第5話
確かに咄嗟のことではあった。しかし彼女の顔を見る度に肩を落とす。僕はララから切羽詰まったメッセージが来てララを迎えに行き、とうとう自宅に入れてしまった。そのララは途中のコンビニで買った弁当をガツガツ食べている。
迎えに行った時、彼女の表情には生気がなく、それは出会った日よりも顕著だった。それに慌てた僕はパニックになり判断を誤った。単純に警察に連絡をすれば良かった。僕には何も疚しいことがないのだから。しかし冷静な思考を失った僕はララを自宅に連れて来てしまったのだ。
「ずっと帰ってなかったのか?」
「はい、そうです」
咀嚼をしながらではあるが、ララの言葉は聞き取れる。ララは床に座ってリビングテーブルで食事をしていて、僕はソファーに座りながら彼女の様子を眺めている。
とにかく困った。未成年の家出少女を匿うことは法に触れるはずだ。早急にお引き取り願いたい。
「客、捉まらなかったのか?」
「イチロウさんと会った日、あの後は捉まりましたよ?」
「それで? その後はどこにいたんだ?」
「一晩ラブホです」
やはりか、と呆れる。あれほど気に掛けてはいたが、予想通りなので嫉妬の気持ちなど微塵も芽生えない。つまりは気に掛けてはいるものの、僕がララに特別な感情を抱いているわけではないとわかって安堵する。
「それ以降の三週間は?」
そう、僕がララと出会ってから既に三週間だ。出会い系サイトの中で動向を追っていたとは言え、視覚的に彼女の動きを捉えていたわけではないので、全く把握していないに等しい。
「最初の一週間くらいは調子良かったんですよ」
食事に集中しているためララの表情や口調は素だが、内面はどうにもあっけらかんとしているように見える。
「けどその後は私が違法年齢だと知るや否や、逃げる大人の人たちが多くって」
「当たり前だろ。それで今日は僕に泣きついたと?」
「えへへ。もう三日もまともにご飯食べてなかったから。イチロウさんなら助けてくれるんじゃないかと思って」
随分と舐められたものである。しかし事実、救済の手を差し伸べているのだから、僕は本当に救えない大人だと思う。
「今日もサイト内うろついていただろ?」
「あ、気づいてました? イチロウさんから足あとが付くから、見に来てくれてるんだろうなって思ってました」
まぁ、足あとという機能がある以上、僕がララを追っていたことを本人に気づかれたのは仕方がない。とは言え、まともな食事が三日もできていなかったのか。食事を与えた後に知ったことではあるが、それはさすがに不憫だと思った。
「今日はもう客探しはしないのか?」
「あ、私……さっきサイトを垢バンされちゃって」
「……」
呆れてものも言えない。垢バン、つまり規約違反等の理由によりサイト運営からアカウントが削除されたことを意味する。その理由は大方予想がつくが。
「いつだかに会った人から十八歳未満だって通報されたみたいで」
やっぱり。そんなことだろうと思った。それならばそれで思うことがある。
「これを機に援助交際からは足を洗うことだな」
「えぇ……、嫌ですよ。そうしたら生活できない」
「は? 生活費を稼いでんのか?」
これにはちょっと驚いてしまった。夏休みだから家に帰ろうとせず、フラフラ徘徊をしているだけだと思っていたから。するとちょうど食事を終えたララはパックの弁当箱を片付けながら事も無げに言う。
「そうですよ」
「家には帰らないのか?」
「はい、帰りません。少なくとも夏休み中は」
その返事はどこか強い意志を感じさせた。理由を聞きたい衝動にも駆られたが、聞いても答えてもらえないか、答えをはぐらかされると、なんなく思ってその質問は飲み込んだ。
「でも、垢バンされたんならこれからどうするんだよ?」
「えへへ。イチロウさんがいるじゃないですか」
「バカ言うな」
「ちぇぇぇ。まぁ、これからはSNSかな。出会い系サイトの前はそうだったし」
つまり呟く系のSNSを使うのか。しかしこれはリスクが高いことを僕は知っている。
僕は出会い系を始めるに当たってこのSNSも試そうと一時はアカウントを取得した。しかし特定のワードで検索をかけると、出てくる半数ほどは中高生なのだ。
もちろん彼女たちに興味を示さない僕なので、接触をすることはなかったが、気になったのでインターネットで調べてはみた。するとオープンなSNSでの淫行はサイバーパトロールなどに引っかかりやすく、補導の可能性が高いことがわかった。だから僕は言う。
「さすがにそれはリスクが高いだろ?」
「やっぱりそう思います? それなら非公式の出会い系かな」
つまり大手ではないサイトが運営する出会い系か。それに手を出したことはないので僕には意見がない。尤も、そういうサイトは援助交際目的の中高生が集まることを知っているので、興味がないわけだ。
しかし先のSNSのことを調べた時に副産物的に知ったが、そういうサイトも取り締まりが厳しくなっているのだとか。やはり何よりも違法なのだから、僕から推奨の言葉は出ない。
「いい加減、援交止めたらどうだ?」
「じゃぁ、イチロウさんが面倒見てくれますか?」
「多少の金はやる。けど泊めるのも、ヤルのも無理だ」
「ぶー。それじゃぁ、やっぱり生きていけないな」
ふくれっ面を表現したララは手元のペットボトルを掴み、お茶をゴクゴクと喉に流し込んだ。それを確認して僕は立ち上がった。
「さ、食事は終わったな?」
「げ。まさか追い出すつもりですか?」
僕の行動を読み取ったララが、正に僕の口から出ようとしていた言葉を先に言う。食事を済ませたララの顔色は良くなっているが、一方僕は特段表情を作らず素のまま言った。
「当たり前だろ? 君を匿うことの僕のリスクを考えてくれよ?」
「そんなこと言わずにお願いしますよぉ。何でもしますから。それこそお望みならどんなプレイだって積極的に挑戦します」
小さな胸を張るララだが、子供とのプレイに僕は興味を示さない。――と言うのは、この場で強がってララに本心を見せていない僕の強がりだ。
もちろんマニアックなプレイに興味があるわけではないが、ララを思い出しながら童顔で合法の女を抱いたことがあるのも事実だ。それを思い返すとばつが悪いが、もちろんララには知られないようにしっかり真剣な表情を作っている。
「そういうのは求めてない。帰らないなら警察に通報する」
「げ……、悪魔」
酷い言われようである。エアコンの効いた部屋で休憩をさせて、食事まで与えたと言うのに。ただこれでララが引いてここから出て行ってくれたらと思う。
「イチロウさんが最後の頼みだったのに、助けてくれないならこのまま徘徊して、交番の前を行ったり来たりします」
それならそれでララが警察に保護してもらえるのだから、僕としては願った方向に話が進む。しかし僕はララの次の言葉で打ちのめされる。悪魔は正にララの方だった。
「それで、警察にどこから来たんだ? って聞かれたら、家出をして、さっきまで男の人の家にいましたって、この家を説明します」
「な……」
二の句も繋げない。今日で二食目を与えて、更には性交渉なしで現金だって渡したことがあるのに、恩を仇で返そうとしている。怒りすらも湧くが、ララは僕の様子を意に介さず笑って言うから、怒りを通り越して呆れてしまう。
「へへん。イチロウさん、今晩だけでいいので泊めてください」
「……」
にこやかな表情のララが憎たらしい。悔しいが、迷う。尤も迷っているのはララに女としての期待をしているからではない。僕が弱みを握られたからだ。これ以外の理由はない。
「イチロウさん?」
「くそ……、わかったよ。今晩だけだぞ」
「やった」
僕が犯したこの日の罪は、この返事でより深みにはまってしまった。
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