煙の中

「ねぇ、ミカン。人は死んだらどこに行くと思う?」

母が穏やかな口調で言う。

その日は温かい春の日で、外には椅麗な桃の花が咲いていたのを覚えている。そんなぽかぽか陽気にあたりながら、母と一緒にトランプで遊んでいた。

「人が死ぬとかわかんない」

まだ子供だった私は、駄々をこねるように少しぶっきらぼうに答えた。

「そっか、わかんないか。そうだよね、考えた事も無いもんね」

そう言いながら母は私の頭を無でた。

「私はね、人が死ぬって事はとてもいい事だと思うの」

私は母が言っている意味が分からなくて頭をかしげた。

この話をする少し前、父方の祖母が亡くなった。そのとき父は泣いていて他にもたくさんの人が悲しんでいたのに。どうして、母はそんな事を言ったんだろう。

「この世界から抜け出して、別の世界に行く。それって悲しい事かもしれないけど、その人に新しいチャンスが与えられたみたいじゃない」

「……そうなの?」

私がそう言うと、母はふふふと笑った。

「そうだと思いたいね」


私は手榴弾で敵を追い立てながら、懐かしい事を思い出した。大きな爆発音が響く。私は不意をついたつもりだったけれど、敵も無能じゃない。何人かは爆発を逃れたらしく、煙の中から人影が見える。銃声が響く前に私は走り出す。

私は短く息をはいて、たくさんの空気を肺の中に詰め込む。大丈夫、まだ私は生きてる。そう確認して、目の前で動いた敵に向かって銃口を向け引き金を引く。

短い発砲音。少狙いが外れて、敵の肩に数発当たった。っぱり私は銃は向いてないと思いながら、敵が怯んだ一瞬のうちに距離を詰めてコンバットナイフで喉が掻っ切った。

私よりも大きい男の人が血の臭いを振りまいて倒れる。辺りの建物も男の血で赤い線を作っていた。

「てめぇっ!!」

うるさい、そう思いながら片手で銃の標準を合わせる。小さくて取り回しの良い短機関銃とはいえ、片手で持つのには限界がある。当たり前のように放たれた銃弾は敵には一つも当たらなかっ

の銃弾も走りながら撃ったので、標準はブレて銃に当たった以外は全て外れた。

また敵が銃を構えた。さっきよりは少し小さいけれど、私より大きい事には変りない。敵はゼロ距離で発砲し私を仕留めようとしてるけど、簡単にそうさせる訳にもいかない。

敵が近づく。私はコンバットナイフを離し銃しっかり構えた。そして体勢を低くして、腹に銃口をあてる。そして引き金を引く。

「うああぁぁぁぁぁぁ!」

発砲した勢いで、敵は後ろにノックバックした。返り血が私の服を汚したけど、それを気にする女の子らしさはどこかに置いてきた。

「うるさい、黙って」

私がそう言うと、男は目を見開いた。

「……女。しかもまだ若いじゃん」

私はそう言われたのが気に入らなくて、感情に任せて敵に銃弾を浴びせた。

さっき離したコンバットナィフを回収して辺りを見回すと、そこには大きな肉片と手榴弾で削られたコンクリート以外、誰もいなくなっていた。

私は安心して、息を吐いた。冷たく乾燥した空気には似合わない、重く湿った息のように感じた。

「……行かないと」

静かになったこの場所で、音を発しているものが一つだけあった。敵が持っている無線機だ。私は無線機を持ち上げて敵の会話に耳を傾ける。少しでも敵を殺して、隊長達が逃げる時間を稼がなければいけな把握する事が大切だ。

そのためには、まず敵がどこにいるのか無線機から聞こえる声は切迫していて、私の事が敵の仲間に伝わっているようだった。

『繰り返す、敵は一人敵は一人である。落ち着いて対処するように』

本当に一人だったら、身軽だったのに。私は死ねない使命と、これから死ぬ運命の狭間にいる。それは暗闇の中にいる中で見つけた光も信じられない、そんな境遇だった。

『こちら三番隊。少女の駆逐に向かう。詳しい位置の情報がほしい』

爆発音が遠くからする。そういえば、セナたちは無事に逃げれたのか。もう少し優しくすれば良かったのか。いや、もう手遅れだ。

『────現在の位置から南に五十メートル』

再び聞こえた声は、敵から見た私の位置だと推測できる。欲しい情報は手に入った。多分、敵は北から最短ルートで来るだろう。その裏をかけばいいだけの話。大丈夫、私はやれる。そう思って、息を大きく吸った。

敵は意外と早く来た。敵が辺りの警戒をする前に私は隠れていた路地から飛び出て、一番後ろにいた敵の頭を狙って撃つ。貫通力がある弾を使ったので、見事に敵の頭に命中しかなり深くまで入った。

銃声がした事で、もう敵は私の存在に気づいている。さっき撃った敵を確実に仕留めるために、その敵は後ろ側に倒れたので、私は前に行って心臓を狙ってゼ口距離で撃つ。びくりと体を震わせた後、重力に従って男の体が落ちた。視界が開けると、今ここにいるすべての敵が私に銃口を向けていた。

「降伏しろ、今なら痛い事はしない」

「…………」

「もう一度言う。降伏しろ」

無駄話は聞かない主義なので、私は発煙弾を投げて煙幕を張った。

煙で周りが見えなくなる前に、私はさっき敵が来た方向へ逃げる。多分、敵は躍起になって私を捕らえるだろう。それが私の役目なので、こうも簡単に敵が私の術中にはまってくれて嬉しい。

それでも安心できる状態じゃ私は敵に向かっていて、ここにはセナも誰も仲間がいない。それに敵は大きな男が多数いるだろう。私はすばしこい事だけが取り柄の武装した少女だ。体格には圧倒的な差がある。

でも、それでもまだなんとかなる。そう思っていた矢先、左手に違和感を覚えた。一瞬遅れて、左手に激痛が走る。私はバランスを崩して、左に倒れ込む。

狙撃されたのであろう。 じわじわと血が服に広がっていき、痛みも増していく。

後ろを向くと煙幕を振り切った敵が来ていた。

ぞわっと、背中に悪寒が走る。急に死の実感がわく。

死ぬ、殺される。私は、こんな所で死にたくない。まだやりたいことあった。

美味しいものも食べてないし、友達にした約東だって果たせてない。それに、したいこともある。山ほど、やりたいことがあるんだ。仲間のためとかどうでもいい。私は生きて、生きていたい。

考えないようにしていた自分の生への執着が芽生える。何を考えるよりも先に私は短機関銃を持って路地へ逃げていた。

母がいつか言っていた事は本当にそうなのだろうか。そうだとしてもそう考えた母は満足した人生を送れた、羨ましい人だと思った。

生きることの執着は死ぬ怖さよりも、私の心の中に深く根付いていた。私はまだ何もしたかった事をやっていない。仲間のために死ぬのは、本望だと教えこまれただけで、本当の気持ちは違う。私は生きていたい。死にたくない。

「いたぞ、回りこめ!」

でも数の暴力には適わない。 あっという間に私は追い込まれて、逃げ道も無くなってしまった。背中を壁にくっつけて、目の前にいる敵に銃口を向ける。

「降伏しなさい。まだ君は若い、やりたいこともある年頃だろう。

こんなことせずに────」

「うるさい、黙れ!!」

怖くないと言ったら嘘になる。だけど、今の私には虚勢を張る事しかできなかった。

死にたくない、だけど敵に降伏する事だけはしてはいけない。そう訓練兵のときに教えこまれていたから、私は降伏だけはしてはいけないとおもっている。

それに家族を殺された個人的な復讐もあってか、敵に降伏する事だけは許せない事だった。

でも死ぬしか無いのなら、もう抵抗する以外になにもできないのなら。私は私の憂さ晴らしをしてもいいだろう。

私は敵に飛び込んだ。なんのためらいの無く引き金を引き、一人の敵に接近する。敵は少しためらって、銃を撃つ。私はそのほとんどを振り切って、また撃つ。近距離、それも眼球の近くを撃ったので、その敵は無事ではいられないだろう。肩に二つくらい撃たれたけれど、それはさっきの痛み程ではなかった。

敵に向かって牽制射撃しようとしたけれど、実際の弾は出なかった。リロードする暇も無いので、短機関銃を捨ててコンバットナイフに持ち替える。

敵の射撃をかわしながら、それでも距離は近いので全てはかわせない。背中に痛みを感じかながらも、敵の懐に飛び込む。まずは目に入った腹部を引き裂いて、よろめいたところで喉を切る。

ふいに冷たいものが体に当たる。敵の銃口だと気づいたときには、ゼロ距離で腹部を撃たれた。

痛みが体を引き裂く。一瞬、息ができなくなって、そして思った。今から死ぬんだ。

「降伏する気は?」

私は自分の喉にコンバットナィフをあてる。涙が今さら出てきたけれど、もうそれもどうでもいい。大丈夫、怖くない。母が言っていた事が正しければ、またチャンスをもらいに行くだけだから。

今度は痛みもなにも感じなかった。


「────でもね、ミカンは自分で死ぬようなこと、しちゃダメよ。生きたいと思ってるなら、どんな事しても生きるべきだと私は思うの」

「ミカンはそんな事しないよ」

「でも、これからどんな事があるか分からないから、絶対におぼえておいてね」

「うん、分かった!」

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爆弾と木枯らし 朝日 めぐ @meumeu_9421

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