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枕木きのこ
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——Twitterへの新規ログインがありました。
■
始まりはたぶん、あの動画だと思う。
邦画ホラーを観たテンションのまま、小百合と一緒に悪ふざけをしようと企んだ。
発想自体は至極平凡で、深夜の二時過ぎ、玄関の外に小百合が立って、インターホンを鳴らしてもらう――たったそれだけ。
最初は画像。
日付と時間が載ったインターホンのキャプチャ画像をTwitter上にアップする。画像の中央には限界まで首を右へ折ってもらった小百合の姿。長い前髪で顔の半分は見えない。いかにも――な風体だ。
文面はシンプルに「いま。こわい」だけ。
反応は上々だった。
友人はもちろん、全く知らない人たちも。
そもそもがこんな夜更けまで起きている連中である。ベッドやソファにゴロゴロとして、あるいはトイレにこもって、スマホの煌々と光る画面を注視する人たち。そんなありふれた眠れない人々の、ただの暇つぶしになればいいと思った。ちょっと驚かせてやろう、そんな程度のお遊戯だ。
興が乗ってしまったのは、わずか五分程度でコメントが十件以上、いいねが百を超えたせいだ。
私と小百合は妙な高揚感を得てしまった。もっとやろう。もっと怖がらせてやろうと、そう思ってしまったのだ。
それで、あの動画を上げた。
小百合が、インターホンの画面に向かって、首をゆっくりと左右に揺らす――ただそれだけの動画。
当然、賛否両論、半信半疑だった。
——どうせ人だろう。
——警察呼べば。
——幽霊? 割と今風な服装だね。
と、ほとんどはここで「ネタだ」と思ってくれた。
嘘でした、と曝露しやすい空気をそれぞれが作ってくれていた――のに。
「やばくね?」
電話の向こうで立山くんが言う。
まず深夜に突然電話を掛けてごめん、と謝ったのち、心配を寄越してくれたのだ。
「やばくないよ。小百合だよ?」
スピーカーにして小百合にも話をさせたが、
「そうじゃなくて――、近藤さんの後ろあたりかな、なにか人の頭みたいなのが見切れてる気がする――いや、違うな、反射?」
「私じゃなくて?」
「蓑原さんが写るには角度的にちょっと」
——などと言った会話を交えている最中、小百合はTwitter上に載る、立山くんと同じような意見のコメントを、無言でこちらにスマホを差し向けて読むよう促した。
まずくね?
写ってね?
「霊感がありますが」などと言った胡散臭い人は一人もいなかったが、確かに「何かが写っている」というコメントがあふれ始めた。
ほんの冗談の気持ちだったのに、まさかこんなことになるとは思っておらず、私は立山くんとの通話を断りなく切り、そのままTwitterを開いて画像も、動画も削除した。それからスマホ上に残っているそれらの元データを削除しようとしたとき、
——Twitterへの新規ログインがありました。
という文言が付いたメールが届いた。
場所は東京、中野区。
アプリではなくてブラウザで開いた場合にこういった通知が来ることは知っていたが、今はそれに該当しない。ましてや私が住んでいるのは福島――確かに誤りが多いとは聞いたことがある。それにしても、このタイミングで——?
私は何も言えなくなってしまい、小百合にそっと触れられるまで、たぶん、動いてすらいなかった。
■
それからである。
徐々に徐々に北上してくる「ログイン」が始まった。
登録している電話番号かメールアドレスがわかる人なら、あるいはパスワードもそこまで難解なものにはしていないから、できないことはない。それに、へんにバズってしまったから、特定でもされたかもしれない。もう確認はできないが、画像などに位置情報が含まれていて、誰かが悪ふざけをしているだけかもしれない。
そもそも、本当にあの投稿に、私と小百合以外の誰かが写っていたのかどうか。
大手匿名掲示板のまとめサイトにも取り上げられて、いわゆる「解析班」まで登場する始末だ。彼ら曰く、「加工ではない」——つまり、すでに「いる」「いない」の話ではなくなって、悪ふざけの延長なのかどうかの判断に移行しているらしかった。
小百合は時折私を心配してくれていたが、それとなく距離を置いているのがわかる。
「ログイン」の足取りを教えていたせいだろう。
もう、それは県内に入った。
——恐怖を感じているかというと、意外とそうでもない自分がいる。
未だ実感が伴わないせいか、怖いとはあまり思わない。あるいは現実逃避の末かもしれない。
霊感はないがストーカー被害の経験はあったから、無意識にその恐怖と比較しているのかもしれない。
■
インターホンが鳴って、画面が自動点灯する。
宅配を頼んだ記憶はないし、同じアパート内の住人とも親しくない。誰も訪れる予定はなかった。
それに――もう深夜二時である。
ついに来たか、と思った。
思っていたより冷静だ。
要は開けなければいい。反応しなければいいのだ。
――Twitterへの新規ログインがありました。
場所は、私の住んでいるところ。
スマホより小さいその画面に写っているのは、顔のない人。
私はばかばかしくも、これが本当の乗っ取りか、と思った。なりすましていくわけだ、などと、達観した思いで考えていた。
——と、スマホが着信を知らせる。立山くんだ。
私はインターホンの画面をにらみつけたまま通話に応じた。
「またしてもごめん。——大丈夫か?」
立山くんは慌てた様子の声音で訊ねてきた。
「——なに、エスパー?」
「エスパー? いや、だって、Twitter——」
言われて、通話状態のままアプリを開く。
——覚えのない投稿。
「家の中に誰かいる気配がする。入れない」
そして、まさしく私の家のものと思われる玄関ドアの写真。
「違うよ。私じゃない。こいつ」
ビデオ通話に切り替えてインターホンの画面を写す。
立山くんは何も言わなかった。
私も何も言わないまま、じっと、彼と、訪問者の反応をうかがっていた。
やがて、ゆっくりと立山くんが言った。
「お前、そこ、何も――」
□
「何も映ってないぞ」
立山くんの声で、わたしははっとした。
確かに、インターホンの小さな画面の中には、向かいの部屋のドアが映っているだけだった。
誰もいない。人の気配はない。
わたしは何も言えないまま、ゆっくりとビデオ通話を通常のものに切り替えた。
すべて、気のせいだった――?
そうだ。
現実にこんなことがあるわけがない。
何かが写っていたと言っているのはわたしたちがやったような「悪ふざけ」で、ログインがわたしに迫って来ていたのはただの「バグ」。そうに違いない。
わかれば――というより、わかろうとすれば、大した話じゃない。
幽霊はこの世にいないし、いないものを恐れていても仕方がない。
「ごめん」
わたしが言うと、立山くんは返事をしなかった。
□
それからわたしは平凡な日常を送っている。
小百合との仲も今まで通りに戻った。「ログイン」もなくなったし、まとめサイトの記事は瞬く間に流れて消えた。人々はもっと最新のものに興味を持っていたし、幽霊については結局、半信半疑の体を崩すことはなかった。
深夜にインターホンが鳴ることもない。
ただ。
立山くんがフォローをはずした。
だからわたしもはずした。
学校ですれ違っても、会話をするどころか、目も合わせない。
これもある意味、今まで通りに違いなかったが、あの、深夜に心配を寄越してくれる立山くんはいなくなった。
あるいは、深夜に心配されるようなわたしがいなくなった――それだけの話かもしれない。
こんな何でもない、どこにでもあるような話は、もう、誰の話題にも上らない。
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