宙夢side

第5話 大和宙夢(やまとひろむ)の場合

 陽射しが暑い。

 風は涼しい。

 雛鳥のチュンチュン、かわいい。


 困ったことにまた律樹りつき様が行方不明。

 きっと屋敷の外れにあるベンチに腰掛けてるんだろうけど、探すこっちの身にもなって欲しいものです。

 それに律樹様と仲良くしてるのを結人ゆいとに見られたら色々困るんです。

 結人の嫉妬は女々しいですからね。


 それにしても律樹様の放浪癖は如何なものでしょうか?

 律樹様に万が一なんかあったら、僕は何を拠り所にして生きていけばいいでしょう?


「律樹様ー!律樹様どこですー!」


 こうやって律樹様を呼べるのもあと少ししかありません。

 僕はここを辞めて実家へ帰ることに決めました。

 もう決めたことだから迷いはないのですけれど。

 でもどうしてでしょう。



 ……律樹様には知られたくないのです。



 野蛮で下品で慌ただしくて、野暮で粗野で気品がなくて。



 でもそんな律樹様が、ほっておけないんです。


 この声が届いてても、返事はしないで欲しい。

 僕があなたを見つけ出しますから。




 ……っと、やっぱりここにおられました。

 木漏れ日に照らされ眩しそうに眉を細める律樹様。


 僕は立ち止まり乱れた息と髪を整えながら、ゆっくりと深呼吸する。

 そして、髪を撫で、撫でた手のひらを匂う。

 ……してないかな?


「あ!り……!また勝手に一人でこんなところまで。怪我でもしたらどうされるんですか?」


「大丈夫だ、宙夢ひろむ。俺に何かあってもいつでも宙夢が助けに来てくれるだろ?」


 そうやって僕をからかう律樹様のことを考えると、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 例え律樹様が僕を見ていないとしても、それでもかまわない。

 側に感じさえできれば……。


 律樹様の隣に腰掛ける。

 僕の方を見て優しく微笑む律樹様。

 その笑顔は僕にとって温かい優しさで、それでいて僕の心を苦しめる。


 僕が微笑み返しても律樹様にはわからないだろうなぁ。


「律樹様。僕だっていつ……いつでも律樹様の側にいる訳じゃないんですからね。僕は結人様のお世話が主な仕事なんですから」


 いつまでも……って言いかけました。

 これは絶対口には出せません。

 言ったら律樹様が悲しんで泣いてしまいます。

 律樹様のその純粋な優しさが僕を苦しめるんです。

 だから気づいてほしくない。

 知ってほしくない。

 僕がいつまでもいないこと。

 もうすぐここを辞めてしまうこと。

 律樹様の前から消えてしまうこと。


 知られなくないから。

 その笑顔を見るたびに。

 律樹様のことを考えるたびに。


 胸の奥が苦しい。


 こんな気持ちにさせておいて、なにも言わせないなんて……




 ……ズルい。




「わかってる、宙夢。宙夢は俺よりも結人のことが大好きなんだろ?」


 違います。

 僕が好きなのは律樹様です。


 俺が好きなのはお前だけだ、律樹。


 なんてかっこよく言えれば良いのですが、まぁ無理ですね。

 でもこの気持ちを伝えるにはどんな言葉にすればいいのでしょうか?

 今更素直になっても変ですよね?

 なので、言葉になんて到底できません。


 ……言葉には、したくないです。


 これが僕の本音です。


 目を見て伝わるなんて、僕らには絶対にない。


 律樹様は目が見えないんだから。


「好きとか嫌いとかそんなんじゃありません。それに僕達は男同士。そもそも僕は仕事として働いてるんですからね」


「冗談に決まってるだろ、宙夢。何をそんなにムキになってるんだ?」


 そうやって律樹様は毎回僕をからかうんです。

 でもちゃんとわかってます。

 素直になれない律樹様。

 この心の距離感を楽しんでおられることを。

 でも、ひとつだけわがままを聞いてくてれるなら、一度でいいからこんな台詞を聞きたいものです。



 宙夢、愛してる。



 ……なんちゃって。



「さ、もうすぐ昼食の時間です。早く来てもらわないと僕が怒られるんですからね」


「あぁ、でもその前に」


「わ!ちょ、ちょっと、りっ君!こんなところでダメだって」


 いきなり律樹様が僕の顔をまさぐるので思わず『りっ君』て呼んでしまいました。


「おい、宙夢。俺の部屋以外はちゃんと律樹様って呼ばないといけないだろ」


 ほんとこの人のちょっかいには呆れます。

 素直に触りたいって言えばいいのに。

 でも、それを言えないところがりっ君の愛しいところなんだけど。


 あの夜。

 僕が結人の部屋にいた時、律樹様はきっと僕がいるのを勘づいたはず。

 結人の息づかい。

 結人の汗の匂い。

 結人の吐息。


 そこに確かに僕の匂いが混ざっていたに違いない。


 僕の汗の匂いが……

 僕と結人の汗の匂いが……


 気づいてるんですか?


 りっ君、教えて。

 知ってるの?なにか勘づいたの?

 教えてほしい。

 けど、知りたくない。

 一つ気になれば、他のことまでどんどん気になってくる。


 聞きたい、知りたい。


 でも知ってしまったら、またそこから新たな悩みが生まれてくる。

 終わることのない連鎖。

 決して満たされることのないこの欲求。


 りっ君のことを考えると胸が苦しい。



 ……だから、聞けない。



 答えが、怖い。


「満足ですか?」


 律樹様の指。

 長く細く、でも男らしいその指を故意に絡ませながら、僕は顔を遠ざける。


「あぁ、だが……」


「だが?」


 律樹様に聞きたいことがありすぎる。


 気になることが多すぎる。


 でも……


 聞けないことが、ありすぎる。


 素直に言葉にできない。


 素直になれないのは、律樹様じゃなくて僕のほうかもしれません。


「なんでもない、行くぞ」


「行くぞって、律樹様!杖は?」


「宙夢。この手を握って俺を連れていってくれるんだろ?」


「もー。今回だけですからね」


 そう言って何度も律樹様の手を握ってきた。

 でも、これが最後かな。




 ……そんなの、嫌だな。




 律樹様の目が見えるなら……


 一度でいいから……


 僕の瞳に映る律樹様を見てほしい。






「なぁ、宙夢。今年の夏は海に行くぞ。水平線に沈む夕陽をお前と見たい」


「きっと見れますよ。きっと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

野蛮で下品で慌ただしくて【1~3百合4~6BLな試験作品】 桝屋千夏 @anakawakana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ