律樹と宙夢と結人
律樹side
第4話 蒼井律樹(あおいりつき)の場合
暖かい陽射し。
頬を撫でる風。
チュンチュンと鳴く雛鳥の囁き。
屋敷の外れにあるベンチに腰掛け、俺は耳を研ぎ澄ます。
俺の周りにはきっと俺の見ることのできない素晴らしい世界が広がってるに違いない。
「
それにこの声だ。
段々近づいてくるいつもの慌ただしい声。
俺を探してあちこち走り回って、大声で俺の名前を呼ぶあいつの声。
俺は、この声が好きだ。
野蛮で下品で慌ただしくて、野暮で粗野で気品がなくて。
そんなあいつが、好きだ。
悔しいが認める。
この声が聞きたいから。
あいつに見つけてもらいたいから。
だから俺はいつも……
「あ!り……!また勝手に一人でこんなところまで。怪我でもしたらどうされるんですか?」
「大丈夫だ、
そうやって俺を叱ってくれる宙夢のことを考えると、胸が締め付けられるように苦しくなる。
例え宙夢が俺を見ていないとしても、俺はそれでもかまわない。
宙夢を側に感じさえできれば……。
俺の隣に腰掛けた宙夢の温もりを心で感じる。
俺を優しくさせる温もり。
俺の心を苦しめる温もり。
見えなくても宙夢が微笑んでくれているのがわかる。
見えないからこそ、微笑んでると信じたい。
「律樹様。僕だっていつ……いつでも律樹様の側にいる訳じゃないんですからね。僕は
いつまでも……って言いたいのか?
言ったらお前が悲しんで泣いてしまうとでも思っているのか?
お前のその純粋な優しさが俺を苦しめる。
宙夢がいつまでもいないこと。
もうすぐここを辞めてしまうこと。
俺の前から消えてしまうこと。
俺はもう、知っている。
だから宙夢のことを考えると苦しい。
こんな気持ちにさせておいて、なにも言わずにいなくなるなんて……
……ズルいぞ。
「わかってる、宙夢。宙夢は俺よりも結人のことが大好きなんだろ?」
俺はお前が好きだ。
それを伝えるには言葉にすればいいのか?
だが、今更俺が素直になれるわけがないだろ?
だから、言葉には到底できない。
違うな……
言葉には、したくない。
これが本音だ。
目を見て伝わるなんて、俺には絶対にない。
俺は目が見えないんだからな。
「好きとか嫌いとかそんなんじゃありません。それに僕達は男同士。そもそも僕は仕事として働いてるんですからね」
「冗談に決まってるだろ、宙夢。何をそんなにムキになってるんだ?」
俺はお前をからかうことで、俺の心を守る。
頼むから、俺の気持ちに気づかないでくれ。
でも、ひとつだけわがままを聞いてくてれるなら、俺だけを見て欲しい。
お前が俺を見てくれていると信じさせてくれ。
「さ、もうすぐ昼食の時間です。早く来てもらわないと僕が怒られるんですからね」
「あぁ、でもその前に」
俺は手慣れた手つきで宙夢の顔に触れる。
宙夢のすっとした喉。
宙夢の柔らかな唇。
宙夢の均整の取れた顎と頬。
宙夢のスッと延びた鼻筋。
宙夢の……
「わ!ちょ、ちょっと、りつき!こんなところでダメだって」
「おい、宙夢。俺の部屋以外はちゃんと律樹様って呼ばないといけないだろ」
俺は宙夢の顔に触れる。
宙夢の困惑した顔が見えなくてもわかる。
そんな顔、結人にもしてるのか?
そう考えるとムカついてくる。
あの夜。
俺が結人の部屋を訪ねた時、お前がいるのをはっきり感じた。
結人の息づかい。
結人の汗の匂い。
結人の吐息。
そこに確かにお前の匂いが混ざっていた。
お前の汗の匂いが……
一体二人で何をしていたんだ?
教えてくれ、俺に何を隠してるの?
一つ気になれば、他のことまでどんどん気になってくる。
聞きたい、知りたい。
だが知ってしまったとして、またそこから新たな悩みが生まれてくる。
終わることのない連鎖。
決して満たされることのないこの欲求のせいで、お前のことを考えると胸が苦しい。
……だが、聞けない。
答えが、怖い。
「満足ですか?」
俺の指が宙夢の指と絡まりながら、顔の感触が遠退いて行く。
「あぁ、だが……」
「だが?」
お前に聞きたいことがありすぎて。
気になることが多すぎて。
でも……
聞けないことが、ありすぎて。
素直に言葉にできなくて。
「なんでもない、行くぞ」
「行くぞって、律樹様!杖は?」
「宙夢。この手を握って俺を連れていってくれるんだろ?」
「もー。今回だけですからね」
そう言って何度も俺の手を引いてくれる宙夢を好きになったのはいけないことなのか?
この目が見えるなら……
一度でいいから……
お前と見つめ合いたい。
「なぁ、宙夢。今年の夏は海に行くぞ。水平線に沈む夕陽をお前と見たい」
「きっと見れますよ。きっと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます