第5話 祭りの後(3)
「何がどうなって、俺がユイちゃんを殺したってことになるんだよ」
ユウヤの目は泳ぎ、顔から血の気が引いていた。俺は、歩みをユウヤの家から、ユイちゃんの発見場所である、町内会館へ向けていた。話かけられているユウヤは、本当は家に帰りたそうだったが、話を続けるために俺の後をついてくるほかなかった。
「ずっと不思議だったんだ。どうして犯人は、ユイちゃんの遺体を、町内会館の倉庫に隠したんだろうって」
「どうしてって、それは、隠すためだろう? そのまま外に出たままだと、人に見つかってしまうから」
「でも、その倉庫には、祭りで使う花火がしまってあったんだ。他の日ならいざ知らず、その日は祭りの当日で、あと何時間かで祭りの準備をしに誰かがあの倉庫に来る、そんな時間だったんだ。なのに、どうしてあの倉庫に遺体を隠すという行動に出られると思う?」
「どうしてって……」
「それは、もちろん。祭りが中止だと思っていたからさ」
「……!!」
祭りが中止となれば、あの時間でも、人が倉庫を開けることはない。祭りが中止なら、花火も当然中止だ。なんなら、来年の花火の日まで開けることはないかもしれない。まぁ、実際はその前に異臭騒ぎになるとは思うが。
問題なのは、どうして祭りが中止になったと思っていたか、だ。
「あの祭りの日、祭りが中止になると思っていた人は、たった一人。それは、俺が『祭りが中止になった』という嘘をついて、それを信じた人だ。だって、その人は実際に、『ユイちゃんを殺していて』、『祭りが中止になりそうな理由』を誰よりも知っていたから。そうだろう、ユウヤ」
「ちが……ち」
「お前がユイちゃんを殺したんだ!」
畳みかけるようにユウヤを追い詰める。
「違う!!!!」
良くも悪くも、俺たちはちょうどここにたどり着いた。町内会館の倉庫の前。時も夕暮れ。夏休みの終わり。行き止まり。倉庫を開けば今も、ユイちゃんが待ち受けているかのような、そんな既視感。
「俺が『祭りが中止になった』と嘘をついたのは、ユウヤ、お前だけだ。お前だけが、この倉庫に遺体を隠そうという思考になるんだ。お前がここに、浴衣を着たユイちゃんを隠したんだ! 誰にも見つからないようにと! すぐに役員が花火の準備をしに来るとも知らずに!!」
「っは……はぁ、はぁ」
俺は詰め寄っているだけで、首を絞めているわけではないのだが、ユウヤは息も絶え絶え、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
「違う。俺は、殺してない。運んだだけだ」
「……なんだって?」
「ユイちゃんに告白して、OKをもらって、16時半に待ち合わせをして祭りに一緒に行こうって、約束したんだ。浴衣を着ていくって、とってもかわいい笑顔で。でも、お前から『祭りが中止になった』って電話が来て、俺、ユイちゃんの家の電話番号知らなかったから、告白した時と同じ、家に直接伝えに行こうと思ったんだ、そうしたら……」
早口でユウヤはまくしたてる。まるで昨日のことのように。すらすらと。今まで言いたくて、でも言えなくて。せき止められたダムが開いたかのように、とめどなく彼の独白は流れる。
「そうしたら……、俺の家の庭に、ユイちゃんが倒れてて、浴衣を着て、俺との約束の時間はまだあと30分くらいあったのに。どうしたのかなと思ったら、頭に血がついてて、動かなくて……!」
ユウヤは咳込んだ。息を吸う暇なく話し続けていたせいだ。深呼吸を何度かして、再び話し始める。
「どうしようと思った。どうしてウチの庭に。早く救急車、でも動かない、どうしようって。誰かが歩いてくるような音も聞こえて、今この状態が見つかったらどうなっちゃうんだろう。どうしようって。そうしたら、思いついたんだ。祭りが中止になったんだったら、もう人は来ないだろうって。町内会館の倉庫に、入れた。歩いてすぐだったから、誰ともすれ違わなかったんだ。そうしたら」
祭りは嘘だったので、役員がその倉庫を開いて、ユイちゃんの遺体を発見したということだ。ユウヤの言い分は、分かった。
「ユイちゃんが庭で倒れてたって、嘘じゃないのか。お前んちの庭、血なんて無かっただろ」
さっき待ち合わせ場所に行く途中で、ユウヤの家の庭の芝生を見たが、血なんてどこにも無かった。
「そう、そうだよ。返り血が少なかったから、倉庫に運ばれてきたんじゃないかって話、聞いただろ。ウチの庭にも血はなかった。庭が殺された場所ではないってことじゃないか? なぜか、ウチの庭で倒れていたけれど、ウチの庭まで運ばれてきたってことじゃないのか?」
「どういうことだよ。隠すために倉庫に運んだってんならまだわかるけど、どうしてユウヤの家の庭にユイちゃんを置かないといけないんだよ。すぐに見つかっちゃうじゃないか。ユイちゃんがそこまで逃げてきたんじゃないのか? ユイちゃんの浴衣の色は芝生と同じ色だったから、それで犯人から隠れていたんじゃないのか? もしかしたら、まだ生きていたんじゃないのか?」
「そう……か。ウチまで逃げてきたのか。そうだったのかもしれない。まだ、生きていたのかもしれない……」
「そもそも、遺体を隠すってのも頷けない。まず最初に警察か救急車を電話しなくちゃいけないんじゃないのか? やっぱり嘘なんじゃないのか? お前が殺したんだろうから」
もし生きていたら、そのまま見過ごしていたお前が殺したんだ。
もし死んでいたのなら、犯人を見逃していたお前が殺したんだ。
「そうか……。俺が……」
ユウヤはうなだれたまま動かなくなった。死んだかのようだ。
倉庫の前の地面に腰を下ろして。俺も、これ以上、何も言わなかった。
犯人は誰だかわからなかった。でも、ユイちゃんがどうして死んだかは、少しだけ明らかになったから。これで、夏休みが終わっても、誰も文句は言わないだろう。
俺も、ユイちゃんも。
「いや、待てよ。どうして。どうしてだ」
ユウヤが顔だけこちらを向けて、口を開いた。
「どうしてお前がそのことを知っているんだ?」
「なんの、ことだよ」
息を吹き返したユウヤは、立ち上がり、俺を指さした。
俺は、倉庫を背にその指を見、ユウヤの言葉を待った。
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