第4話

 僕は週一回あるかないかのペースで出会い系サイトを使い、女を物色している。大手サイトを使っているので、それは優良サイトであるとの評判を裏切らず、ほぼ間違いなく割り切り目的の女と出会える。但し、時々業者だと思わせる女はいる。


 そんな生活を続けて、巷の中高生の夏休みも残すところ一週間を切った。僕は数週間前に出会ったララの動向はサイト内で追っていた。

 ララは間違いなく毎日出会い系サイトの中にいる。例外なく今日もいる。掲示板は使う時もあれば使っていない時もあるが、ララのログイン履歴が二十四時間を超えることがない。つまり僕も、女の物色を目的とした利用は週一回ペースとは言え、ララの動向を追っているので利用そのものは毎日だ。


 そもそもの話だが、ララとはトークアプリで繋がっているから、いつでも連絡は取れる。しかし出会ったあの日以来、メッセージのやりとりはしていない。

 そしてこの日僕は出会い系サイトを開いている。女が書き込む掲示板の内容はどれも似たり寄ったりだ。相手のマイページまで飛べば顔写真も見ることはできるが、それをするとかなりのポイントを消費するから僕はしない。アイコンの画像はサイトの仕様でぼかされているのだが、そもそもどうせ本人の顔なのかもわからないわけだし。


 すると僕が閲覧の履歴――足あとと言う――を付けた女からダイレクトメールが届いた。


『イチロウさんはいい人見つかりましたか?』


 このメッセージに既読も付けてしまった。メッセージアプリのようにポップアップされないからこれが面倒だ。開かないと内容が読めない。

 彼女の年齢は二十六歳となっている。そして足あとを辿ってダイレクトメールを送ってきたあたり、出会い系サイトでの援助交際にかなり慣れているだろう。もしかしたら業者の可能性もある。僕はそういう素人感のない女に興味を示さないし、返信するにも金がかかるからこのメッセージを無視した。


 こうして出会い系サイトをサーフィンしていると、ここはナンパの場であり、逆ナンの場であると実感する。性欲を満たしたい男に、金銭欲を満たしたい女だ。こうして卑下してみるが、もちろん僕も例外ではない。

 するとふとした時に思う。ララのように年齢を偽って登録している女も少なからずいるのだろうと。と言うか、これは確信事項だ。そしてこう考える度に、なにをララのことばかり気にしているのだと自分が滑稽に思う。


 ただ掲示板を閲覧する時に、投稿者が十八歳か十九歳で検索をかければ、十七歳以下は紛れているのだろう。どの女が該当するのか、それはサイト内だけでは判別できないが。中にはララのように二十歳と言って活動している女もいるかもしれない。

 そういった社会の闇に潜む少女たち。彼女たちは何を思って出会い系サイトの中で活動をしているのか。学生時代は、もっと言うなら離婚をするまではそれなりに真面目な生活を送ってきた僕だから、彼女たちの思考も価値観も理解はできない。

 成人女性の場合はほんの少しだけ理解できることもある。コミュニケーション能力に欠けて社会に馴染めない女が、休憩と言われる時間だけラブホテルで服を脱いで金を稼ぐ。他には業者と思しき女だと、言語がどこか片言に感じたことがあるので、アジアの貧しい国から就労ではないビザで入国しているのであろうこととか。


 しかし僕と同じ国籍を持つ少女たちへの理解はやはりできない。僕が中高生の時もそんな女子生徒はいた。しかし小耳に挟む程度なので、極端に少なかったと思う。自分の通っていた学校が少数派なのかもしれないし、僕がそういう情報に疎かったのかもしれないが。

 格差が大きくなったと言われる国内情勢の中、ネットで調べる限りは自分に必要な金を自分で稼ぐのも動機の一つだと言う。それ故に援助交際に手を出す少女が多いのだとか。僕の中高生時代は遊ぶ金欲しさが動機の大半だったから、それと比べれば確かにまだ酌量の余地はある。

 それを知ると不憫に感じるし、残念な世の中だとも思うが、しかし合法の年齢の女を相手とは言え僕も加担しているのだから、人のことをとやかく言えた立場ではない。


 僕はなぜこの世界の住人達と出会うのだろうか? 今まで深くは考えたことがなかった。離婚をするまでは、性交渉に金がかかるなんて概念も持っていなかった。しかし今やむしろ、性交渉には金がかかると思っているのだ。

 特に遊ぶ時間に困らなかった学生時代とは違う。恋人関係でもない男女が、飲み会のノリで一夜を共にする。自分であれ、周囲の関係者であれ、そんなことは日常茶飯事だった。


 しかし今や僕の中での常識は変わっている。僕もどっぷりこの出会い系サイトという世界に染まった。新しい恋愛の相手を見つけるために、仕事などで知り合った女性を積極的に誘おうとか、婚活パーティーに行ってみようとか、そんな思考も全くない。関係の薄い世界の住人達との現状に満足してしまっている。

 自分が中身のない中年の男になったのかとさえ思う。仕事を介せば出会いがゼロというわけではないにも関わらず、女にときめくことも無くなった。これは年齢のせいなのか、結婚や離婚を経験したせいなのか、それとも出会い系サイトの影響なのか。


『初めまして! 良かったらお話しませんか?』


 仕事終わりの薄暗い部屋の中、そんなことを考えているとまたも一通のダイレクトメールが届いた。今日は多いようだ。しかし僕が掲示板に投稿したわけでもないのに、こうして積極的にダイレクトメールを送ってくる女は、どうしても業者や慣れているセミプロの女だという疑念を抱く。

 今度の女は二十四歳だ。プロフィールを見てみるがアダルトな内容はない。しかし割り切り目的だろう。本当に恋愛や結婚相手の出会いを求めるなら婚活パーティーに行くだろうし、友達を求めるなら出会系カフェに行くだろう。


 ただ確かにこの世界にいると女には困らない。尤も金さえあればだが。それでも今回は会話が目的ときている。一パーセント以下の可能性を捨てきれず僕は返信文を打った。


『初めまして。いいですよ』

『ここで話すのも通知に気づきにくいので、トークアプリかフリーのメアドはありますか?』


 そんな内容だったので、僕は仕入れたばかりの隣国のトークアプリのIDを送った。すると女からはすぐに返信が来た。


『援助をしてくれる方を探しています』


 やはりか。つまり割り切り目的だ。一パーセントに満たない僕の期待は散った。しかしすぐに気づく。僕は何を期待しているのだと。僕だって割り切り目的でサイトに登録しているのだから。僕が欲しいのは金のかからないセフレか? 恋人か? 結婚を考えられる相手か? 友達か?

 少しでも期待した時は直前までとの矛盾した気持ちが本当に情けなくなる。そんな自己嫌悪を抱きながら返信文を打った。


『条件を教えてください』

『ホ別2。ゴム有で』


 この世界に溢れた女と条件は変わらない。とは言え、仕入れたばかりのトークアプリは役に立った。キープはできる。


『わかりました。条件オッケーです。今日は時間がないので、また今度お願いします』

『はい、わかりました』


 随分と素っ気ないトークである。しかしこれがこの世界のスタンダードだ。

 こういう女にはもう随分慣れている。業者に当たったこともある。それを思えば、彼女を買っても良かったのかもしれない。しかしこの日は単純に気分が乗らなかったとしか言いようがない。これ以上トークを繋ぐこともしなかった。


 僕はソファーから立ち上がると洗面所に身を入れ、シャワーを浴びることにした。明日の仕事のために今日は休むとしよう。

 そしてシャワーから出てきた時だった。割り切り用になり果てている仕入れたばかりのトークアプリに、ララからメッセージが届いていた。


『イチロウさん。助けて。お願い、泊めてください』

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