虹の園ノ三
「もういいですか?」「どう?」
屋上から覗く先程の視線には気付かず、建物の陰から周囲を伺う
何かに怯えるように寄り添い手を重ねている、怖い思いでもしたのだろう
元々、表を好まない二人を更に奥へと追いやった者はもういないようだ
胸を撫で下ろすと視線を一つに合わせる
重なる手を振りほどくほど嫌いなら一緒にいなければいいのに
金色の髪が首の動きに合わせて舞うと、顔の赤い小さな子が寂しそうに俯く
「喉渇いた、何か買ってきて」取り出した大きな財布を開くと
ジャラッと音を立てたその中から一番大きなコインを渡す
「何がいいですか?」「何でも、あんたと同じのでいい」
「私はさっきお水飲んだので...お水汲んできますか?」
「...ん?ううん...タピオカでいい」「タピオカ?...ぁぁ、飲み物なんですか?」
「...ん?」先程の独り言はそういう事だ
そうだけど...厳密に言えば違うけど...一般的にはそういう認識だけど...
頭の中で初心者にする説明文を探す、が
「いいから買ってきて」自分で渡したコインを奪い取ると
再び開く大きな財布から出てきたのは緑がかった一枚の紙
それを渡すとあっちに行けとあからさまに相手を嫌う
それなら一緒にいなければ...
トテトテと離れていく少女が戻ってくるのに時間はいらない
「タピオカには色んな味があるみたいです」「そ、普通でいい」
「ソフツー味ですね」「違っ、私はミルクティー味」
「ミルクティー味ですね」「はぁなんか喉乾いてきた」
「あっ五百円で足りるみたいですよ」「いや、あんたの」
「え?私はさっきお水...」「あ~ぁもぅ、やっぱ私も行く」
仲がいいのか悪いのか、払ってみたり繋いでみたり
二人は横並びで露店の列に並ぶ...
*
「これがタピオカ、これ蛙の卵みたい...違いますよね?」
「うるさい、デンプンの塊」「ごめんなさい...怖いな」
「あんたが変なこと言うからでしょ、ったく」
「ストローもう少し細くしないと入ってこないですか?」「...うん?」
「ぎゃっ」「いった~っ」「ビックリした」「...タピオカ」
二人の目の前で事故は突然起きた
文化祭で舞い上がり走り回る生徒同士の衝突事故
一人はその勢いで転んでしまった
立ったまま固まる二人の前で、背の高い子が小麦色の子に手を差し出す
「ごめんねよそ見してて、あっケガ」「いつつっ、ごめんなさ~い」
差し出す右手につい出された右手はギプスにくるまれていた
お互いに左右を入れ換える顔は少し赤く、立ち上がった後の口元は緩む
「ごめんね、大丈夫?」相手の顔と手を往復する視線
「ごめんなさい、大丈夫」相手と自分を往復する視線
二人を放置して進む会話の対処法は沈黙
しかし怪我をした子が切り出した話で事態は「四人」へと動いていく事となる
「そうだ、川藍ちゃん見なかった?」「かわいちゃん?友達とはぐれたの?」
「違う、アナウンサーの」「あーOGの、えっいるの?」
「そうそう、でも見失っちゃって」「へぇでも見てないな」
「そっか~、どっかに人だかりでも出来てないかな?」
「あ~人が多い所はやめといた方が」「ん?何で?」
「さっきね変質者がいたの」「変しっマジで?」
「なんか鼻の下伸ばしてコッチ見てた」「うわぁキモッ」
「友達が盗撮だ~って叫んだら逃げてった」「うわぁ撮って...どんな奴?」
「顔?ん~カメラマンみたいな」「どんなwってかカメラマンじゃない?そいつ」
「あっ」沈黙は自ら破ってしまう
この距離で人形のように放置された自分の存在が初めて認識される
「星井さん、だよね?知ってるの?」「ぁ、ぃゃ」
「そいつ見たの?星井さん」「ぇっと」
手を降り友達に助けをこうが「...」
このうつ向き黙る子が、言葉のラリーをモノともしないこのペアに立ち向かえる
はずなど無い
突然ダブルスの試合に放り込まれた素手の初心者
飛んでくる羽に出来る事は...ただ首を振る事だけだった
「見てないか~多分一緒にいるんじゃないかと思うのだよ、私は」と腕を組む
「文化祭は取材有りと言ってた山中部を思い出したのだよ、私は」と指が立つ
「変質者はそっちだw」「偽物の影から本物がw」
この二人はシングルでも強い、かつ誰とでもすぐペアを組める
「カメラに少し映ったかも」名推理とは全く関係無い素振りさえ打てない私たち
初心者は、やっぱり物陰に隠れて二人で練習するしか...ん?
うつ向くというより下を見る手には、いつの間にか飲み干された容器がある
そして地面には水溜まり
私の推理が正しければ...
「もしかしてさっき溢したの?」「ごめんなさぃ、せっかく買ってもらったのに...
タピオカ飲めなくて」今にも泣き出しそうな顔で言う
「ぅぉっ、えと」普段見せないその顔に、自分でも動揺してるのがわかる
「あーごめんね私たちのせいで、初めて食べるの?でもタピオカってその残ってる
黒い粒の事だよ」この人は強い処かプロかもしれない
会ったばかりの人を「たち」で括り、初心者への説明も流れるように美しい
「へっ?」今にも降りだしそうな雨雲に、一筋の光が差したようだった
*
「じゃぁね」いつの間にか三組の四人はそれぞれの方へと歩き出す
スレ違ういくつもの色は絡み合い、彼女たちを思い出の中へと閉じ込める
回り続ける灯籠の中を...いつまでも笑ったままで
彩飾の檻 阿鼻衣ケイスケ @avyksk
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