのに、トカゲの餌の卵が売れるとは思わなかったが」

『なんだとう!』

「あーすまんすまん、言葉の綾だから。いや、ほら、不良在庫も一掃できそうだし」

「不良在庫じゃないよー! これ、本当に安くていいお皿なんだからね! 普通の卵でも、絶対結構いい感じになるんだから!」

 ギレス様がやれやれとため息をつく。

『全く、私の秘蔵の卵をやろうというのに。もっと感謝してもよいくらいだぞ』

「そうだね、ギレス様、卵はこだわるもんね。でも、どうして、この皿でお月見できるって気づいたの?」

 そうハンスが尋ねると、ラシードがふふんと笑う。

「色気より食い気だろ。卵割って食べるときに、テキトーに皿持ってきて覗き込んだらいい感じだったんじゃね? だけど、気をつけろよ〜。湖面の月なんざ、手に取れないもんだからな。むかーし、水面の月を手に取ろうとして死んだって伝説の詩人もいるんだぜ」

『ふん、そのようなこと、夜光塗料塗ったスーツ着ている男に言われたくない』

 ちょっと風流なこと言ったという顔をしているラシードと、実のところ、あんまり風流ではないのかもしれないギレス様だ。

「まあ、でもお月様が一応見られるから、お月見できるね。月見団子が美味しい」

 ハンスはそう言ってにっこり笑うのだった。



  *

【お店の人たち】

ラシード

雑貨店羅針度の社長。月見の時には月餅が食べたい。今回もハンスに調達してもらっている。今日のスーツは気合入れて夜光塗料でピッカピカだぜ!(しかし雨が降ったので静かに凹んでいた)


ハンス

雑貨店店員と調達係。実は今回は軍服でなくて甚平を着て接客していたのだが、暗くて目立たなかった。卵かけご飯はここ

に来てからはまったクチ。


ギレス様

偉大な古き竜。卵が大好きなので、ご飯の卵はお取り寄せしているらしい。ほかにもおすすめな卵はたくさんある。どうやら、本人の口ぶりだと雨乞いは得意のようだ(逆に晴れさせるのは苦手)。


【本日の目玉商品」

波紋の黒皿

手のひらサイズのいい感じの黒い皿。これに水を入れるとまるで湖のように小さなさざなみが立ったり、逆に静止した水面が鏡のように対象を映し出す。花などを活けると割と風流だし、お吸い物などを入れるとちょっと不思議なスープが出来上がるのだが、いかんせん地味。しかし、どうやら、生卵との相性が良いらしい。


月見の卵

ギレス様オススメのこだわりの農家産の卵。しかし、普通の鶏卵。新鮮なので本来は黄身が盛り上がっているのだが、ギレス様の魔術的小細工で黄身が沈み込むようになっており、微かに光る。それ以外は普通に美味しく新鮮な卵なので、お月見が終わったら醤油を少々ご飯にかけてしまうのがおススメです。

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辺境幻想雑貨店 羅針度(らしぃど) 渡来亜輝彦 @fourdart

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