第6話 祭りの後(4)

「どうしてお前がそのことを知っているんだ」

 指をさして立ち上がるユウヤの、その次の言葉を俺は待つほかなかった。

「どうして、ユイちゃんの着ていた浴衣の色を知っているんだ。だって、どうして知っているんだ。お前は祭り当日、ユイちゃんの私服姿を言い当てていた。どうして、ユイちゃんの殺される前の私服姿と、殺された後の浴衣姿の両方を言い当てられるんだ! そんなの、俺以外には、犯人しかいない!!」

 肩で息をしているユウヤを、俺は静かにたしなめる。

「どうしてって、それはニュースで」

「ニュースでも、としか言われていなかった。おかしいと思ったんだ。ユイちゃんがってお前は言っていたけれど、そんなこと、ニュースではどこでも言っていなかった。唯一、ユイちゃんのママが言っていたけれど、それよりも前にお前はそれを知っていた。俺が言ったのかな、とも思ったけれど、それは間違いだった。お前が殺したんだ!」


    ◆


「え? 何? ユウヤくんじゃないの? あなた、だれ?」

 チャイムを押して、数秒。黄色いロングTシャツを着て、デニムの短パンがまぶしい。ユイちゃんが直接ドアを開けて出てきた。開口一番、不満を口にした。

 夏祭りの前になり、いてもたってもいられず、つい勢いで、ユイちゃんの家まで行ってしまった。家の場所はユウヤの家の近くで、あいつの家に遊びに行った帰りに近くを歩いていたから知っていた。電話番号は知らなかったから、家に行くしかなかった。我ながら、すごい行動力だ。

「あの、ユイちゃん。ずっと前から、好きだったんだ。一緒に、夏祭りに行きませんか?」

「あぁ……。そういうこと。学校の人なのね。ごめんね。もう、先約がいるの」

 愛想笑いもそこそこに、ドアを閉められた。ドアの閉まった向こう側で、「あーもう、お母さんいないから忙しいのに」というユイちゃんの愛らしい声が聞こえた。

 俺はふられた。その後のことは覚えていない。

 ただ、ユイちゃんの第一声がなんとなく耳に残っていた。『ユウヤくんじゃないの?』。ユウヤといえば、家も近い、あいつか。

 まさか。あいつと一緒に夏祭りに行くんだろうか。いや、あいつは今日、俺と一緒に夏祭りに行く約束をしているはずだ。まさか、そんなことは。いや、でも。

 もし、ユウヤとユイちゃんが一緒に夏祭りに行くのだとしたら。

 堪えられない。俺と行く約束をドタキャンして、あいつとユイちゃんが、夏祭りに。

 俺は一人で、そこに行くのか? 会いたくない。見つかりたくない。

 祭りなんて、中止になってしまえばいいのに。

 あぁ、どうして祭りの前に告白してしまったのだろう。告白の前だったなら、何も傷つかなかった。ユウヤにドタキャンされて、一人で祭りに行っても、ユイちゃんと一緒にいるところを見ても、何も思わなかった。ここまでイラつかなかった。あぁ、そういうことね、それだけ。それなのに。

 俺は、いくらか時間が経っていたのを忘れて、またそのままチャイムを押してしまっていた。ユイちゃんの家のチャイムを。

「はーい♥ って、またあんた? もう、よしてよね」

 緑色の浴衣を着て、長い髪を後ろにまとめ上げた、いつもと違う雰囲気だからか、より可愛らしいユイちゃんがそこにいた。俺は反射的に、家に戻ろうとするユイちゃんの手を握った。

「きゃっ! ちょっと、やめて! 離してよ!!」

 ユイちゃんとあまり話したこともないのに、そんな急に叫ばれて、暴れられて、俺はパニックになってしまった。違う。乱暴なことをしたいわけじゃない。ただ、少し、その可愛い浴衣姿のユイちゃんと、少しの間だけ、話をしたい、ただそれだけなんだ。

「ちょっと待って……話を」

「離してって言ってるの!!」

 そこから先は、やっぱりよく、覚えていない。

 そこには、動かなくなったユイちゃんと、冷たい石の感触。石にはまるで血でもつけたようにべっとり色がついていた。

 俺はとりあえず、ユイちゃんをユウヤの家の庭まで運んだ。なんとなく。なんとなくそうした方がいい気がしたから。いつユイちゃんのママが帰ってくるかもわからないし。花火の備品倉庫に隠すなんてもってのほかだ。もう少ししたら、たくさん人がやってくる。ユイちゃんの家の庭に置いておくのは危ないと思った。

 ユウヤの家まで、誰ともすれ違わなかったのは、たまたまだろう。ユウヤの家は、パパもママも仕事で忙しく、この時間はユウヤしか家にいない。夏祭りの時間までは誰もここには来ないだろうと思った。道に置くよりも時間が稼げる。

 そうして、俺は家に帰った。家に帰ってからすぐにユウヤへ電話をした。

「おぉ、クロキ。ちょうどよかった、俺も今電話しようと思っていたんだ。実はな……、ちょっと用事ができて、祭りには……」

 やっぱりな。そう俺は思った。ドタキャンだ。理由はどうあれ、俺は覚悟を決めた。

「その、夏祭りのことなんだけどな、実は、中止になったらしいんだよ」


    ◆


「おい、どうした、理由を教えてみろよ! どうして嘘をついた!」

「お前だって、嘘をついただろう、ユウヤ」

 俺は、静かに諭すように言った。ユウヤは真相にたどり着いている。犯人しか知らない情報。自分と、もう一人しか知らないのであれば、自分の無実は自分がよく知っているのだから、犯人は自分以外のそいつしかありえない。単純なことだ。

「お前だって、ユイちゃんにふられたって、嘘をついたじゃないか。俺と行く約束をしていた祭りの約束を、ドタキャンしようとしていたじゃないか」

「それは……、悪いなって思って」

 あぁ、悪いよ。

 本当に、お前は、悪い。








 その後のことは、よく覚えていない。

 やっぱり、祭りの前に告白なんてするもんじゃないな。

 これが、後の血祭りってやつかな。



『後の血祭り』  完。

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あとの血祭り ぎざ @gizazig

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