第7話

 僕はララと別れてから出会系サイトを利用しなくなった。今までの主目的が割り切り目的の女と出会うことからララの動向を追うことに変わっていたから。そのララがいないのでは目的がないに等しい。

 尤も名前を変えて、更には規約をかいくぐって、また出会い系サイトの中にいるのかもしれない。しかし僕にそれを知る術はない。互いの連絡先をと交換したメッセージアプリにも一切の返信が来ない。


 もう9月になり巷の中高生は学校が始まった。ララがちゃんと家に帰って、真面目な生活を送ってくれているのなら何も文句はない。それ故に割り切り目的のメッセージアプリには見向きもしなくなったとか。あるいは、そのメッセージアプリをアンインストールしたとか。僕からのメッセージは送れるからアカウントは残っているはずだが。


 しかしやはりそれはそれで落胆を示す自分がいる。尤もララとのメッセージは僕の犯罪の履歴となる。つまりれっきとした証拠だ。だから残っていないことこそ僕は保身に走れるのに。

 それなのに僕はララを気にしている。もうすでにララと肌を合わせたあの晩から一週間以上が経過したのに、時々仕事が手に付かなくなることもある。忙しくて集中している時は問題ないが、ふとした隙間時間にララを思い出す。ちょっとした煙草休憩の時にララが脳裏をかすめるのだ。

 元気でやってくれていればいい。今頃高校に行っていて、授業を受けていたり、学校の友達と笑って談笑していればいい。しかし僕はそれを知ることができない。


 僕はララを泊めたことで、そしてララと援助交際をしたことで犯罪に手を染めた。刑事罰を受ける犯罪だ。しかしその意識は希薄である。

 時々いつ警察が踏み込んで来るのかなど不安に駆られることはある。もし万が一、ララが補導でもされていてスマートフォン内のアプリの履歴を集められていたら、僕に言い逃れはできない。今はその証拠集めで、それが終わったら警察が自宅にやって来るのではないかと思うと、目の前が真っ暗になる。


 しかしララと音信不通になったことばかりを気にしていて、その不安に駆られる時間は圧倒的に少ない。僕は犯罪に対する意識がこんなにも低かったのだろうか? 例えば相手がララでなければ、犯してしまった行為ばかりを後悔して、毎日摘発の不安に怯えていただろうか?

 そんなことを考えてみるが、答えなど全く出てこない。


「西舘さん?」

「え?」


 すると突然隣の席から声がかかる。いきなり現実の世界に引っ張り戻されたかのように虚を突かれ、半ば呆けた表情で僕は隣を見た。


「最近どうしたんですか? またこの世の終わりみたいな顔して」


 そこには眉尻を垂らして僕を見据える後輩の男性社員がいた。僕はそれほどまでに絶望的な表情をしていたのかと、言われて初めて気づく。完全に仕事の手は止まっていたようだ。

 しかし彼の名前はなんと言っただろうか? いや、わかる。考えるまでもなく知っている。もう何年もこうして隣の席で一緒に仕事をしてきたのだから。それなのにそんな疑問が一瞬浮かぶほど、僕の他人に対する興味は薄れているのだろうか?


 これも出会い系サイトを頻繁に利用していた副産物なのかもしれない。しかしそれならばなぜララのことはこうも気に掛けるのか? 泊めたこと以外、他の女たちと同じことをした。ただ相手が法に触れる年齢ではあったが。

 そう、法に触れる年齢だ。だからこそ僕は自分の今後を心配しなくてはならないのに。尤も心配したところで何かが変わるわけではないが。警察にバレれば事情を聴きに来るし、何もなく五年経てば時効だ。それは僕がどうこうできる話ではない。


「あぁ、すまん」


 とりあえず後輩にはそれだけ返して、僕は仕事の手を進めようと目を戻した。その時に後輩が自分のスマートフォンを手に持っているのがわかった。彼は最低限の仕事は卒なくこなすが、できるだけ自分に多くの仕事が回ってこないようにする節がある。良く言えば要領がいいのだが、大方今もスマートフォンで遊んでいたのだろう。


「お! また日本人選手がメジャーで活躍してる」


 やっぱり。どうやら今はニュースサイトかニュースアプリを開いているらしい。遊んでいないで仕事の手を進めてほしい。要領がいいのだから、ぜひともその能力は業務量を多くこなすことに割いてほしい。


「お! 犯人捕まったんだ」


 そんな呆れた思考を持ちつつ僕が仕事に集中し始めると、後輩はまたも仕事とは関係なのない話題を出す。どうやら違うニュースに移ったようだ。彼が最低限の仕事しかしないから、何かと僕の残業が増えることもあるのに。


「ひえぇ、自宅から三人の女の遺体らしいですよ? 西舘さん」


 僕の名前まで口にするから明らかに話を振られている。先ほどまでぼうっとしていた僕も悪いが、仕事をしろよと内心呆れつつ彼の話に付き合ってやる。


「何の事件の記事を見てるんだ?」

「あれですよ、あれ」

「あれじゃわからん」

「インターネットで出会った男三人が一人の女性を拉致して殺し、死体を遺棄した事件ですよ」

「あぁ、主犯格の男だけ捕まってなかったやつ?」

「そうです、そうです。その主犯格が捕まったらしいです」


 一応彼の話は耳に入れている。しかし目の前は仕事なので、特段興味を示すこともなく、僕は業務に集中していた。


「なんでもその男は、一人でも犯行を重ねてたみたいで。しかも一軒家に一人で住んでるらしくて、自宅の庭に女三人の遺体を埋めてたらしいです。更に言うと、その一軒家が隣の市です」


 そんな身近な場所で凶悪犯罪があったとは恐ろしい。しかし現実味は湧かない。そう、いくら隣の市とは言え、所詮は他人事なのだ。だからこれから僕が口にする疑問は野次馬根性以外の何ものでもない。


「埋められるような遺体がなんで事件発覚と同時に女ってわかるんだろうな?」

「服装らしいですよ?」

「服は着せてたんだな」

「まぁ、燃やすのも目立つし、一人暮らしの男だから、女物の服が出てきても不振だし、着せて埋めたんじゃないですか?」

「ふーん。そんなものか」


 あるいは、服を着たまま殺してそのまま埋めたのかもしれない。


「あ、でも一体はまだ死後数日程らしくて、推定年齢十三歳から十八歳って書いてます」

「若いのに気の毒だな」

「まったくそうですね」


 そんな言葉を交わすが、僕の思考はすぐ全てが仕事に向いた。後輩もスマートフォンをポケットに突っ込んだようで、仕事に意識を変えた。それからの後輩の集中力はなかなかのもので、願わくはそれを定時間続けてほしいと切に願う。

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少女は今日も出会い系サイトにいる 生島いつつ @growth-5

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