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 さて二十を超え、右腕には針金の傷が二つ淡々しく見られるばかりとなった私が、かかる業火のような夜を思い出しているのは何故か?

 私は両親に、ごく真面目に育てられてきた。右腕の心配は長年続いた。数多の辞書を買い与えられた。大学にも通わせてくれた。朝、――その大学への行き道の駅だ。幅いっぱいに溢れるばかりで、止め処なく人々が下りてくる階段を、私は。その幾段か上った途中、ある一段の窄まった隅に、一匹のカナブンを見つけたのだ。下りて来る人波を全身に受けて――無数の肩にぶつかりながら、目に睨まれながら、憎まれながら、その彼らの足と足との隙間に、私は見つけた。怒涛に呑まれて喘ぎながら、私は見つけた。……私は見つけた、禁忌を犯しながら! カナブンはそこで動かなかった。明らかに死んでいるのだった……

 この死にたるカナブンが向後再見されることはもはやない、その誰かが、私のやるように人波に逆行しない限りは。

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血流 サイダー直之 @saitanaoyuki

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