69の星
烏川 ハル
ほくろの数
「今から星を数えてみようかな?」
そう呟いた男の唇が、
右の目尻にある
続いて男は、舌を這わせたまま、右頬の
「やだ、やめてよ」
とはいえ、形だけの『抵抗』にしか聞こえない。何しろ二人とも、一糸まとわぬ姿で抱き合っているのだから。
既に
だから「
「私、
「知ってるよ。でも……」
今日が初対面の男に抱かれていることには、今さらながらに自己嫌悪を感じる。だが会ったばかりのはずなのに、まるで男は
そんな彼女の葛藤を知る由もなく、男は言葉を続けている。
「今日はみんなに話したいことがあります。俺はみんなが大好きです」
そう言って、
二周目の全身愛撫を受けながら。
目を閉じた
今から3時間ほど前のこと。
「
アパートの扉をドンドンと叩く
目的の扉は一向に開く気配がなかったが、代わりに隣からガチャリという音がする。隣室の扉が、少しだけ開いたのだった。
「隣の姉ちゃんなら、引っ越したぞ」
ドアの隙間から、どこか寂しそうな表情で顔を出したのは、
しかし、今の
「ああ、うるさくしてすいません。どこに引っ越したのか、わかります?」
「いや、それはわからん。すまんな」
ドアノブに手をかけたまま、男は本当にすまなそうな顔で告げる。続いて、
「あんた、
「えっ、なぜ私の名前を……。あっ、もしかして
「いや、期待を持たせて悪いが、それも違う。あんたへの伝言の
「そうですか……」
がっくりと肩を落とす
メッセージがなかったことも悲しいが、それだけではない。
「まあ、見ず知らずの他人である俺に『よろしくお願い』されたところで、何も出来やしないんだが……」
男は、空いた方の手で頭を掻きながら、ドアノブを掴む手に力を入れて、
「……とりあえず、うちでシュークリームでも
それから数分もしないうちに。
我ながら、不用心な話だと思う。「男は狼なのよ」という言葉があるように、襲われても仕方がない状況ではないか。
軽く部屋を見回すと、女性の部屋のように小綺麗に片付けられており、室内の備品にも、男性のものというより、女性的な繊細な感性のイメージがあった。
そして、テーブルの上には、シュークリームと紅茶。紅茶からは、
「ちょうど、近くのケーキ屋で、一日限定100箱のシュークリームを一箱購入したばかりでなあ。まあ一人でも食べきれないことはないんだが、せっかくだから……」
対面に座った男が、言い訳じみた口調で説明する。
「ありがとうございます。あのお店のシュークリーム、私と
今思えば、
だが、いきなりその話をしても、聞く側は混乱するはず。まずは、二人の馴れ初めからだ。
「私と
口調すら、遠くを見るようなものに、どこか他人事な感じに変えて。
当時、
元をたどれば、大学に入って一年目の夏。音楽サークルで知り合った先輩と関係を持ったのが、彼女の初体験。
別に『ヤリサー』というわけではなかったので、サークル内で肉体関係のある男女が存在するとしても、それは正式なカップルばかり。自分には無縁な話だと思っていたから、
それでも関係を持った以上は、恋人として付き合いましょう。互いに明言こそなかったが、そんな形で始まった付き合いだった。大学時代はずっと恋人関係で、卒業後も普通に続いている以上、このまま別れることはない――いずれは結婚する――と
だから「明日は大事な話がある」と言われた時も「そろそろプロポーズかな?」と考えてしまい、デートの前の晩は緊張して、なかなか眠れなかったくらいだ。
ところが、いざ会ってみると……。
「ごめん。別れよう」
まるで真逆だった。
別に
「だから……。結婚するなら、そっちとするべきだろう、と思ってさ。仕方ないよ。俺だって、
そこまで耳にしたところで。
バチン!
大きな音を立てて相手の頬を引っ
店から出て、しばらく歩いてから、公園のベンチに座り込んだ
いつのまにか雨が降ってきたが気づきもせず、濡れるに任せていたら、
「何かあった、って顔ね。この雨、あなたの涙雨なのかしら?」
傘を差し出してきたのが、見ず知らずの女性。つまり、
心が弱った状態とはいえ、もしも相手が男であったならば、さすがに警戒しただろう。だが相手が女性だったが故に、
そして。
この日、同性愛の道へと足を踏み入れたのだった。
それから3年近くの間、幸せな日々が続いた。おかしくなったのは、ここ最近のことだ。
急に使いっ走りをさせられた段階で、
「ごめん、
「……えっ?」
「私の壮大な世界征服計画を教えてやろう。この
「ちょっと、
「ごめん、
そして。
「……どう思います?」
語り終えた
「どうって……。きっと、やむにやまれぬ事情があったのだろうなあ」
彼は、切なそうな表情を浮かべていた。
それを見て、
「とりあえず……」
男は立ち上がって、
「……今の俺には、これくらいしか出来ないが」
ヨシヨシと言わんばかりの手つきで、
心の中が温かくなる
そのまま、
少しトロンとした目を男に向けると、それがアイコンタクトになったのか、男の唇で口を塞がれた。
そして、今。
男は黙って彼女を見守りながら、ふと自分の首筋に手をやる。そこには、出来たばかりの痣が一つ。
前戯の最後に、
「星は全部で69だ」
内心で「やっぱり」と思いながら告げた彼に対して、
「おいっ!」
「数えるのやめてって言ったのに、やめてくれなかったから。これが罰ゲームです」
「これ、
「ふふふ……。この勝負、お前の負けだ!」
別に勝負なんてしていないのだが。
そう思った男は、ふと考え直して、
「いや、勝負というならば……」
ニヤリと笑いながら、『前戯』から『本番』へと移行。
「あんっ! ようやく……!」
実際、事後の
「キセキのチカラだ」
男にしてみれば、
だから彼女の
そう、彼は地球人ではない。地球侵略に来た宇宙人、その偵察部隊の一人だったのだ。
地球人の『愛』を知るために、その相手として、たまたま拾ったのが
そもそも彼ら偵察部隊は、一人の地球人の姿を3年間しか借りられない。だから
本来、偵察任務は3年で終わらせて『惑星No.69』に戻り、実行部隊に引き継ぐはずだったのだが……。
「おそらく俺は、このまま地球に定住するのだろうな。3年ごとに姿を変えて」
(「69の星」完)
69の星 烏川 ハル @haru_karasugawa
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