タピオカ流星群

かぎろ

タピオカ流星群

 ひとつひとつ、確認していく。とりあえずは五体満足だ。切り傷と擦り傷がいくつかあり、左脚には刺し傷もできていた。さすがに布団を先に落としてクッションにした程度ではこうなるのも当たり前だ。枝がけっこう深く突き刺さっている。血が止まる様子はない。

 痛みはあるが、鈍かった。

 痛覚も、触覚も、視覚も味覚も嗅覚も衰えたいま、鈍いとしても痛みがあるというのはむしろいい。意識を、まだこの世に縫い留めていられる気がする。


 私は植え込みから体を起こし、よろめきつつも立ち上がった。

 パジャマについた葉っぱを払い、周囲に人がいないかを確認する。

 それから点滴スタンドを左手に持ち、ゆっくりと歩き始めた。


 深夜の病院は穏やかだった。明かりがついている階もあったが、患者たちは寝静まっている。かといってしいんとしているわけでもなく、夏の虫がリーリーと鳴いていた。病院の敷地内は入院患者の憩いの場を確保するために緑化が推進されており、当然、虫も住むようになる。少々鬱陶しいが、そのおかげで三階の窓から飛び降りるのにピッタリな植え込みがあったのだということを思うと、まあいいかという気持ちにはなる。


 点滴スタンドをカラカラと鳴らしながら歩く。体が鉛のように重い。そういえばしばらく病室から出ていなかった。運動不足と、あとは……現在進行形での病状悪化。たぶん、いまの私の様子を動画に撮ったら、夜の病院に現れたゾンビとしてSNSでバズれるだろう。


 息切れがしてきた。めまいもある。

 限界が近い。

 当たり前だ、延命のための装置をあらかた外したのだから。

 でも、いま座り込んだら、一生起き上がれない気がする。


 遂には幻のようなものまで見え始めた。

 視界の端にみすぼらしい姿の誰かが映り、はっとしてそちらを見るが、何もない。

 今のは死者の亡霊だろうかという思いが生まれて、そんな自分の発想に辟易し、自嘲気味に笑う。


 三途の川が近いと、亡霊が見え始めるのだろうか。

 笑えない。


 一歩一歩、無心で歩き続け、遂に私は病院の敷地外へ出た。見たか、このやろうども。私は脱走してやったぜ。そんな威勢のいい言葉を内心で呟いて自らを奮い立たせる。しかし、視界の端にバス停のベンチが見えた時、糸が切れたようになって、そこに倒れこむようにして座ってしまった。


 ぐわんぐわん揺れる頭が落ち着くのを待つ。

 視界が定まり、少しだけクリアになる。

 それから私は夜空を見上げた。

 一等星が、ちかちかと光っている。


 八月の流星群を見てから死ぬつもりだった。それも、病院の窓から眺めるのではなく、心が自由でいられるどこか遠い場所で流星群を見上げたかった。あんな病院に閉じ込められて一生を終えるよりは、最期くらい、星を見たい。


 結局遠い場所にはたどり着けなかったけれど、病院が視界に入らないこの場所で、終わろうと思った。

 死ぬのは怖いけれど、窮屈な場所で死ぬよりは、ここがいい。


 ふと気配を感じて、私は右横を見る。


 木のベンチが少し振動し、きし、と小さく音を立てた。


 ベンチの右端に、女の子が腰を下ろしたところだった。


 その姿を見て私は、ぎょっとした。夏の制服を着ているから、近所にある高校の生徒だろう。それはいい。こんな時間のバス停に女子高生がいることも疑問だが、何より私が驚いたのは、その顔だった。

 顔というか、面。

 その女子高生は、狐のお面をかぶっていた。


「ん?」


 狐面の女子高生が、こちらを向く。金髪に染めたツインテールがふるりと揺れた。幻覚にしては、精緻だ。


「どーしたの、それ? 点滴?」


 女子高生は軽薄そうな声で言って、点滴スタンドを指さした。

 最悪だ。このままでは救急車を呼ばれる。私はひとりでゆっくりしたかったのに。

 働かない頭を働かせて、私は言った。


「病院から、こっそり抜け出してきたんだ。流星群を、外で見たかったから。秘密ね?」


 嘘は言っていない。情報を絞っただけだ。これで、女子高生は私が今ここにいることが秘密の冒険なのだと解釈するはず。

 女子高生は救急車を呼ぶ素振りは見せない。「おおー」と言って身を乗り出した。どうやら狙い通りだ。


「なんかいーね、それ! やばい!」

「やばい?」

「そーだよねー、うちも高校生になった時からだよ、そういう冒険みたいなこと始めたの。すごいわかるー!」


 私のどこを見て高校生だと思ったのだろう。確かに私は十六歳だ。でも、小柄で童顔だから、高校生には見えないらしいのだけど。


 女子高生が、ベンチの間を詰めてきた。すぐ隣に座られる。いまの〝やばい〟言葉で親しみを持たれてしまったのだろうか。失敗だったかな。


「名前はなんてゆうの?」

紗那さな

「紗那ちゃん! カワイイ名前! うちは樹利亜じゅりあ。大樹に、有利に、亜光速! みら高の一年生だよ! よろしくね!」


 狐面の不気味な女によろしくされても困る。早くどこかへ行ってほしかったが、意思に反して愛想笑いしかできなかった。


「でも、ほんとに大丈夫なの? 病気なんでしょ?」

「まあ、うん」

「もう暑いから、熱中症になんないようにしないと。あ、これのむ?」

「これは?」


 タピオカミルクティーだよ! と樹利亜は言った。

 プラスチックの透明なカップの中に、ミルクティーと、底に沈んだタピオカがあって、太いストローがささっている。


 ネットの情報でしか知らないが、いま、女子高生の間でタピオカミルクティーが流行っているらしい。タピる、という流行語も生まれているようだ。本当にいるんだな、タピってる女子。


「知ってるっしょ? カワイイよねタピオカ!」

「可愛いかはわからないけど……」

「えー、わかれよー」


 けらけらと笑いながら、樹利亜は狐面を少し押し上げて、下からストローを咥える。ちゅー、と吸って飲んだ。それから唇を離し、こちらに差し出してくる。


「とりま飲んでみ? おいしーから!」


 受け取って、ストローをまじまじと見る。間接キスだけど、いいのだろうか。ちらりと樹利亜に目をやると、彼女は小首を傾げた。私は仕方なく口をつけ、飲む。


 そして、自分の味覚が既に機能していないことを思いだした。


「どお?」

「……うん。おいしい」

「でしょー? ほんとはこんなファミマのじゃなくて、渋谷とかに行けばもっとカワイイのあったんだけどねー。タピオカって、もちもちのむぎゅむぎゅで、クセになっちゃうよね」

「そうかな」

「それに丸っこくてカワイイし! あ、でも星形のタピオカがあってもカワイイだろうな~。流れ星みたいな!」


 私は、はは、と笑ってカップをベンチに置いた。もう軽いカップを支えていられるほどの力すらなかった。

 バス停の近くに街灯が少ないのは僥倖だ。

 辺りが暗いおかげで、樹利亜が私の真っ青になっているであろう顔に気づかないから。


「流星群、楽しみだね!」

「樹利亜も星を見に来たんだ」

「うん! そろそろかなー?」

「時間的には、もうとっくに始まっていてもおかしくない」

「まじ!? やばいやばい!」


 隣で樹利亜が夜空に目を凝らしている。そんな彼女を私は見つめる。顔はお面に覆われていても、金髪ツインテールのうなじや、半袖から伸びる腕を見れば、彼女の肌が綺麗だということはわかった。きっと毎日かわいさを追求しているのだろう。私はいつの間にか樹利亜を追い払うことを諦めていた。


 瞼が閉じそうになるのを必死でこらえる。


 泥となって地球の重力と一体化するような感覚と、空気になって遥か宇宙に吸い込まれていくような感覚があった。相反しているが、分離するようなその感じが、私にはどこか心地よい。身をゆだねてしまいそうになる。

 けれど……まだ私は流星群を見ていない。

 まだこの世に留まっていなくちゃならない。


「流れ星が流れたらさー」


 朦朧とする聴覚で、樹利亜の声だけは聴き逃すまいとする。


「やっぱり、お願い事するの?」

「そう……だね。でも、間に合わない。流れ星って、すぐに、消えちゃうから……」


 ずっとそうだった。

 大切なものはたやすく消えていった。

 青春や、夢や、友達も、私の心には既にない。こんな難病にかかった以上、青春は仕方ないと諦めることはできた。だから最初は普通の暮らしができるようになりたいという夢を抱いていたけれど。お見舞いしてくれる友達がいなくなり、私も、夢をいつの間にか捨てていた。


 体の芯までもが絶望に負けてしまいそうだった。

 そうなる前に、美しく死にたいと思った。


「そっか。じゃあさー」


 樹利亜の声が前から聞こえる。いつの間にベンチを立っていたのだろうか。すべての感覚が鈍麻している。


「じゃあ……?」

「流れ星はすぐ消えちゃうから……うちにお願いごとしていーよ!」


 何を言い出すのか、と思う。もしかして笑うところなのか。


「何でもいいよ? 彼ピが欲しいとかー、お金いっぱい欲しいとかー、おいしいもの食べたいとか!」


 そうすることに意味はあるのだろうか。だいたい、彼ピって何だ。女子高生用語のひとつだというのは認識しているが、生で聞くのは初めてだった。

 私は戸惑いつつも、震える口を開かせる。


「私……は」

「うんうん」

「そうだなあ……。友達が……」

「友達が?」

「友達が……欲しい」


 脳裏に浮かぶのは、もう永遠に会えなくなった友達。


 白い病室で、ずっと孤独だった。話し相手といえばナースと医者と花瓶の花くらいだった。そんな毎日のなかで、唯一、日曜日になると来てくれる友達がいた。趣味は地味だけれど、笑顔はとびきり素敵な女の子。彼女は幼稚園生の頃からの友達で、小学二年生で私が入院してからずっとお見舞いに来てくれていた。中学の頃、受験で忙しくなって、毎週は来られなくなったけれど、それでも折に触れてお土産話を持ってきて、殺風景な病室に笑い声を響かせてくれた。

 何もない、虚無の闇の中で、あの子だけが光だった。あの子がいたから、こんな人生でも、悪くはないと思えたのだ。


 そして訃報が届いた。

 交通事故だった。

 四月の桜が散っていた。

 私は確か、四ヶ月前のその日に、流星群を見ようと決意したんだったと思う。


「きゃはっ!」


 樹利亜が甲高く笑った。

 特徴的な笑い声だと思った。


「もうそれ叶ってんじゃん! 友達がほしいって、うちら、もう友達っしょ?」


 私は樹利亜を見た。


「うちは紗那ちゃんのこと友達だって思ってるよ? 紗那ちゃんも、そーでしょ?」


 屈託のない、樹利亜の声色。

 心の距離を詰め過ぎだろう、と思う。


 私はその時、一瞬だけ、意識を手放しそうになった。


 ぐっとこらえて、手繰り寄せる。まだ死ぬわけにはいかない。流星群を見るのだ。しかしなぜ、今、私は気を失いかけたのか。まあそれはともかくとしてだ。ずいぶんと馴れ馴れしい子だな。そんなふうにずけずけと他人の領域に入ろうとするなんていうのは、ある意味才能だけれど、だけれど、そんなのは、良くない、と、思う。


「どーしたの、紗那ちゃん。おーい?」


 樹利亜が私の目の前で手を振る。私は返事を返そうとするが、何を言うべきかに迷う。私は何を迷っているのだろう。言えばいい。馴れ馴れしくするなと。私は距離を詰められすぎるのが苦手なのだと言えばいい。言おう。言うぞ。

 言うぞ。

 言う……


「ええっ!? さ、紗那ちゃん泣いてる!? どこか痛いの!? 病気のせい!?」

「泣いてない」

「え、でも……泣いてるよね?」

「うるさい。泣いてない」

「でも……」

「それより、友達が欲しいがダメなら、ほかの願い事にする」

「あ、あの……」


 私はキッと樹利亜を睨んだ。樹利亜は「あうっ」と変な声を出して、叱られたように肩を縮めた。


「う、うん……。じゃあ、願い事、言ってみて? なーんでも叶えちゃうよ!」


 それを聞き、息を吸って、吐く。


 私は十六歳。


 女子高生の歳だ。


 そうなったからには、もっと華やかなことをしたかった。


 可愛いネイルをしてみたかったし、制服のスカート丈を詰めてみたかったし、甘酸っぱい恋だってしたかった。本当なら、女の子として一番軽やかでいられる女子高生としての時間を、一分一秒だって無駄になどしたくなかったのだ。おしゃれな店のパンケーキだとか、渋谷のクリームたっぷりクレープだとか、あまいタピオカミルクティーだとか、そんな思い出の食べ物を友達とシェアしてきゃあきゃあ話をする、そんな絵空事を描いていた。


 諦めていた夢だ。

 叶うはずがなかった夢だ。

 結局、叶うことはなかった。

 失ったし、得られなかった。


 そんな私のもとへ、最後の最後に、樹利亜が現れたのだ。


「私には……友達が……いたの」


 朦朧とする意識の中で、ひとつひとつ、紡ぐ。


瑠璃るりちゃんっていってね。思い出を、大事にする子だったの。私と同じ、目立たない子で……だけど笑顔は可愛くて。地味だけど、私といる時は、すごく元気な子だった。それに、詩的な……でもどこか核心を突いた、格好いいことを言ったりもする子で。ちょっと格好つけすぎて、芝居がかったりもしてたけど……憧れだったな」


 視界がぼやける。泣いているからではない。泣いてない。

 仮に泣いていたとしても、それに関係なく、視覚が弱まり始めていた。


「中学生になって……瑠璃ちゃんは、忙しくなった。吹奏楽部は、土曜も練習があるって言ってた。お見舞いにあまり来れなくなったのも仕方がないと思う。三年生になると受験勉強も始まって、ますます来れない日が続いた。だけど……やっぱりたまには来てくれて。……嬉しかった。最後に来てくれたのは三月の十二日……私の、誕生日」


 虫の声も遠くなってきた。聴覚が鈍い。樹利亜の息遣いも聞こえなくなって、心細い。

 でも言わなければ。


「でもその日は、私の病状が悪くて……面会できなかった。誕生日のお祝いのために、瑠璃ちゃんが持ってきてくれた手紙。あの後、全部読んだよ。嬉しかった。返事をしたかったけれど……あれから……ずっと調子が良くなくて。だから、ここで、言うね。願い事と一緒に、言うね」


 私は樹利亜を見た。

 私は、わざわざ顔を隠すために狐のお面をかぶった、女の子を見た。


 その子はきゃはっという笑い声が可愛い子だった。

 その子は元々は地味だったけれど、私といる時の元気を他の子の前でも出せばもっと明るくなれるはずの子だった。


 心の距離を一瞬で縮めてしまえるくらい、強くて、優しい子だった。


「やっと言える」


 弱々しく震える手を伸ばし、私は彼女の面を外す。


「瑠璃ちゃん」


 私は笑った。

 この四ヶ月間ずっと笑えてなかったのによくこんな自然に笑えたな、と自分で思った。


「あなたと、最後まで一緒にいたい」

「あ……」

「瑠璃ちゃんって、髪を染めても可愛いんだね」

「あ……あう……」

「瑠璃ちゃん? 泣いてるの?」

「泣いてない……」


 瑠璃ちゃんがぽろぽろ溢れる涙を手の甲や手のひらでぬぐう。


「紗那ちゃんが泣いてないなら、わたしも、泣いてない!」

「私は泣いてるよ」

「じゃあわたしも泣いてる!」


 目が霞んだ。泣いていることはもう認めてもいい。私と瑠璃ちゃんは見つめ合った。ぐしゃぐしゃの顔を必死になって引き締めようとして、でもそれは無理で、笑いながら泣いた。


「どうして……」

「んぅ……?」

「どうして、他人のフリをしていたの? 樹利亜なんて名乗って……ノリもチャラい感じにして、お面もつけて。最初……全然、気づかなかった。まさか、自分が幽霊みたいな存在だから……私が怖がると思ったわけでも、ないでしょ?」


 瑠璃ちゃんは、「あはは……」と頬をぽりぽりひっかいて、目を逸らした。


「……でもさ、紗那ちゃん。小学六年生の頃、わたしが怖いおばけの話をしたら、病院のベッドでお漏らししたよね」

「もう私十六歳だから! もう大人だからっ!」


 どうやら本当に、私が怖がらないように樹利亜を演じていたらしかった。熱くなる頬を感じて、まだ私は生きていると確かめる。


「もちろん、頃合いを見て正体を明かすつもりだったよ。でもどうして、わたしが瑠璃だってわかったの?」

「笑いかたかな……」

「なにそれ!?」

「瑠璃ちゃんは……きゃはっ、っていう笑い声がチャームポイントだから」

「いつわたしそんなふうに笑ったっけ!?」


 相変わらずの瑠璃ちゃんだった。大げさに思えるくらいに、元気に振る舞うところを見て、懐かしさに安堵する。

 また意識が飛びそうになった。

 どうやら私は、安心するとついまどろみの誘惑に屈しかけてしまうようだ。踏みとどまっていると、瑠璃ちゃんが「あのね、紗那ちゃん」と落ち込んだ声で言った。


「ごめんね。ずっと謝りたかった。憧れの高校に入って高校デビューもできたわたしを見て欲しかったのに。わたし、車に轢かれて死んじゃった」

「でも……また会えた」

「……うん」


 穏やかな夜風が吹く。

 バス停のベンチに、ふたりきり。


 私は今、死にかけている。彼岸が近くに迫っている。

 だから、死んでしまったはずの瑠璃ちゃんに、また会えたのだろう。

 そして奇しくも、瑠璃ちゃんの声が、私を此岸に縫い留めていてくれる。


「たくさん、話したいことがあるの」

「私も」

「何から話そっか?」

「今、喉がすごい渇いてる」

「えー! 飲んで飲んで!」

「よりによってタピオカミルクティーか……。いいけど」

「あ、ねえ知ってる? タピオカブームってこれが初めてじゃないらしいよ!」

「そうなの?」

「いつだか忘れたけど大昔に第一次タピオカブームがあって、ちょっと昔に第二次があって、今年のは第三次なんだって~」

「いろんな時代のいろんな女子高生が……こうして、タピってたのかな」

「わたしたちみたいにね!」

「でも流行っていうのは廃れるし……この第三次も、終わるんだろうね」

「あー……それってちょっとさみしいかも。……あ! でもでも!」

「でもでも?」

「タピオカブームがなくなっちゃっても、一緒に飲んだ思い出は、消えないよねっ!」

「…………」

「……あれ? 紗那ちゃん?」

「……私、瑠璃ちゃんのそういうところが、好きだよ」

「えええっ!? す、好きって……照れるな~えへへへ……」

「あっ」

「え?」

「今、何か光らなかった?」

「あー、今のはバス停の灯りがチカチカしただけ」

「そっか……流星群じゃないのか……。かなり小さな光に感じたけど……」

「え……紗那ちゃん」

「ん?」

「もしかして……もう、目、あんまり見えてないの?」

「ああ……まあ……うん」

「そう、なんだ……」

「……」

「……」

「……」

「……紗那ちゃん」

「うん?」

「今、わたし変顔したんだけど」

「どんな?」

「こんな」

「見えないってば」

「……ぷっ」

「くくくっ……あはははっ」

「あははははっ! きゃはっ! あははははははっ!」

「って、話したいことがあるんじゃなかったのかよ」

「そうだった! えーと、えーと……」

「あ、また光った。……でも、ただの電灯か」

「……紗那ちゃん」

「何? 話したいこと決まった?」

「そうじゃなくて! 紗那ちゃん、上見て上!」


「上?」


「ほらっ!」






 急かされた私は、ありったけの力で首を動かし、夜空を見上げた。


 昼になったのかと思った。それくらい眩しかった。


 夜空を、青白い光が尾を引いて横切っていく。


 流星群だった。


 幾条もの光は闇を裂いて煌々と私たちを照らした。


 現れては消え、消えては光る。


 私の目でも感じ取れるほどの、絶大な光。


 これはどうしたことなのだろうか。


 隣で瑠璃ちゃんが騒いでいる。やばい、やばいとしきりに飛び跳ね、私の体を揺する。


 無限の光は夜を輝きに変え、私と瑠璃ちゃんの瞳に星を散りばめた。


 これはどうしたことなのだ。


 宇宙からやってきた星の粒は、きっと、いま夜空を見上げるたくさんの人々の瞳に降り注いでいる。そして彼らは、この燦然と輝く夜空を目に焼き付け、一生忘れない。


 そう、忘れることはない。


 流星とは一瞬にして燃え尽きてしまうものなのにだ。


 私は腑に落ちた。これがどういうことなのか。


 これは、私の……


 思い出の光。


 いつの間にか瑠璃ちゃんは騒ぐのをやめていて、そっと私の手に手を重ねてくれた。


 私と瑠璃ちゃんは指を絡ませ、同じ夜空を見上げる。


 タピオカブームがなくなっても、一緒に飲んだ思い出は消えない。


 そうだね、と私は微笑む。











 タピオカの流星群が降る。


 流れ星の光は一瞬で消えてしまうけれど、心には残り続ける。


 決して、消えない。

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タピオカ流星群 かぎろ @kagiro_

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