青龍の章 邂逅
劉備は幽州で起きた反乱を鎮圧すべく、軍を差し向ける。その中にはもちろん、劉備本人もいた。
「戦況は?」
「はっ! ここから東に虎髭の男が黄巾党と交戦しているとのことです。しかし、我々の軍にはそのような男はいなかったかと」
虎髭の男と聞き、劉備は真っ先に肉屋の店主が思い浮かんだ。店の方向もここから東側に位置している。
「その男の元へ行くぞ。張平世と蘓双はここで待っててくれ」
「はい、かしこまりました」
劉備には一つ分かったことがある。蘓双という男は無口な男だということだ。
無口であることは信用できる。盧植の元で学んでいる時も、遊びに耽っていた自分には学というのが無いため、頭も冴えているならば、参謀としてほしいものだと考えていた。
程なくして、男の元に50の兵馬とともに駆けつけた。
一人で戦っていたのだろう。男の両手には血で濡れた肉をさばくための包丁があった。しかし、どれだけ強かろうと数には勝てない。男は、既に息を切らし、黄巾党に囲まれていた。
殺されるのは時間の問題であった。
「大丈夫か!」
劉備は50の兵馬を置いて単身で男の元に寄る。
「おめぇは、あん時の」
「おう。民は下がってろ」
男は劉備の言い方が気に食わなかったようで、腹が立ったのをそのまま態度に出して、強い口調で劉備に言った。
「けっ、気に食わねぇ! 食い逃げ犯が今度は英雄気取りってか」
劉備は眉ひとつ動かさず、剣を構えた。
「なんでもいいさ。ただ、見ちまった以上、見殺しには出来ねぇよ」
「黙りやがれ! ろくでもねぇ奴が軍を率いて恩着せがましいんだ! 下がってろだ? ここで俺ぁ、下がれねぇんだよ!」
一歩も引こうとしない男に劉備は若干の苛立ちを覚えた。
「おめぇ、このままじゃ死ぬつってんだ!」
「なんだと、てめぇ! この張飛(ちょうひ)がたかだが賊ごときに殺されるってのか! そもそも、大事な妹をてめぇに守られる筋合いもねぇ!」
「中に妹がいるのか……。おい、数人で店の中の女を保護しろ!」
「はぁ? ふざけんのも大概にしやがれ!」
憤り、胸ぐらを掴む張飛に劉備は平然と言い放った。
「おめぇがな。ここまで戦った武勇と覚悟は認めてやるよ。でも、もう終わりだ。おめぇが死んだらその大事な妹ってのはどいつが守ってくれんだ」
劉備は張飛の手を払いのけると、黄巾党に切りかかる。劉備は筋骨隆々ではないが、剣の腕は確かだった。両手に携えた漢室ゆかりの剣を振るう。
剛よりも柔であるその太刀筋は美しいものであった。
対して、張飛は力による武であった。乱暴なまでに荒々しく、豪快であり、勇ましい。
30人ほど切った頃だろうか、張飛の妹を保護しに行った者たちが、店から出てきた。無事に妹を連れ出したらしい。
「お兄ちゃん! 守ってくれる人が来たんだよ、逃げよ?」
まだ幼く、年齢は10も達していないように見える。
きっと両親はいないのだろう。だからこそ張飛は引けなかったのだ。妹とは言っていたが、兄妹のように協力し合うのではなく、張飛が親代わりのようになっていたのだろう。
「だとよ。まっすぐ西に向かえば俺たちの本陣がある。つっても野営みてぇなもんだけどな」
「けっ……! とっとと行くぞ、張小(ちょうしょう)」
張飛は張小を連れ、西へと向かう。
道中に30人ほどを向かわせたため、劉備の手元には20人に満たないほどの人数がいる。
この場に残った黄巾党を一掃するには十分な数だった。
「今日はもう日も暮れてきてるし、この店を借りるとしよう」
夜中は劉備を含む全員が交代で2人ずつの見張りを野外に付けることにした。
劉備が見張りをしている深夜二時頃、一人の大男が、歩いてきた。
「私は、関羽という。少しここで匿ってはもらえないだろうか?」
「どうしますか? 劉備さん」
「見たところあんた黄巾党って訳でもなさそうだし、休憩をとるくらいならいいだろう。どんなことして匿ってもらわなきゃならんことになったかは知らねぇけどな」
「かたじけない。私は、元は塩商人であったが、着いた先の村が黄巾党の一派に襲われており、私は黄巾党の数人を殺した。とはいえ、多くの資源は取られていた様子であった。そのため、塩は全て村人に与え、今は流浪の身でいる」
関羽の手元には偃月刀が携えられており、その刃には血が滲んでいた。
黄巾党を数人殺したというのは間違いではないらしい。
「そりゃまた善人というか、お人好しというか」
劉備は呆れながらも関羽を店の中に入れた。
一夜が明け、東の空には鶏の鳴き声が響く。
空気は清澄。空は青々と晴れ。風は西へと吹いている。
「よぉ、目覚めはどうだ?関羽」
「とても良いものだ。この恩は忘れはせぬ。必ず奉公させていただく」
深々と礼をする関羽に劉備は適当な返事を返す。
「別に気にすんなよ」
「いいや、そなたには恩がある。一晩とはいえ、昨日で失われていたかもしれぬ命を助けていただいた」
「そりゃあ大袈裟な」
「よって、この関雲長。そなたの軍の副官として、従軍させていただけぬだろうか」
関羽は劉備の前に跪き、懇願した。
劉備は少しだけ苛立ちを覚えた。
「まだうちに身を置くつもりか? 悪ぃがこっちはお遊びで黄巾党と戦ってんじゃねぇ」
「もとより承知! なればこそ!」
強い目をしていた。確かな意思がそこにはあった。
先程感じた苛立ちはすっと消え、諦めだけが残った。
「そうかい。死んでも知らねぇぞ」
「決して死なぬ。そなたに仕えている限りは」
劉備たちは一度、本陣へと戻り、幽州の黄巾党を徹底的に殲滅するため、念入りに抜かりなく、体制を整える。
ROMANCE OF THREE KINGDOMS. 桜前線 @sakura_zensen
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