第3話 『宝探しの巻』





山近くの農地の早朝は明るく、そこに暮らしている農家はとても早起きだ。養蚕業農家の叔父の家もまた同じでぼくらが早朝に到着したのに、玄関の引き戸がもう開いている。

黒光りが色褪せた、高くて厚い玄関の敷居を跨ぎながら父親が言う。


「おはようー!おーい、来たよぉー!」


すると、土団子の様にテカテカした土間の奥ばった通路の奥から伯父の奥さんが玄関に向かって歩いて来る。


「はーい……あ、あーあーいらっしゃい!待ってたよぅ早かったねーさぁ、上がんなぁー遠くからぁー、疲れたべぇ?ほれ上がんな!」


「うん、はいこれ!お土産ね。」


父親は、手土産に持ってきた静岡の新茶が入った紙袋をそのまま伯父の奥さんへ渡す。

その瞬間、どうしても早朝の一人時代劇を父親がした場面とルーツを理解してしまったぼくには、親分との契りの盃を交わしている様に見えたし、本物の親分の場所の空気と入り混じってその時代に居る感覚がする、おばさんの真っ白なかっぽう着がまさにそれだった。


「おじゃましまーす」


ぼくら家族は、玄関を入って直ぐ左側の十畳ほどの和室へ案内された。

土間から和室の入り口には、墓石を横にした様な段差の沓脱石で靴を脱ぎ、い草の匂いが漂う広間に重そうな一本木の無垢の座卓を囲んで用意されていた分厚い座布団に座った。

暫くすると、おばさんが来て、


「道、混んでなかったぁ?何もねぇけどお茶でも飲んでぇ、ハイ。兄さんなら組合行っててもう直ぐ帰るがら、それまでなーんも無いけど寛いでってぇ」


「ねえさん、ありがとう」


「ありがとうーおばさん!」


ぼくら家族は一服する、長旅の休みをとることにした。

ぼくも何だか気が抜けて、急に脱力感に襲われて分厚い座布団が今のぼくにはちょうど良い高さの枕になり、身体が軽くていい気持ち。姉の元気な声とおばさんの大きな声の会話も気にせずそのまま寝てしまった。


寝た子を起こすなという事だったのかどうかはわからないが、お昼も過ぎて目が覚めると午後三時だった。

やけにお腹が空いておかしかったわけだ。

伯父さんとおばさんの声が聞こえる、

夕飯にはまだ早いがお昼抜きでは何も出来ない。おばさんが気を利かせ、少ないながらもお昼に皆が食べたらしい素麺を用意してくれた。食べ始めたが直ぐに終わってしまう、空きっ腹が少し満たされておやつ代わりになってしまった。


「おや?よーぐ寝でだねぇー、

ご飯も食べだしぃ山行ぐが?ん?」


おばさんのお母さんがぼくに話しかけてきた。


「うん、行く行くぅー!!」


これも今回の航海、旅の目的だ。

去年、同じ時期に来てカブトムシやクワガタムシをたくさん捕まえた。

もっともそのまま逃してあげた、

"また来年会おうなッ"と言って。

今年は再会できるかな?!

大人にはただの夏の昆虫でも、子どものぼくらにとっては生きた宝石、お宝だ!お腹も収まって、静岡から持ってきた虫カゴを車へ取りに行き、おばあちゃんの後を付いてゆく。


おばあちゃんは、手拭いと鎌を片手に

玄関を出て真っ直ぐにある広い桑畑の真ん中の道を行く、取り残されない様に付いてゆく。歳はいくつかわからないけれど、足腰丈夫なおばあちゃん。

軽快にドンドン進んでゆく。

山道に差し掛かると、何やら見つけ様だ。この時に採れる山菜だった、軽く摘んで鎌でカッと切る。大事そうに無言で手拭いに巻腰へぶら下げる。

数メートル歩いてまた止まり同じように鎌で切る、この繰り返しが何度か続いた。静岡の管理された山道とは違って、おばあちゃんの山の道は獣道と呼ばれるのに近い荒れた道。

足元を見ながらではないと転げ落ちそうになるから慎重に歩くのが速いおばあちゃんのあとに付いてゆく、すると少し太い大きな木があって見上げると、居た居た!ハサミが大きなクワガタムシだ。


おばあちゃんの手慣れた山菜採りの様にぼくも真似して捕まえ虫カゴに入れる。暫く虫カゴに入ったクワガタムシを眺める、茶色なのか黒なのかよくわからないツヤツヤした黒光ったおたからがモゾモゾ動いている。

ニヤニヤしながら、おばあちゃんと少し離れてしまったので早歩きして追い付く。この日捕まえたのはカブトムシの雄雌二匹とクワガタムシの雄一匹雌二匹だった。


そんなに高くない山の山頂付近に差し掛かると、おばあちゃんが立ち止まって言う、


「今年はなぁーこの反対側の部落にクマが出たらしいから、お前も気をづけて歩けぇ?」


え、えっ?

おばあちゃん?!

それを早く言おうよ……

山のど真ん中でのおばあちゃんの一言、急に山の暗い所が怖くなっておばあちゃんの速さ並みに歩いていった。

やがて下山の道になった頃、道幅も広くなり人里が見えてきた。

山道もここで終わりなのか、砂利道となりアスファルトよ道路も見えてくる。どれくらい歩いたんだろう?空を見上げると陽が、赤城山へ隠れる途中だった。民家の間を通り田んぼが見えてきた、その角にお店らしい建物がある。


「何がぁ、買ってくがぁ?

お菓子屋さんあるぞ、ごご……」


このおばあちゃんの一言は、山中でクマが出ると言った事を見事に解消した。ぼくは遠慮なく、


「うーんッ!」


と、今までになく大きな返事をした。

ぼくらの所より田舎らしく店構えもとても古くて圧巻だ、全てが木造、トタン屋根、お菓子のケースもガラス以外は全て木で、お店の中は独特の初めて来たのに懐かしい匂いがしている。

地元でもお馴染みのお菓子はあるが、このお店はおもちゃが豊富で見たことのない物ばかりだ。目移りして時間がかかりそうなのでいくつか決めて、最後に癇癪玉も買い店を出る。


アスファルトを見つけるなり直ぐにその癇癪玉で遊んでみる。


"パーンッ"


静岡なら、危ないとかうるさいからといつも買えなかったし遊べなかった癇癪玉。二、三個やって止めてしまったけど、久しぶりだったので満足だ。

品定めで遅くなってしまい、帰り道は近道だとおばあちゃんの後を田んぼの畦道を選んで歩いた。陽が落ちて、段々と周りが暗くなる空を見上げると赤城山が影絵になっていた。周りの田んぼも、今朝到着する前の風景に戻っていた。昼間の緑色から青くなる途中の畦道、青い田んぼのど真ん中に居る。昔話の影絵の紙芝居の中にいる様な錯覚で、目の前を歩くおばあちゃんもカクカク動いてる様だった。

そう思いながら伯父さんの家を目指した、昼間は朝から寝てしまったけど今日一日は、色々な宝探しで歩き疲れて本当のお腹は空いてるけど気持ちのお腹は満腹だ。

夕陽も夜に切り替わる青色に押されて車道の電灯も点き始めると、伯父さんの家の前に到着。

玄関前には、車が数台増えている。

この日に合わせて、伯父の親しい友達も招いて宴の準備をしていた。


「ただいまー」


と、疲れ切った声で敷居を跨ぐ。

ぼくら家族も宴に呼ばれて、家族はもう和室の反対側の洋間に集合していた。ぼくも帰ってきて早々に席に着く。腹ペコだぁー、昼間のおやつ代わりの昼ごはんの素麺だけだったから無理もない。席の真ん前に、ちょっとカッコいいお兄さんが座っていた、伯父さんの息子さんだ。大学で家を離れてを卒業してからそのまま帰省し父親の養蚕農家をやってるらしい、伯父さんの後継ぎだ。

宴も始まり、ぼくも親戚じゅうの人に紹介されたり挨拶したり、子どもにはこう言う場所は似合わないなと思いながら、料理の殆どは大人用のお酒のつまみを選んで食べられそうなものを口へと運ぶ。お腹も満たせたところであのお兄さんがトイレへ行くと、その座っていた後ろにはぼくの目を引くものが置いてある……あれは、もしかして?!


とても複雑な構造で、子どものぼくには理解不能。見るからにとても重くて大きな存在、黒光りの光沢と手で掻き鳴らす部分に鼈甲をあしらった様なカバーが貼り付けてある。


"君にはまだ早いしー

ちょっと無理かなぁー?"と、


無言で話しかけてくるコイツは、

加山雄三やベンチャーズが使ってそうなエレキギターだ。

宴の場に無造作に立て掛けてある。

エレキを目の当たりにし、触れる距離に遭遇したのはこの時が生まれて初めてだった。

親たちはたわいも無い話で盛り上がっている、一年ぶりの帰郷で土産話に花が咲き、再会の祝い酒がすすむ。

山でおばあちゃんが採った山菜の天ぷらも美味しそうだ!





つづく



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