第3話
バレンタインから一夜明けた2月15日の朝、俺はいつもより少し早く家を出る。
昨日、美緒は高瀬先輩に告白した。したはずだ。
放課後、作ったチョコを握りしめ、意を決した表情で向かっているその姿は、勇ましいとすら思ってしまった。
けれど、その後どうなったか俺は知らない。美緒からは、一切の連絡は来ていない。
便りのないのは良い便り何て言うけど、この場合もそれが当てはまるとはどうしても思えなかった。
学校へ向かって歩き初めると、電柱の影から見慣れた顔が出てくるのが見えた。美緒だ。
「おはよう。昨日は連絡しなくてごめんね」
きっと、しなかったのではなく、できなかったんだろう。泣いているところなんて、見せたくはなかっただろうから。そしてそんな俺の想像を後押しするように、美緒はポツリと呟いた。
「振られちゃった」
やはりそうか。それは、わざわざ聞かなくても分かりきっていた答え。だけどそれでも、いざ本人の口から聞くと、切なく思わずにはいられない。
なのにどうしてだろう。それを告げた美緒本人は、意外なほどにすすっきりしているように見えた。
「そうか」
こんな時、なんて言葉をかければ良いのだろう。実は昨日のうちから、ずっとそればかりを考えていた。なのにいざ本人を前にすると何も言えなかった。
「それだけ?慰めの言葉とかないの?」
だからそんな事を言われても困る。用意していた言葉なんて、今は全部吹っ飛んでしまっているんだ。
「それで、諦められそうか?」
やっと出て来たのは、そんな言葉だった。
「まだ分からない。でも、ちゃんと先輩に好きだって伝えられて良かったと思う。なんだかすっきりした」
そう言った美緒の顔は晴れやかだった。
「伝えられて、良かったか?」
「うん。結果は変わらなくても、伝えた方が絶対にいいよ」
「そういうものか」
そっけなく答えると、美緒はまた冷たいと言って頬を膨らませた。
それを見て、少しホッとする。この調子なら、吹っ切れるのにそう時間はいらないかもしれない。
そうしている間に、いつの間にか学校へとたどり着く。いつもより早く来たせいか、まだほとんどの生徒は登校前だ。
俺と美緒とはクラスが違うから、下駄箱を抜けた先の廊下で別れることになる。
「じゃあね。話聞いてくれてありがとう」
美緒はそう言って自分の教室に歩いて行こうとする。だけど、俺はそれを呼び止めた。
「待って!」
キョトンとする美緒に近づくと、俺は持っていたカバンを開け、中に入っていた包みを取り出した。顔が熱くなっていくのがわかる。
「やる」
それだけを言って包みを美緒へと差し出す。言葉足らずなのは分かっているけど許してほしい。なにしろ緊張して頭の中が真っ白になっているのだから。
「何これ?」
美緒はますます不思議そうにしている。
「一日遅くなったけど、逆チョコ」
「逆チョコって……えぇっ!」
美緒が驚きながら素っ頓狂な声を上げる。俺からそんなものを貰うだなんて思ってもみなかったのだろう。
それは、昨日家に帰った後、急いで作ったものだ。中身は美緒の家で作ったのと同じチョコブラウニー。
混乱している美緒の手に、強引にそれを押しつけた。
「俺、美緒が先輩のこと好きなら言うべきじゃないって思ってた。だけど、俺も美緒にちゃんと知ってほしいから言う」
本当は、この想いはずっと隠しておくつもりだった。だって美緒には他に好きな人がいるから。
だけど振られることが分かっていて、それでも気持ちを伝えようとする美緒を見て、俺もこのまま想いを隠し続けるのは嫌だった。
「好きだよ美緒。ずっと前から」
その想いはいつのころからあったのだろう。いつも近くにいた女の子を、気が付いた時には好きになっていた。お菓子作りだって、最初は美緒に作ってくれとせがまれたから始めたものだ。
だというのに。
「えっ……だって……樹が、私を……」
本人はこれっぽっちも気づいていなかったみたいだ。分かり切っていた事だけど。
「でも、私フラれたばっかりで……急にそんなこと言われても……」
「わかってる。昨日失恋したやつにこんなことするなんて、デリカシーないよな。でも、俺は本気だから。ゆっくりでいいから、考えてくれない?」
どんなに時間がかかったって良い。それでも、ただの友達だった今までと比べると大きな進歩だ。
美緒、お前の想いは実らなかったけど、俺の心を動かしたんだぞ。どうせ叶わないと思って何もしなかった俺に、それじゃダメだと教えてくれたんだぞ。
慌てふためきながら真っ赤になる美緒を、俺は見つめていた。
女子力男子は幼馴染のキューピッドになるか?【カクヨム甲子園バージョン】 無月兄 @tukuyomimutuki
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