ROMANCE OF THREE KINGDOMS.
桜前線
青龍の章 戦乱の時代へと
中国、後漢末期。
土地は荒れ、宮廷には宦官が跋扈し、民は重税と飢饉に喘いでいた。
400年の歴史を誇る漢室の威光は、いつしか霞んでしまっていた。
そんな中、大賢良師と名乗る張角という男が、困窮する民を妖術を用いて救っていた。彼は自分を慕う民をまとめあげ、漢王朝に反旗を翻し、華北を中心に黄巾の乱を起こす。
群雄である諸侯らは、これを鎮めるため、漢王朝の軍として黄巾党征討へと向かう。
世はまさに、戦乱の時代へと移り行く。
そんな世を憂う少年が涿郡涿県の楼桑村にいた。
名を劉備、字を玄徳という者だ。
「今日も今日とて筵売りねぇ……。中山靖王劉勝の末裔が聞いて呆れるな」
劉備はその日暮らしの生活を送っていた。
何も家柄が貧しい訳ではなかった。しかし、劉備の父が早世し、小豪族という身分にありながら貧しかった。それに加え、劉備本人の金遣いが荒かったのだ。
劉備は幼い頃から乗馬や闘犬、音楽など享楽というのを好んだ。身にまとう服装も華美なものを好んでいた。
しかし、劉備は決して人に疎まれることは無かった。
よくへりくだり、喜怒哀楽を表に出さず、常に飄々としており、人と交わることを好み、そして何より彼には人を魅了するだけの何かを持っていた。
そのため、若者らは劉備の元にこぞって集まった。特に、公孫瓚とは非常に深い仲であった。
「ダメだな、今の漢王朝は。黄巾党とやらに反乱を起こされるほど弱っちまってる。おかげで俺らや、民の奴らは毎日のように空腹で死にそうだってのに、宦官は今頃うめぇもん食ってんだろうな」
劉備の腹の虫が鳴る。
しかし、劉備には持ち合わせが無い。
腰に掛けた剣を売ればいくらかの金にはなるだろうが、そう易々と売っていいような代物ではないと母から言われていた。それを差し置いても亡き父の形見なのだから、売ることなど以ての外だ。
劉備はどうするものかと考える。
考えた結果、とりあえず食ってから考えることにした。
少し歩いていくと、涿県を超え、幽州にたどり着くと、肉屋が見えた。店の名前を、忠義店というらしい。
店の中に入ると、恰幅のいい虎髭の男が店番をしていた。客は羽振りの良さそうな男二人組がいた。
「なんでもいい、なんか食い物をくれ」
席につくや否や、劉備はそう言った。虎髭の男は「おうよ」とだけ言ってその場を離れた。
しばらくした後に、目の前にはなかなか豪勢な肉料理が並んだ。
「おい、確かになんかとは言ったが……」
「まぁ、いいじゃねぇか! おめぇ、見たところ、ただの商人や豪族って訳でもねぇだろ。なんの縁があってこんなとこまで来たか知らねぇが、たんと食ってけよ! その分、料金も弾むがな」
男は劉備の華美な装いからそう判断したのだろう。
「へぇ、あんた、なかなか見る目あるじゃねぇか。そんじゃあ、遠慮なく頂くかね」
「おうよ! お代わりが欲しかったらまた言ってくれや!」
劉備は内心ほくそ笑んだ。
今まで、十何年と生きてきたが、こうも豪勢な料理を食ったのは何年ぶりかと。
普段から苦労している自分へのご褒美なのだと、そう感じながら有難くいただくことにした。
劉備は目の前の肉料理をあっという間に平らげると、すぐさまおかわりを要求した。
腹がはち切れんばかりに食った劉備は、しばらく腹休めをしていた。
「よぉ、それにしても随分と食ったな! さて、お勘定だ!」
「まぁ待て待て、ここの料理は随分と美味かったからな! 俺の持ってるかね全部やるよ」
「そいつぁ、さすがに悪ぃぜ」
「いいってことよ! そんじゃあ、ここに置いとくな」
劉備は食い気味にそう言うと、石を詰め込んだ布を机の上に置き、店を出ると、全力で走った。
しかし、食後に走ったためか腹休めをしたにもかかわらず、強烈な腹痛に襲われる。
しばらくして、布の中身が石だと知った男が鬼のような形相で迫ってきては、劉備を店に引きずり戻した。
「全く、何だ? あれじゃ足りなかったってか?」
「足りねぇもクソもあるか! 石ころしかねぇじゃねぇか」
「いいじゃねぇか。そっちが勝手に勘違いしたんだからよ」
「いいわけあるか!」
二人の言い合いは店内に響いていたが、いかんせん、客がもう一組しかいないのでは、人目もさほど気にならなくなる。
それよりも、大変な馳走を食い逃げされたことに男は怒っていた。
「店主殿、少し良いかな」
「なんだ! おめぇは!」
二人の言い合いに、割って入ってきたのは、劉備が入店した時からいた羽振りの良さそうな男二人組だった。
「私は商売をしております、張平世といいます。こちらは蘓双といいます」
「何の用だ! 俺ぁ今この食い逃げ犯をとっちめなきゃいけねぇんだ!」
「食い逃げ犯とはよく言うな、金は置いていったし有り金も全部渡したろ」
「だから、ただの石ころだったじゃねぇか!」
怒る男を宥めるように、悪態をつく男に問いかけるように、張平世は尋ねる。
「落ち着いてくだされ。あなたの名をお聞きしてもよろしいかな?」
張平世は劉備を指してそう言った。劉備は素直に本名を名乗った。
「やはり、そうでしたか。いやはや、あなたの腰に掛けてある剣。それは漢室の末裔に伝わる剣ですから、そうだろうと思いました」
「漢室の末裔だ? この食い逃げがか?」
虎髭の男の怪訝そうな目を真っ直ぐに貫く凛とした瞳で劉備は言った。
「あぁ、そうだ。今はただの庶民だがな」
この言葉を聞き、張平世は満足したのか、言葉を続ける。
「ここは1つ、私に出させてもらえないでしょうか?」
「俺からしたら金を払ってくれんなら何だっていいが、おめぇはなんでそんな、すぐに漢室の末裔とはいえ見ず知らずの奴に金を出せんだ?」
張平世は咳払いをし、真剣な表情で言葉を発する。
「もちろんタダでとは言いません」
「まぁ、そうだわな。で、俺に一体どうしろってんだ?」
「黄巾党討伐の義勇軍に遊撃軍隊長として志願してもらいたいのです」
この言葉を聞き、劉備は笑いだした。
義勇軍に志願し、隊長になるということは私兵がいなければ話にならない。そして私兵を雇うのにも金がいる。
金のない劉備に持ちかける提案ではない。
「俺に義勇軍の遊撃軍隊長にねぇ。資金はどっから出んだ? もしかして、それもあんたが出してくれんのかい?」
劉備は半ば確信しながら、張平世に聞いた。
「えぇ! 協力は惜しみませんぞ!」
それに応えるように、張平世は答えた。
その言葉を聞くと劉備はさらに笑いだし、若くも威厳のある声で言った。
「そいつぁ、面白い! 俺も筵売りの生活なんて飽き飽きうんざりしてたところだ! この、劉玄徳、いっちょ黄巾党討伐で漢室を救ってやりますかね!」
妙に威勢のいい劉備に虎髭の男は尋ねる。
「にしてもおめぇ、軍なんて率いれんのか? 黄巾党は民とは思えねぇほど強ぇって話だ。死ぬのが目に見えてんぞ」
「やんなきゃ俺は食い逃げで罪に問われんだ。やってみて手柄を立てたら儲けもんだろ? 死んだら死んだでしゃあねぇさ」
劉備の楽天的というべき性格に多少、呆れはしながらも「おう、そうだな」と相槌を打つ。
金を支払われた今、この男にとっては劉備はどうでもいい男であった。
「じゃあ、早速、私兵でも雇ってくるかね」
劉備は店を出ると援助された金で私兵を雇う。決して多くはないが少なくはなく、すぐに黄巾党討伐軍の義勇軍として参入することができた。
しかし、討伐軍は烏合の衆とも言うべき存在であった。
総大将の何進を始め、私利私欲を満たすために討伐軍は戦っているに過ぎなかった。
かくいう劉備もそれに近い理由であったため、なんとも言えないが、個々が利己的な目的で戦う軍と全員が一つの目的のために利益を考えず戦う軍ではどちらが屈強かなど、論ずるまでもない。
事実、討伐軍は黄巾党に押され、反乱は華北から劉備の守る幽州にまで起こっていた。
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