とてもシャイな肉片

韮崎旭

とてもシャイな肉片

 でもあなたは、でもあなたが、できそこなったから肉片に分解したんです。肉片に分解したんです、解体したので、肉片ですよあなたは。で何か言うことがあるんですか?


 俺は肉片に語りかけた。あたりは人間の7割を占める水分が豊富な血液でびちゃびちゃだ。浸水しており、しけてしまいそうでマッチをする気になれずライターで煙草に火をつける。


 でもあなたは肉片ですよ、あなたの希望にかかわりなくお前は肉片ですよ、なにか言いたいんですか? 黙っていても伝わりませんよ、幼年期の終わりなんです。

俺はそのしけた肉片に話しかけた。あたりは人間の18%前後を占めていそうな脂質で豊かに彩られてもいた。厄介なその湿ったつややかさを見やると俺は何かを読み始めた。


 「縊頚 自殺においておく見られる死亡方法でもあるが、自為か他為科の鑑別はより重要な死因でもある。定型的縊死においては……」


 

 なあ、あなたは肉片ですよ、私が解体しました。いつまで原稿用紙を夢見ているのでしょうか? なあ、いうことがあるなら言語化して発声してくれよ、実はすごくシャイなんですか? 実はすごく人見知りですか? そういえば肉片になってからというもの、黙ってばかりですね。立ち話もなんですから、ここはちょっとお茶でも。

そういって俺はマッチはしけていたのでライターで煙草に火をつけ缶コーヒーの蓋(ボトル型の缶なので、ふたがついており、持ち運びに便利。たぶんほかにも何か利点があるとは思うが、とっさには思いつかない)を開けてから肉片に語りかけた。水分が豊富そうな筋肉やその他の管腔臓器や実質臓器が無節操に散らばっておりその生々しい光景はそれを見ている俺を若干うんざりさせ、俺から食慾を奪ったが、俺は構わず肉片に話しかけることにした。どんな相手でも、此方から積極的に、心を開いてコミュニケーション。


 でもあなた、なぜ肉片のままで黙っていますか? コミュニケーションの意思の否定でしょうか? あなたは人嫌いでしょうか? なぜ肉片の分際で人嫌いとは結構なご身分だな、え? 厭世的なのが気取り屋のポーズだとでも思ってんのかこの肉片が、おい聴いてんのか生ごみ、おい、聞いてんのか、ふざけやがって、貴様の血で壁を塗り替えてもいいんだぞ、お前の部屋のな! 人を小ばかにするのも肉片の分際で結構なご身分だな、おい? 聞いてんのか? あなたは肉片ですか? あなたは肉片の分際で厭世的なポーズが壁を塗り替えてもいいんだぞ、お前の血でな! え? この肉片が。聞いてんのかって聞いてんだよ、さっきからずっと黙ってらっしゃいますが、実はとてもシャイなのだろうか? 人見知りだとか。この肉片が、ふざけやがって、切り刻むぞコラ、聞いてんのかって聞いてんだよ肉片に分解されたくないのならなんとか言え、この肉片が!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とてもシャイな肉片 韮崎旭 @nakaimaizumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ