⑤
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて二十を超え、右腕には針金の傷が二つ淡々しく見られるばかりとなった私が、かかる業火のような夜を思い出しているのは何故か?
私は両親に、ごく真面目に育てられてきた。右腕の心配は長年続いた。数多の辞書を買い与えられた。大学にも通わせてくれた。朝、――その大学への行き道の駅だ。幅いっぱいに溢れるばかりで、止め処なく人々が下りてくる階段を、私はただひとりで上っていた。その幾段か上った途中、ある一段の窄まった隅に、一匹のカナブンを見つけたのだ。下りて来る人波を全身に受けて――無数の肩にぶつかりながら、目に睨まれながら、憎まれながら、その彼らの足と足との隙間に、私は見つけた。怒涛に呑まれて喘ぎながら、私は見つけた。……私は見つけた、禁忌を犯しながら! カナブンはそこで動かなかった。明らかに死んでいるのだった……
この死にたるカナブンが向後再見されることはもはやない、その誰かが、私のやるように人波に逆行しない限りは。
血流 サイダー直之 @saitanaoyuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます