第6話
翌朝はいつものように出勤だ。夜も更けてララを風呂に入れ、僕は寝室のベッドに入った。ララはリビングに敷いた布団で寝てもらっている。
恐らくだが、同年代の男子から見ればララは可愛いと言われる女子生徒なのだろう。と言うことは、若年層を趣向している男からしたら願ってもいない少女だと思う。
所謂ロリコン。僕はその趣向がなかった。しかしララと出会ってから彼女を気に掛け、そう言った趣向が芽生えたのかと自己嫌悪する。ただ幸なことに恋愛感情はない。だから執着することもない。
それでも僕はララのことを気に掛けている。何が自分をそうするのか、全くもって理解できない。
ララは家出に対して卑屈な様子がない。誰かに対して、特に家族に対しての恨み言も口から出ない。そもそもどういう家族構成なのかも知らない。もちろんどこの高校に通っているのかも知らないから、友達のことも知らない。つまり僕は彼女のことを何も知らない。
そんな関係の薄いはずの少女が、引き戸を隔てただけの隣の部屋で眠っている。同じ家の中にいる。なんとも不思議な感覚だ。色々なことを考えるが、こうして考えていることこそ、僕がララに興味を持っている証拠だということははっきりわかる。
すると摩擦音を伴って引き戸が開いた。どちらの部屋も照明は常夜灯にしているので、光が差し込むことも漏れることもない。専ら音だけで察知した。
「どうした?」
ほとんど暗い部屋の中、僕は首だけ起こして小声を発した。するとシルエットと化したララが引き戸の向こうに立っているのがわかった。表情はまったく認識できない。
「なんだか眠れなくて」
「そんなことないだろ?」
僕がこう言った根拠は、しばらく泊まるところも見つからず街を徘徊していたララだから、寝不足であることを知っているが故だ。
「眠いはずなんですけどね」
ララは消え入りそうな声で答えた。どこか遠慮を感じる。
「そっちに行ってもいい?」
さすがにこのお伺いに対しては迷う。僕はすぐに返事をすることができなかった。するとララが言葉を繋いだ。
「布団毎持ってきて、イチロウさんのベッドの隣に敷いてもダメ?」
「…………それなら」
それでもいいわけがないのに、消え入りそうなララの声が僕に不安を与え、そしてララから不安を感じ、もしそれが間違っていないのならどうにかその不安を解消してあげたいと思った。
ララは僕が答えてすぐ一度リビングに消え、引き戸を大きく開けると布団を引きずってベッドの隣に敷いた。十五歳の女子高生を相手に、同じ部屋でしかも隣同士で寝るなんて、僕はどうかしている。それでもベッドと布団の高低差だけが目線をずらしてくれるので、それが言い訳を正当化してくれるようだ。
ララは運び込んだ布団で横になると僕を向いたのがわかった。それに倣って僕もララを向くと、暗いながらも互いの目が合った。高低差の言い訳はものの数秒で無に帰した。
「イチロウさん、面倒見てくれてありがとう」
「おかげでいつ警察が踏み込んで来るか、これから時効までビクビクした生活を送らなきゃならんよ」
恨み言で返してやったが、小さな声でクスクス笑うララが憎たらしい。ただ、欲の利害が一致した出会い系サイトの住人であるはずのララなのに、今は黒光りしたその瞳が澄んでいるように見える。
「ここまで面倒見たからもう聞いてもいいよな?」
「なにを?」
「なんで家出してんだ?」
「それは……、単純に家が嫌いなだけですよ」
とのことらしい。しかしそんな理由で夏休み中に一度も帰らない家出を続けるものなのか? 僕にはそれが解せない。まぁ、いい。ララからはこれ以上話したくなさそうな様子が窺えるので、もう詮索しない。
「イチロウさんは優しいね」
こうして面倒を見たことを言っているのだろうが、冗談じゃない。本当に優しい人間なら自分を殺して殺して、自己主張などせず相手に合わせるはずだ。それくらいの器の大きさがあれば、性格の不一致なんて理由で離婚はしない。
「イチロウさんと一緒にいるのは居心地がいいからずっとここにいたいな」
それこそ冗談じゃない。僕には仕事がある。離婚は民事のことだが、今僕がしていることは刑事罰を受けかねないことだ。職すらも失ってしまうし、そうなると別れた子供の養育費だって払えなくなる。
「ごめん、冗談だよ。これ以上は甘えないから安心して」
声は穏やかだが、どこか慌てて言い繕った感じがした。
ただこれで少しだけわかった気がする。ララは自分の居場所を求めているのだ。確かにそれは子供とも言える少女の甘えなのかもしれない。しかし相手に嫌われないよう無理して笑顔を貼り付け、それで出会い系サイトを使って必要としてくれる男を見繕っていたのだ。
「もう援交は止めろよ?」
今日何度目だろうか? 僕の言葉はやはりお咎めだった。ララはそれに気を悪くすることもなく、薄く笑って答えた。
「ふふ。イチロウさんが本気の恋愛で私のカレシになってくれるならいいよ?」
「は?」
「真剣交際なら淫行にならないでしょ?」
「バカ言うな。未成年の家出少女を匿ってることも問題だよ」
「そっちが残ってたか」
まったくこの少女の頭の中はどこまで浅はかなのか。そう呆れつつも、彼女を泊めた自分も傍から見れば浅はかなのは間違いないので、ばつが悪い。
するとここで僕たちの会話は途切れた。
そしてしばらくの時間が経過する。ララは眠ったのだろうか? 僕はそろそろ夢の世界の入り口に差し掛かろうとしていた。ララからは寝息すら聞こえないが、自分は翌朝も仕事に出なくてはならないから、気にしている余裕はない。このまま休もうと思う。
そう思った時だった。衣擦れの音が聞こえ、それと同時にララが立ち上がったのがわかった。僕は薄目を開け、ララの方に首を回した。
すると次の瞬間、僕の目はしっかりと開いた。
「ちょ、なにやってんだよ?」
「良かった。まだ起きてて」
なんとララは僕のベッドに上がり込み、僕を跨いで見下ろしているのだ。ララの肩先まで伸びた髪は完全に垂れていて、僕の目元をくすぐった。
「隣に布団を敷くって言ったからこっちの部屋に来るのをいいって言ったんだぞ?」
「うん、わかってるよ。けど、やっぱりちゃんとご奉仕したいなって」
「マジで止めろ。退けよ」
僕は上体を起こした。焦っていたので少し乱暴になってしまったが、こればかりはララが悪い。しかしララは僕の膝を跨いで乗ったまま言うのだ。
「私を泊めたことでもう犯罪になってるならその先もいいじゃん」
「は?」
冗談じゃない。これ以上罪を重ねろと言っているのか?
「イチロウさんは何もしなくていいよ。私に任せて」
「ば、ばか……」
僕が口にしたその言葉は自分自身に向けられていたようにも思う。力では間違いなく勝てるはずなのに抵抗もせず、僕はララに押し倒されてしまった。そしてそれから先はされるがままで、十五歳のララから快楽へ導かれた。つまり情けなくも僕は欲に負けたのだ。
翌朝起きてからはララと二人で朝食を取った。と言っても、中年男の一人暮らし。トーストと牛乳だけの簡単なものだ。そんな朝食でもララは喜んで完食した。
その時の彼女の表情は確かに眩しいのだが、この日から僕は罪の意識に怯えなくてはならない。忘れた頃に警察が家までやって来るかもしれない。そうなれば僕は多くのものを失う。そんな不安を抱えた生活が始まるのかと憂鬱だった。
しかしそんな憂鬱は目の前のララが解消した。尤も悪い意味で……だが。
身支度を終えた僕とララは一緒に家を出た。ララはこれからどこを徘徊するのか、それを知る由もなかった。そして出会い系サイトはアカウントを消されたから動向も追えない。唯一の繋がりはメッセージアプリだけだ。
しかしこの朝を境に、ララとは一切連絡が取れなくなった。メッセージを送っても既読すら付かなくなった。
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