水の上

 銃の整備をして、少しだけ眠った。冷たいコンクリートの上に寝袋で寝ただけだったけど、少しは疲れはとれた気がする。だけど柔らかい毛布も無かったので、背中と腰が痛いのはしょうがないだろう。

「おはよ!」

 セナに言われて、目をこする。寝袋からまだ一歩も外に出てないから、完全に寝起きという事だ。

「うん」

 まだ完全に目が覚めた訳では無いので、雲の上にいるような感覚になる。

 それに八時間睡眠しないと眠い私にとっては、半分の時間にか寝れなかったのでとても眠い。

「セナは、大丈夫?」

「隣で寝てただろ?」

 そういえばそんな気がする。なにせ寝る前の記憶は曖昧で、私の銃の整備もしっかりしたのか心配になってきた。

 しぶしぶ、ミミズのように這って寝袋から出る。体が冷たい空気に触れる。まだ熱がこもっている寝袋に足を入れていたいけど、いつかは出なきゃいけないので仕方ない。

「顔洗ってくる」

「気をつけてなー」

 はいはい、と曖昧に返して拠点の仮説トイレの隣にある、簡易な水道に向かう。

 拠点と言っても、ただの武器庫と通信機器があるだけなので、あまりしっかりした建物では無い。それにトイレも無かったので、仕方なく仮説トイレを設置してその横に水道も通しただけなのだ。まだ水が出るだけいいのかもしれない。

 でも、仮説トイレと水道を外に設置したので、今の時期は寒くて仕方ない。水が出るのはありがたいけど、それだけが難点だった。

 無理矢理つけた安っぽいドアを開けて外に出る。凍てつくような風に体を震わせた。馬鹿なのか、上着を着てくるのを忘れたからとても寒い。一旦戻る事にしよう。

 上着を取りに行くと、セナが私をからかった。うるさいのは嫌いじゃないので、少し反論してからまた外に出る。まだ早朝で朝日も昇っていない。冷たく澄んだ空気に白い吐息を混ぜ合わせて、また肺に冷たい空気をいれる。

「……さむ」

 そんな事を言っていても仕方ないので、早く顔を洗って銃の整備をする事にしよう。

 蛇口をひねり、冷やされた水が勢いよく出てくる。勇気をだして手で水を貯めてパシャパシャと顔を洗う。水の勢いを止める。やっぱり手がかじかんでしまった。

 相変わらず、風は私の体温を冷まそうと頑張っている。少しは暖かくならないかなと思って、まだ続くこの季節が嫌になった。


 寒さを忘れるために、急いで中に入り、武器庫に行く。暖房施設があれば良かったけれど、もうすぐ敗走する兵を匿うだけの施設に、それは不要だろう。

 いつも使っている私の短機関銃は机の上にあった。その銃に触っていると、家族といた頃を思い出す。今では懐かしい、温かい記憶だ。

 父は軍人だった。それに憧れて兄が初めて銃を買ってもらった。高揚して兄が自慢してた頃が懐かしい。

 いつも大事そうにしていた。だけど、今はその銃を私が使っている。

 父も兄も母も死んだ。全部、戦争のせいだ。

 戦災孤児になった私は、軍に助けてもらった。無償で助けてもらった訳では無い。物事にはある程度の代償が必要で、この場合の代償は私が兵士になる事だった。

 そのための訓練も血反吐を吐く辛さだったけど、他に頼れる人も行く場所も無かったから仕方なかった。私は今こうして生きているだけで幸せだと思って、そう救われることにした。

 銃の整備も昨日のうちにほとんど出来ていたようで、少しきれいにしてまた組み立てる。

「ミカン」

 隊長の声がした。ドアの方を向くと、隊長が手を振っていた。

「おはようございます」

「おはよう。その銃、昨日も整備してたじゃない」

「もう年季が入っているので、いつ壊れてもおかしくない銃なんですよ」

 隊長は物珍しそうに、私の銃をみている。古いタイプの銃で、取り回しがいいように普通の銃よりも少し小さい。

「隊長、撤退の準備は進んでいますか?」

「え、えぇ。それについてお話があるの」

 なんとなく察しがつくけれど、多分苦しいのは隊長の方だろう。

「ミカン、あなたは私達が逃げる間、敵を引きつけてほしいの」

「いいですよ」

「……え、あ。え……?」

 予想外の対応だったのだろう。隊長がこんなに慌てる姿は見たこと無かった。なんか普通の女の子だ。

「私の命で三人助かるなら、別にいいです。いつかはみんな死にますからね」

「でも……」

「それに、隊長が決めた事なんですから、ちゃんと自信持ってセナ達を逃がしてくださいね。そうじゃなかったら、怒りますよ」

 本当は隊長を怒れる立場じゃないけれど、動揺している今なら言ってもいい気がした。それに隊長はまだ不安定だ。まだ私を囮にする事に迷っている。

「心配しないでください、私は幸せだったんです。だから、仲間をよろしく頼みます」

 隊長は深く頷いた。

「それは責任持って、ちゃんと合流する。大丈夫、安心して」

 隊長がはっきりそう言ってくれて安心した。


「ちゃんと持ったか? 忘れ物は?」

「大丈夫だって。心配性なの、セナは」

「大丈夫なら、いいけど」

「うん、じゃあ行こう」

 私はセナに笑ってみせる。セナは怪訝な顔をして、返事をして頷いた。

 少し、ほんの少しだけ、時間が止まればいいのに。

 セナと一緒に武器庫を出て、隊長との待ち合わせ場所に行く。

 隊長は大きな荷物を持っていて、ナナも大きなリュックサックを背負っていた。

 セナは弾薬と手榴弾、それとセナが好きな閃光弾も持っていて、三人とも重そうだと思った。

 それに比べて私はいつもの短機関銃と、その弾薬と手榴弾を数個。それとコンバットナイフをポケットにしまっている。私だけいつも戦闘に行くような、身軽な格好だった。

「揃ったわね。行くよ」

 私とナナは返事したけれど、セナはそっぽを向いていた。これからは隊長に従わないといけないのに、そんな態度だと死んでしまう気がした。だけどそれを伝えるのも、もう遅い。きっと私は、セナが死ぬ瞬間は見れなくて、最後までお節介な人だと思われたくなかった。

 外に出ると朝よりは暖かくなったけれどまだまだ寒い。これからもっと寒くなるのが不思議で仕方ないくらいに寒くて、体を動かしていないと凍えそうになる。

「セナ、これあげる」

 私がポケットから取り出したのは、未開封のカイロだった。去年の冬から入っていたのだろう、端の方の包装が少し切れている。それでもまだカイロは密封されているから、多分使えるだろう。

「これに頼らないように、ちゃんと体動かしてよ。あと、今日は死なないでね」

「ミカンも、死ぬなよ」

「いつかは死ぬよ」

 そう言って笑ってみせる。寒さのせいちか、頬が少しひきつるような感覚になる。

「無駄話はそこまで。ミカン、後はよろしくね」

「うん、行ってらっしゃい」

 軽く手を振ると、ナナとセナは少し怪詞な顔をした。隊長達はすぐに歩き出して、瓦礫となった街の中に消えた。

 また会えたなら、セナのは怒る資格がある。

 そう思って、笑うのをやめた。

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