最終話 『帰港、ヨーソロォーッ!』
伯父の家で歓迎の宴の中、また宝を探してしまったぼくはそのお宝にロックオン!もう、他には何も見えない。
伯父の息子さんがトイレへ離席している隙に、その席へ近寄る。
"すげえー、本物だぁー!"
実物は、こんな目の前にしたことは今まで無かったので感動と驚きだった。
そこへ、トイレから帰って来たお兄さんがまじまじギターを見ているぼくに気が付くと、
「それはーエレキギターって言うんだよ、見たことあるかい?」
「ううん、初めて見たー」
「そうかぁー……」
関心がある訴えは出来たけどそれっきりでほぼ、怖いもの見たさ触りたさで、その場は終えた。
お兄さんの居ない時、少し弦を弾いたが、テレビで観るのとは違う音。
放っておいたので調弦されていなかったのだろう、不快な音が指先に伝わった。
席へ戻ったぼくは、もうお兄さんの方へは行かないし見ない様にした。逆に、お兄さんはぼくを、気にしている様だった……。
この家の飼い猫が近寄って来たので、父親たちのつまみで皿の上に乗っていたスルメをあげたり撫でたりして遊んだ。
やがて、宴も終わり親戚や伯父さんの友達たちは帰って行く。
子どもの時間はもうおしまい、
お風呂の時間だと言われ持ってきた着替えを用意して母親に入らされる。
壁から風呂釜から、全て小さな四方径で青系の色のタイルで覆われたお風呂だ。
湯沸かしの燃料は、ぼくが昼間に歩いた山から採ってきた薪で沸かしている。
自宅のお風呂とは全然違い、薪の焼けた匂いとちっちゃなタイルの肌触りが新鮮でとても気持ちよかった、家にも欲しいくらいだ。
お風呂から上がると、テレビをさっきの宴の洋間で少し観た。この時間は週末のバラエティ、国民的な番組だった。ぼくが一つのお気に入りにしている番組だ。これがきっかけで、今夜の様な宴の時は真似して悪ふざけで披露する。今日はそんな元気は無かったし、目の前に立て掛けてあるギターが気になってお披露目芸どころではなかった。母親は、その場のいつもの元気の無さに気が付いたのかやたらと声をかけていた、それにしても、んー……また目の前に黒光りしたコイツが居る。
テレビ番組も終わり就寝時間、到着してぼくが寝てしまった広間へ行くと、蚊帳を被り布団が敷いてあった。この蚊帳も静岡ではあまり体験しないので大はしゃぎ。
あまり暴れると暑くなって寝られなくなるから、と母親に怒られた。もちろんここにはクーラーなど無い。案の定、はしゃぎ過ぎて暑くなってしまったから母親に言う。
「少し涼んできてもいい?」
「あ、うん。あまり遠くへ行かないでよ!」
「わかったー!」
沓脱台で靴を履き、玄関の敷居を飛び越え外に出た。真っ暗だ……
電灯のある方を目指して、伯父さん家まえの道路の前、田んぼしか無いけれど、蚊帳の中よりとても涼しい。
遠くには、町の明かりが薄っすら浮かんでる。
すると青白い光が上から下へ、
「おっ、流れ星ッ?!」
そう思って願い事を頭に浮かばせる。
勿論、気になっている今、近くの洋間にあるギターの事しか浮かばないから、
"ギターが欲しい、
ギターが弾きたい、
ギターギターギター……"
と目を瞑りお願いした。
ところが、目を開けても青白い光は流れて消えずにまた上に上がる。
「あれ?また違う流れ星かな?!」
そう思って、また願い事をする。
あまりに不思議に思って。こんどは目を開けて光を見つめてお願いする、すると消えるどころかフワフワ揺れている。それどころか、違う青白い光が増えてゆく、10コが30コ50コ……
おかしい。
絶対おかしい!と思って、道路を渡りその光に寄れる所まで近づいた。
よく見ると田んぼの中から、次々と蛍が舞い上がっていた。涼むのも忘れて、とても柔らかい明るさの光を見つめる、暫く我を忘れてボーッと見ていた。
これも、自然のお宝かな?
田んぼに舞い降りる蛍は、まるで海の上に自由に浮かぶ光るブイ。電灯より柔らかい灯りだけど負けてない。本当の夜の港にいる様だと思った。あまり長い事、この蛍に魅了され見ていたので母親が探しにやってくる。
薄っすらぼくの名前を呼ぶ声も、近くに来ると静かになった。
母親も、隣に来て立ち止まり暫く一緒に眺めていた……。
母親は何も言わずに肩を叩き、ぼくも何も言わずに蚊帳の布団に戻って行った。
翌日、陽が昇ると同時に起こされ帰船の準備を始める我が一行。
伯父さんちも朝早くに起きて仕事だった手を休めてお見送りの時、
「また年末か、来年だなぁー
おい、小僧。これ持ってけ、大事に育てろやぁ?」
伯父さんが手渡しくれたもの、
それはちっちゃな蚕の幼虫だった。
おばあちゃんと山歩きして帰ってきて早々に捕まえたクワガタムシやカブトムシを放して、そのまま玄関の脇に置きっぱ放しにして忘れていた、そのカゴへ餌の桑の葉と一緒に入れてくてあった。
その後直ぐに、あのお兄さんがでっかい荷物を持ってぼくのところへ近寄って、
「これ、もう使ってないからやるわ!」
そう言って茶色い縦長のバッグを手渡した。形は見覚えあるけど検討がつかない、重かったので代わりに父親が受け取り車へ入れた。
それより、蚕をちゃんと飼って育てられるか心配だったので、父親が伯父さんと離れた場所で話している隙に桑畑へ行き、虫かごの中の蚕を放してやった。母親にそう伝えると、あとで放した事を電話をしてくれると言ってくれた。
「じゃあ、またねー
ありがとう!
バイバーイ!!」
伯父さんとお兄さんにおばさん、おばあちゃん。伯父さん家と桑畑、クマが出る山、流れ星が舞い上がる田んぼ、国定忠治親分の赤城山、見つけた宝のギター……どれもこれもこの夏の思い出よ、さようなら。
伯父さんたちと、伯父さん家が見えなくなるまで、ありがとう!と思いながら手を振り続けた。
帰省の船は、赤城山を後にした……
行きと帰り、車の中の狭さが気になる。面倒なので、行きに寝ながら来た敷きっぱなしの布団のまま。
一人分の茶色い物体の荷物が増えていた。あー、帰り間際にお兄さんがくれた大きなバッグだった。
中身はわからなかったので、舵をとる海賊の父親に聞いてみると、
「あーそれか?
なんか、飲んでる時にお前が欲しがってたみたいだし、使ってないからお土産にくれたギターだろ?お前、弾けるかなぁー??」
「おーーッ!
す、すげぇーーーッ!!」
早速バッグから狭い車内にも関わらずギターを取り出した。
現状のままでも、初めて見かけた時の埃は綺麗にしてくれてあったが、指で弾くと同じ音だった。ギターの事は何も知らないぼくは、じっと見て眺めて指で一本一本弾いてみた、
船が港を出る汽笛の音にも聞こえた。
狂った音は、帰宅してから舵を取っている海賊に直してもらおうと思いながら、バッグへ戻して家に着くまで離さず抱えていた……
帰路に向かう車内の空気は、宝島へ向かっていた真夜中のそれとは違う世界。
父親は、お気に入りのビル・エバンス・トリオのカセットテープをかけていた、名曲でもないこのジャズの音、今も未だ耳に残っている。酒に酔う度に、口癖のように自慢話を始めるといつもこの名前と、上京してバンドマンとして下積み時代にドリフターズの前座をした時の事を話していた。本人は、酔い潰れて寝てしまうから覚えていないだろうな、父親の青かった時代の自白として今でも黙っているけれどさ……。
こうして、
旅の船上から始まったギター弾き。
あれから四半世紀も過ぎ趣向としては今も健在だ。プロも目指した頃もあったが……色々な事情で挫折した。
学生時代に同じ様な音楽を聴いて居た友人も、ぼくの影響でギターを買い、弾き始め、友として仲間としての絆も深まってゆく。
特技など何も無いぼくだが、継続は力なりと実感して言えることがある。
それは唯一、調弦が必要な時に音叉などの道具がなくても調律ができるほどの絶対音感の耳に鍛え上げられた事ぐらいかな?
あの時の、狂った音のままでお兄さんから譲ってもらったお陰で指にはずっと伝わって染みていたからだと思う。
幼く遠い記憶の思い出は、お気に入りの音と思い出の狂った音。
そしてこの歳になっても、これから命尽きるまで、お気に入りの音を探す旅へ自ら舵をとっている……
ヨーソローーッ!
おわり
甲板のギター少年 音澤 煙管 @vrymtl
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