伊莉愛side

第3話 伊織伊莉愛(いおりいりあ)の場合

 暖かい陽射し。

 頬を撫でる風。

 チュンチュンと鳴く雛鳥の囁き。


 屋敷の外れにあるベンチに腰掛けるバカ柚希を私は部屋の窓からそっと見つめながら、耳を研ぎ澄ます。

 あいつがそこにいる目的はわかってる。

 あいつの考えることなんて。


「柚希お嬢様ー!柚希お嬢様どこですー!」


 ほら、来た。

 段々とバカ柚希に近づく慌ただしい声。

 バカ柚希を探してあちこち走り回って、大声でバカ柚希の名前を呼ぶ芹華の声。


 私は、芹華が好き。


 野蛮で下品で慌ただしくて、野暮で粗野で気品がなくて。


 そんな芹華を、私は独占したい。

 芹華のなにもかもを知りたい。


 バカ柚希だって私の気持ちに気づいているはず。

 なのに私に芹華を譲ろうとしないどころか、いつも芹華を求めている。

 芹華も嫌がることなく、バカ柚希と戯れる。


 許せない。

 私の芹華に触らないで。

 ありもしない色気を出さないで。


 私だけの芹華。


「あ!ゆず……お嬢様!また勝手に一人でこんなところまで。怪我でもしたらどうするんですか?」


「大丈夫ですよ、芹華。私に何かあったらいつでも芹華が助けてくれるでしょ?」


 二人の会話にむしずが走る。

 ムカつく。

 気持ち悪い。

 バカ柚希の分際で。


「柚希お嬢様。私だっていつ……いつでも柚希お嬢様の側にいる訳じゃないんですからね。私は伊莉愛お嬢様のお世話が主な仕事な訳で」


 芹華は来月にはいなくなる。

 バカ柚希には言わないで欲しいと芹華に頼まれているからなにも言ってないけど、はっきりと言ってしまいたい。


 芹華はもういなくなるの。

 あんたに愛想つかしてここを辞めるの。

 バカ柚希、全部あんたのせい。


 目の見えないあんたには絶対わからないでしょ。

 あんたのやらかしたことの責任を芹華が全部背負ったこと。

 あんたの代わりに芹華が責任取ってここを辞めなくちゃいけなくなったこと。


 芹華……

 私だけの芹華……


 バカ柚希のせいで芹華がいなくなるなんて耐えられない。


 バカ柚希に対する苛立ちと嫉妬。

 芹華に対する不条理な罪悪感。


 こんな気持ちにさせておいて、なにも言わずにいなくなるなんて……




 ……ズルい。




「わかってます、芹華。芹華は私より伊莉愛お姉様のことが大好きなんですもんね?」


「好きとか嫌いとかそんなんじゃありません。それに私達は女の子同士。そもそも私は仕事として働いてるんですからね」


「はいはい、芹華ったら。何をそんなにムキになってるの?」


 そうやってからかうのもバカ柚希の性格。

 本心を知られたくないから、わざと嫌みな態度をとる。


 そんなことするから、芹華はあんたが気になるのよ。

 ほっとけないのよ。

 全部、あんたのせいよ!


 私の芹華に触らないで!


「さ、もうすぐ昼食の時間です。早く来てもらわないと私が怒られるんですからね」


「ええ、でもその前に」


「わ!ちょ、ちょっと、ゆず!こんなところでダメだって」


「芹華ったら。私の部屋以外はちゃんと柚希お嬢様って呼ばないと」


 私の芹華に触らないで。


 あんたは知らないでしょ。


 芹華の肌の温もり。

 芹華の柔らかな胸。

 芹華の華奢な腰。

 芹華の白いふともも。

 芹華の背中のほくろ。

 芹華のおしりの型。

 芹華の舌の長さ。


 首筋を舐めた時の芹華の小さな震え。

 耳をかじった時の芹華の甘い声。

 舌を絡ませた時の芹華の糸を引く唾液。


 あの夜。

 あんたがいきなり私の部屋を訪ねたのは、芹華がいるのを感じたからでしょ?


 聞こえた?


 芹華の息づかい。


 匂った?


 芹華の汗の匂い。


 嫉妬した?


 芹華の吐息に。


 ねぇ、私達が何をしていたか、知りたいんじゃないの?


 言いたい。

 言ってやりたい。

 教えてやりたい。


 バカ柚希の絶望で悲しむ顔をはっきりとこの眼に焼き付けたい。


 ……でも、言えない。


 芹華に嫌われたくない。


「満足ですか?」


「えぇ、でも……」


「でも?」


「なんでもないわ、行きましょう」


「柚希お嬢様、杖は?」


「芹華。この手を握って私を連れていって」


「もー。今回だけですからね」



 そうやって芹華に甘えられるのも今だけ。


 だからあんたが芹華がいなくなることに気づくまで、気づいて絶望に震え苦しむまで待ってあげる。


 その目が見えるなら……


 一度でいいから……


 あんたに見せつけてやりたい。


 私にしか見せない、芹華のメスの顔を。






「ねぇ、芹華。今年の夏は海に行きたい。水平線に沈む夕陽をあなたと見てみたいの」


「きっと見れますよ。きっと」

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