君との恋愛に占める相性の割合

葵すもも

【短編】君との恋愛に占める相性の割合

    『雨宮翔子』

    『マッチング率:0%』

    『ミスマッチング率:100%』


 これが僕と雨宮翔子あまみやしょうこのマッチング率とミスマッチング率だ。


 『ミスマッチングアプリ 』が開発されてから、恋愛は単純で、簡単なものになった 。

 このアプリがあれば、何の苦労もなく、自分にピッタリの相手をいとも容易く見つけることができるのだから。


 マッチング率を測定するアプリは一昔前からあった。

 人々はそのマッチング率を指標に出会いを求め、結果として数多くのカップルが誕生したが、一方で数多くのカップルが別れた。なぜならマッチング率を測定するだけでは不完全だったから。


 そこで開発されたのが、この『ミスマッチングアプリ』だ。

 『ミスマッチングアプリ』は、簡単に言えば、「自分に合う人を見つけ、合わない人を排斥できるアプリ」だ。


 それでも僕はこんなにも顕著な数値を目にするのは初めてだった。

 『マッチング率:0%』、『ミスマッチング率:100%』とは、この人とは絶対に合わないと宣告されているようなものだ。


    雨宮翔子


 僕は俄然、雨宮翔子に興味が湧いてきた。

 もちろん数値だけで見れば、僕と雨宮翔子はうまくいくわけがない。


 しかし、僕は気付いたら雨宮翔子にメッセージを送っていた。



「せっかくですので、カフェでも行きましょうか。オススメのお店があるんです」


 僕は雨宮翔子をすぐに見つけることができた。

 もちろん,アプリで写真を一度見ているからというのもあると思う。

 しかし、何より彼女は、意識なんかしなくても視界に飛び込んできてしまうぐらい美しかった。

 彼女は、白いトップスに薄い赤色のカーディガンを羽織り、紺色のタイトなスカートを履いていた。

 ほんのりと茶色く艶やかな髪の彼女は、写真で見るよりも何倍も大人に見えた。


 僕が声をかけると、彼女は笑顔で応じてくれた。

 初対面であるにも関わらず、僕に警戒心を見せず、僕に警戒心を抱かせない彼女を、素直に素敵な人だなと思った。


「私コーヒー飲めないですけど、それでもいいなら」


 彼女は風になびく長い髪をかき上げながら、冗談めかしてはにかんだ。



「このお店は僕の行きつけなんです」


 僕はカップを口に運び、珈琲の香りを楽しみながら、最初の一口を啜った。


「素敵なお店ね。この紅茶すごくいい香りがするわ」


 彼女は紅茶にたっぷりとミルクを入れると、スプーンでくるくるかき混ぜ一口目を啜る。


 彼女は「美味しい」とまるで紅茶を初めて飲んだかのように目を真ん丸にする。

続けて二口目を啜ると、今度は紅茶の余韻を楽しむかのように恍惚の表情を浮かべる。

 そんな彼女を見ていたら僕も嬉しい気持ちになってきた。


「私も常連になりそうだわ」


 彼女もこのお店を気に入ってくれたみたいだ。


 しばらく二人で談笑していると、彼女はふいに何かを発見したように僕から視線を逸らした。

 彼女の見つめる先を追うと、そこには特大パフェのメニューが立てかけてあった。

 きっと甘い物が好きなのだろう。


「食べたいなら食べていいですよ」


 彼女は「あっ」と一瞬悔しそうな表情を見せるが、すぐに「じゃあ一緒に食べましょうか」と顔を赤らめながら言う。

 うん。僕は甘い物が得意じゃないのだ。


 僕と彼女は時間も忘れて好きな食べ物のこと、趣味のこと、恋愛のことなどたくさん話した。

 話せば話すほど、屈託のない笑顔を見せる彼女に惹かれていった。

 確かに趣味、嗜好は真逆のようだ。

 それでも彼女と一緒に過ごす時間はこの上なく楽しかった。


 彼女との別れの時間が近づけば近づくほど、こんなに素敵な女性と付き合えたら最高だなと想う気持ちが強くなっていった。


 しかし、覆すことのできない数値。


    『マッチング率:0%』

    『ミスマッチング率:100%』


 現代が誇るスーパーコンピューターが弾き出した揺らぐことのない確率。

 僕はアプリの開発者を恨まずにはいられなかった。

 現実を突きつけられている気がして,幾ばくかの寂しさを覚えた。


「どうしたの?」


 突然の声に、僕はハッとして顔を上げた。

 彼女が不安げな様子で僕の顔を覗き込んでいる。

 僕はどんな顔をしていたのだろうか。

 彼女の透き通るような茶色い瞳には心配の色が見てとれた。

 「なんでもないよ」と応えればよかったのかもしれないが、僕はどうしてもこの寂しさの理由を知りたくなってしまった。


「翔子さんは何で僕に会おうと思ってくれたんだい?」

「なんでって……」


 彼女は困ったようにアーモンド形の目を細める。


 僕が彼女に会おうと思ったのは『ミスマッチング率:100%』という数値に対して興味を持ったからだ。

 決して彼女に興味があったわけじゃない。

 それにもかかわらず、僕はこの時間を存分に楽しんでいた。

 僕はそんな自分に憤りを感じると同時に、彼女に対してこの上ない後ろめたさを感じていた。


 彼女は一体どんな気持ちで僕に会おうとしてくれたのだろう。

 自分のことを棚に上げて、図々しいことは百も承知だが、僕はどうしても彼女の気持ちを知りたかった。

 ミスマッチング率をきっかけに出会っておいて、ミスマッチング率をどうしても否定したかったのだ。


 しかし、彼女の困り切った表情を見て、変な質問をしてしまったと心の底から後悔した。


 自責の念に駆られていると、彼女からは予想外の答えが返ってきた。


「顔がタイプだったからかな」


 僕は全く想定していなかった言葉に思わず「へっ?」と声に出してしまった。

 僕が驚いて彼女を見つめると、彼女は恥ずかしそうに目線を下に落とす。

 頬を赤く染めた彼女を見て、僕は思わず声を上げて笑ってしまった。


 そっか。彼女は僕のように『ミスマッチング率』に興味を持ったわけではないのか。

 しかも会ってくれた理由が僕の顔とか。そう考えるとふつふつと笑いがこみ上げてきた。

 いつの間にか僕の寂しい気持ちはどこかに消えてしまっていた。


 真っ赤になって俯いている彼女は、今日見てきた彼女の中で一番可愛らしく、そして愛おしかった。


 そして、僕と彼女は付き合うことになった。



 今日は彼女たっての希望で美術館に行くことになった。


 待ち合わせ場所に現れた彼女は深い緑色のロングスカートに、紺色のシャツ。そして、まるで小人さんが作った木靴のような可愛らしいブーツを履いていた。

 仕事帰りのオフィスカジュアルではなく普段着ということもあって、無邪気に、そして幼く見えた。


「私ね、何か心境に変化があると美術館によく行くんだ 」

「ふぅーん、心境の変化って?」

「例えば、嬉しいことがあったりとか、落ち込むことがあったりとかかな」

「じゃあ今日は僕と付き合えたことが嬉しいってことなんだ?」


 僕が軽口をたたくと彼女は僕の足を思いっきり踏みつける。

 小人ブーツは見た目に反してヒールが高く、予想以上に痛かった。


「あなたと一緒にいるといろいろとストレスが溜まるから発散に行くのよ」


 彼女はぷいとそっぽを向き、ほんのりと赤く色付いた街路樹を眺めながら、僕の半歩後ろを歩く。


 こうやって2人で歩いていると、付き合っているという実感がふつふつと湧いてくる。

 一つ一つの感覚が、少しずつではあるが、僕と彼女が『ミスマッチング率:100%』であることを忘れさせてくれた。


「あれがミレーの『落穂拾い』よ」


 彼女は1つの絵を見つめながら、独り言のように僕に話しかける。


「綺麗な絵だな」

「この絵には、農業だけでは生活ができない貧しい人が、農園に残された穀物を一生懸命拾っているところが描かれているの。ミレーは当時の生活の厳しさを描いて政治的な思想を反映させたのではないかと言われているわ」


 彼女の言葉を聞いて、ふと疑問に思った。


「『言われている』って本当に当時のミレーはそんなこと考えていたのかな。何でもかんでも作品に意味があるって考えるのは頭のいい人の悪いくせなんじゃないかと思う。ミレーは純粋に見たままの風景を描いただけかもしれないじゃないか」

「でも絵の細かいところを見ていくと、当時のヨーロッパの時代背景とかが如実に表現されているのよ」

「そんなの評論家の後付けかもしれないじゃん」

「…………」

「…………」

「あなたとは意見が合わない」


 彼女からは僕が想像していたよりも低い声が返ってきた。

 僕はぎょっとして彼女を見ると、彼女には不服を遥かに通り越して、不快の表情がまざまざと表れていた。

 彼女は僕の方を見ずに絵画を見ているが、僕と目を合わせたくないがために、絵画を見る振りをしているのが見て取れた。


 別に彼女の意見を否定するつもりはなかったが、僕の発言は軽率だったのかもしれない。

 しかし、彼女がここまで怒るなんて予想できなかった。正直、彼女が何に対して怒っているのか、僕にはよくわからなかった。


 ただ、いま思い返すと、今日の彼女は会ったときから機嫌がよくなかったような気がする。足を踏まれたことも、会話の端々の違和感も、「彼女の機嫌が悪かった」と考えれば合点がいく。


 僕はとりあえず「ごめん」とだけ謝っておいた。

 もちろん、こんな上辺だけの謝罪で状況が好転するとは思っていない。

 それでも僕は、美術館に向かっている時に感じた幸福感をもう一度味わいたかった。


 しかし、現実とは残酷なもので、彼女は美術館を出るまでの間、一言も口を聞いてくれなかった。


 その後、彼女とは何とか仲直りをしたが、この日を境に僕と彼女は言い争うことが増えていった。



 父親が僕に1枚の写真を手渡してきた。

 肌が透き通るように白い黒髪の女性。落ち着いた面持ちから気品のよさが伝わってくる。

 聞くところによると、どこかの大企業の御令嬢だそうだ。


 勝手なことに、父親はこの女性とのお見合いを決めてきたらしい。

 僕は父親の身勝手な行動に非常に腹が立った。

 しかし、ご丁寧にも写真に添えられた僕と女性のマッチング率を見ると、どうしても翔子のことを言い出すことができなかった……。


    『マッチング率:92%』

    『ミスマッチング率:3%』


 僕は翔子のことが好きだ。

 僕と彼女の相性が最悪だとしても、2人なら乗り越えられると信じてきた。


 けれど、最近はすれ違うことも多くなった。

 果たしていまの僕は「彼女となら乗り越えられる」と自信を持って言い切れるだろうか。

 何より、父親に写真を見せられたときに即座に彼女のことを言い出せなかった自分自身が不甲斐なく、そして腹立たしかった。


 結局、僕は最後まで彼女と付き合っていることを言えなかった……。



「ごめんね。二次会が長引いちゃって」


 彼女は友人の結婚式の帰りということだ。

 たまたま僕の仕事が終わる時間と重なったので、軽く食事に付き合ってもらうことにした。


 急いできてくれたのだろうか。

 息を弾ませ顔を紅潮させた彼女がコートを脱ぐと、紺色のパーティドレスが姿を現した。

 僕はそのインパクトに少しだけ動揺してしまった。

 結婚式に参加するにしては地味ではあるが、このレストランで肩が透けて見えるそのドレスは、人の目を惹くのに十分だった。

 いつもの彼女とは違って、今日の彼女は実に色っぽかった。


「調子に乗って飲みすぎちゃった」

「お持ち帰りされてないんだからたまにはいいんじゃないのか」


 そうね、と目を細めながら嬉しそうな顔を見せる。

 よく見ると顔が紅潮しているのはお酒のせいのようだ。

 きっちりとメイクが施された目がトロンとしているのがわかる。

 お酒を飲んでいる彼女を見たことがなかったので、悪い意味ではなく、少し変な気持ちになってしまった。


「友達が結婚するとちょっと焦るよな。どんどん取り残される気がして」

「……そうかな? 私は別に焦ったりはしないけど」


 彼女は不思議そうに首を傾げる。

 僕の言っていることが全くピンときていない顔だ。


「年齢的にも結婚を意識するものじゃないの?」

「結婚って意識してするものなの? したいと思ったときにするものだと思ってたけど」


 彼女のあっけらかんとした返答に僕は少なからずショックを受けた。

 別に結婚を焦っているわけではないが、付き合っている以上は当然結婚を意識するものだ。

 しかし、彼女の返答からは「結婚」なんて眼中にないような印象を受けた。


 僕は彼女のことが好きだ。

 でも、最近になって合わないところが顕著に見えてきた気がする。


 ふと、父親から見せられた写真が頭に浮かんだ。


    『マッチング率:92%』

    『ミスマッチング率:3%』


 僕は写真の女性を思い出しながら、グラスに注がれたワインをあおった。



「別れよう」


 僕がそう告げると、彼女は今にも泣きだしそうな顔をした。

 彼女はこういう話になることを予見していたのかもしれない。

 落ち着いた灰色のコートに身を包んだ彼女は、いつもと比べて幾分静かだった。


「なんで」


 零れ落ちそうな涙を必死にこらえながら声を振り絞っているのがわかる。

 唇をぎゅっと噛みしめ、小さな肩を震わせていた。

 僕はそんな彼女を目の当たりにして、一瞬で自分の発言を後悔したが、もう後には引けなかった。


「やっぱり合わないなと思ったんだ……」


 僕の声はどんどん小さくなっていった。

 それでも僕は積もり積もった気持ちを吐き出さずにはいられなかった。


「僕は珈琲が好きだ。でも君はそれを嫌いだと言う。君は甘い物が好きだと言う。でも僕はそれが嫌いだ。僕はもっと君のことを知りたい。でも君は『あなたとは意見が合わない』と言う。どんなに頑張っても僕たちは合わないんだ。これからだってすれ違い続ける。このまま付き合っていたらきっと後悔することになる。だから別れよう……翔子」


 僕は息をつく間もなく、自分の気持ちを叫んだ。

 心臓からドクドクと血液は押し出され、呼吸が乱れているのがわかる。

 僕は呼吸を整えようと息を吸い、長い瞬きをすると、


    バチンっ!


 その瞬間、左頬に大きな衝撃が走った。

 僕は一瞬何が起きたかわからなかったが、左頬がジンジンと熱くなるのを感じて、すぐさま状況を理解した。

 ああ、僕は彼女に引っ叩かれたのだ。


「そんなの最初からわかってたことじゃない……。だって私たちはミスマッチング率100%なんだから……」


 彼女は僕を睨みつけるように言った。


 彼女の口から「ミスマッチング率」という言葉が出たのが少し意外だった。

 てっきり彼女はミスマッチング率なんて気にしていないのだと思っていた。

 だからこそ彼女に魅力を感じたというのもあったと思う。


 でもやっぱりそうか。僕らはミスマッチング率という呪縛から逃れることができなかった。


 彼女の目からは大粒の涙がこぼれていた。

 その涙は止めどなく流れ、彼女はコートの袖口で涙を拭った。


「私がどれだけあなたのことが大好きか……。性格が……趣味が合わなくたってどれだけあなたのこと愛してるか……」


 彼女は肩を落とし、力なく言った。

 僕はもう彼女を直視することができなかった。


 確かに最初からわかっていた。でもわかっていなかった。

 ミスマッチング率が高いカップルなんか……。


 彼女は走り出していた。

 後ろ姿がどんどん小さくなる。


 それでも僕は彼女を追うことはなかった。

 ほどなくして僕は彼女の連絡先を消した。



香城由加里こうじょうゆかりと申します」


 由加里さんが僕に向かって会釈をする。

 由加里さんは写真で見たとおり、クリーム色のワンピースがよく似合うおしとやかそうな女性だった。

 しっかりとセットされた髪型に、首元に光る真珠のネックレス。

 いかにもお見合いという服装で少し身構えていたが、珈琲を啜る姿があまりにも優雅で、緊張も忘れてつい見惚れてしまっていた。


 お見合いは、堅苦しくない食事会のようなもので、僕と由加里さんはお互いのことをたくさん話した。

 ここはさすが「マッチング率:92%」と言うべきか。食べ物の好みから恋愛観まで驚くほど同じだった。

 由加里さんの言うことには「そうそう」と共感できることも多く、由加里さんも僕の言うことに「やっぱりそうですよね」と笑顔で返してくれた。


 しかし、いつしか僕は目の前の由加里さんではなく翔子のことを考えていた。


 最初に出会ったとき、僕は珈琲を飲み、彼女は紅茶を飲んだ。

 彼女とは確かに全くと言っていいほど好みが合わなかった。

 それでもなぜか彼女と一緒にいる時間は楽しかった。

 いつからか合わないことを楽しんでいる自分がいた。


 彼女はいま何をしているのだろう。

 誰か、僕以外の男性と一緒にいたりするのだろうか。


 いや、そんなことを気にする資格は僕にはない。

 僕は彼女をフッたのだ。

 では、なぜ彼女のことばかり考えてしまうのだ。


 僕は……いったい……どうしたのだ。


「何か気になることでもあるのですか?」


 突然の声に、僕はハッとして顔を上げた。

 由加里さんが不安げな様子で僕の顔を覗き込んでいる。

 僕はどんな顔をしていたのだろうか。

 由加里さんの透き通るような真っ黒な瞳には心配の色が見てとれた。


 僕は「なんでもないですよ」と首を横に振った。


 いま僕が一緒にいるのは翔子じゃなく由加里さんだ。

 由加里さんのことだけ考える。それが、由加里さんへの最低限の誠意というものだ。


 しかし、由加里さんは僕の方を真っ直ぐ見て、言った。


「それでは、もう1つだけ、お聞きしてもいいですか」


 僕はただ、静かに頷いた。


「何で私に会おうと思ってくださったのですか?」


 ああ……。僕はこの言葉に覚えがある。

 この言葉は翔子に初めて会った時に僕が言った言葉だ。


 由加里さん……。


 僕には由加里さんが、どんな気持ちでこの質問をしたのかがよくわかった。

 いかに鈍感な僕でも由加里さんの眼差しを見れば痛いほど伝わってきた。


 けれど、質問をされて初めて僕は気付いてしまったのだ。

 あの時は全くわからなかった翔子の気持ちが……。

 「顔がタイプだったから」と言ってのけた翔子の気持ちが……。


 あれは彼女なりの精一杯の愛情表現。

 「私はあなたのことを見ているよ」という、心温まる優しい愛の告白だったのだ。


 気が付くと、僕の目からは大粒の涙がこぼれていた。


 由加里さんは僕が泣いていることに気付き、動揺を隠し切れずにいる。


 僕は由加里さんに翔子のことを話した。


 由加里さんはただ僕の話をうんうんと聞いてくれた。

 時に優しく微笑み、時に真剣な眼差しを向けながら。


「そんなことを話しちゃうなんて本当に私には興味ないんですね」


 僕の話を最後まで聞いてくれた由加里さんはクスっと笑ってそう言った。


 「えっ」と僕がうなだれていた顔を上げると、


「早く翔子さんを迎えに行ってあげてください」


と僕の手を力強くギュッと握りしめた。


「でも……」

「気付いてないんですか? 翔子さんへの本当の気持ち」


 由加里さんが思わず目を逸らしてしまいそうになるくらい真っ直ぐに僕の目を見つめてくる。


「趣味が合わなくたってうまくいってるカップルなんてごまんといます。食べ物の好みが違うのなんて当たり前です。ケンカしたぐらいでくよくよしないでください」


 由加里さんは優しい笑顔とは反比例する強い口調で言う。


「マッチング率0%がなんだというのですか。ミスマッチング率100%がなんだというのですか。そんなことよりもっと大切なものがあるでしょう」


 由加里さんは握っていた手をスッと離すと、「早く行ってあげてください」ともう一度噛みしめるかのように言った。


 翔子への本当の気持ち……。


 もう心は決まっていた。

 僕は「ありがとうございます」と深々と頭を下げ、コートを手に取ると、そのまま部屋を飛び出した 。



 僕は息も絶え絶えになりながらも、翔子のことを考えていた。


 彼女にもう一度会いたい。

 彼女に謝りたい。

 彼女に今の気持ちを伝えたい。


 僕は着慣れない正装に翻弄されながらも、無我夢中で駅へと続く道を走り抜けた。

 しかし、僕は重大な事実に気付いた。

 そうだ。彼女の連絡先は消してしまったのだ 。


 いまにも破裂しそうな心臓を押さえながら、電車に飛び乗り、頭をフル回転させる。


 どうすれば彼女に会える。

 彼女はどこにいる。


    『僕が行かなさそうな場所』


 僕が行き着いた答えはこれだった。

 僕と彼女は趣味や嗜好が合わなければ、考え方も真逆だった。

 そうであれば「僕が行かなさそうな場所」には彼女が行くかもしれない。


 思いつく場所は……そうだ。美術館。


 僕はすぐさま美術館に向かった。

 彼女と一緒に歩いた街路樹を走り抜け、美術館の中に入る。


 美術館の中は、彼女と来たときと同様、静まり返っていた。

 僕はその静寂を壊さぬようできるだけ静かに、でも早足で館内を歩き回る。


 それでも彼女はいなかった……。


 その後も僕は思いつく限りの「僕が行かなさそうな場所」を探し回った。

 しかし、一向に彼女を見つけることができなかった。

 

 そうだよな……。

 この大都会の中で1人の女性を見つけようというのが無理な話だ。


 僕の心は折れかかっていた。

 心身ともに疲れ果て、僕は結局行きつけのカフェに足を向けていた。


 翔子と初めて出会った場所。

 そういえば、彼女は特大パフェを口いっぱいに頬張っていたっけ。

 本当に甘い物が大好きだったよな。


 ああ。もう彼女のはにかんだ笑顔が見れないのか……。

 なんでもっと早く気付かなかったのだろうか……。


 僕にとって彼女は……。


「なにその改まった格好は? お見合いでも行ってきたの?」


 後ろから聞き覚えのある声がした。

 僕はハッとして振り返ると、そこにはキャメル色のロングコートに身を包み、薄い桃色のマフラーを巻いた翔子が立っていた。


「翔子……!」


 僕は彼女を抱きしめた。

 それはもう力いっぱい。


「ずっと探してたんだ」

「ちょ……ちょっと、どうしたの。こんなところじゃ恥ずかしいよ」


 彼女は困った表情を浮かべながら、抱きしめる僕を引き離そうとする。


「翔子……僕の話を聞いてくれるか」


 彼女は僕の真剣な声に気圧されたのか、抵抗をやめてコクリと頷いた。


「翔子……すまなかった」


 僕は声を絞り出すように言った。


「僕は翔子の気持ちも考えず、翔子のことをたくさん傷付けてしまった……。謝って許してもらえることじゃないかもしれないが、本当にすまなかった……」


 僕は自分の身体がどんどん熱くなるのを感じた。


「別れた後、僕は翔子のことを忘れようとした。連絡先も消したし、お見合いも受けた。でも、忘れようとすればするほど、翔子との楽しかった思い出が蘇ってきて苦しくなった。それで気付いたんだ。僕の本当の気持ちに……」


 僕は目を瞑り、息をすぅーっと吸い込むと一気に言った。


「僕は珈琲が好きだ。でも君はそれを嫌いだと言う。それでも僕は紅茶を楽しんでいる翔子の表情が大好きだ。君は甘い物が好きだと言う。でも僕はそれが嫌いだ。それでも僕は甘い物食べている翔子の横顔が大好きだ」


 僕は喉が張り裂けんばかりに自分の想いを告白した。

 心臓がいままでに経験したことのないくらいの速さで脈打っている。

 全身に鳥肌が立つのがわかる。

 それでも僕の想いは止まらなかった。


「マッチング率とかミスマッチング率とか関係ない。どんなにケンカをしようとも、どんなに相性が悪かろうとも、もう数値なんかに惑わされない。マッチング率が0%なら100%の愛情で君を満たしてみせる」


 僕はさっきよりも大きく息を吸い込み、


「僕は翔子のことが大好きだ! いまここにいる翔子が大好きなんだ! だから僕のことをもう一度好きになってくれ翔子!」


 これが僕の想いだ。いま出せる全力の。

 

 僕がはぁはぁと肩で息をしていると、彼女が手にギュッと力を入れたのがわかった。


「だから何回も言ってるじゃない」

「……えっ?」

「あなたの顔がタイプですって」


 彼女は頬を僕の胸に当てて、両腕を僕の首に回す。

 僕もそっと彼女を抱き寄せた。


「『何回も』は聞いてないけどな」

「これから何回でも言うよ」

「じゃあ僕と……」


 彼女は僕の胸元で「うん」と頷いた。


「私も実はね、あなたのこと探してたの」

「僕と一緒じゃないか。そんなのスマホに連絡くれればよかったのに」

「スマホ? そんなのフラれたショックで捨てちゃったよ。私はあなたみたいにすぐさまお見合いに行けるほど心が丈夫にできてないの」


 彼女は僕の顔を見上げると「スマホ。弁償してよね」と悪戯な笑みを見せる。


「よくそんな状況で僕を探そうとしたね」

「私とあなたは考え方が反対だから、『私が行かなさそうな場所』に行けばあなたがいるんじゃないかと思って」

「僕も全く同じことを考えたよ。『僕が行かなさそうな場所』に行けば君がいるんじゃないかって」

「じゃあお互いこのまま探してたら、一生会えなかっただろうね。さすがミスマッチング率100%」


 彼女が「あはは」と声を出して笑う。


「じゃあ、なぜ僕と君はここで出会えたのかな」

「それは……」


「ここが『私もあなたも行きそうな場所』だったのかもしれないね」


 僕と彼女は唇を重ねた。

 彼女の唇は冷たくて、そして柔らかかった。


「なあ翔子」


 僕は彼女の目を真っ直ぐ見つめる。


「なに?」


 彼女が僕の目を見つめ返してくる。


「僕と結婚してくれないか」


 彼女は僕の言葉に一瞬目を丸くさせたが、すぐに「ふふっ」と笑うと満面の笑みになった。


「こういう事もたまにはあるのね」


 彼女はそう言うと頬を赤らめながらこう言った。


「私もちょうど同じことを考えてたの」










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【あとがき】

 『君との恋愛に占める相性の割合』をお読みいただき、ありがとうございました。


 宣伝になりますが、現在、★700をいただきました『サキュ俺』をリメイクした『美少女に手を握られてから始まるラブコメ』をカクヨムにて連載中です。

 こちらはカクヨムコンにもエントリーしていますので応援をよろしくお願いいたします。


(『美少女に手を握られてから始まるラブコメ』のリンク先)

https://kakuyomu.jp/works/1177354055232336602

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