第3話

 ララと別れてから僕は帰宅した。途中、自宅近くのコンビニでこの日の夕食を買った以外は寄り道もしなかった。自宅でそんな慣れた一人の食事をしながら缶ビールを煽る。そしてスマートフォンを開く。

 この日はもうこれ以上出会い系サイトで女と出会う気はなかったのだが、食事中の暇つぶし程度に開いてみた。


『今から会える方いませんか?』


 すると女の方が書き込む掲示板にこんなタイトルの投稿があった。一見、出会い系サイトの掲示板ならありふれたタイトルだ。しかし僕が気にしたのはそのユーザー名。それがララになっている。年齢も二十歳だから先ほど会ったララだろう。


「まだ探してんのかよ……」


 普段は滅多に独り言なんて呟かないが、この日は珍しくそんなことが口を吐いた。少ないとは言え先ほど金を渡したのだから、それを持ってさっさと帰ればいいのに。尤も家までの距離も知らないが、最悪タクシーだって使えるだろう。

 そしてほんの出来心だった。無視すればいいものを、何を気にしているのか。僕は彼女にダイレクトメールを送った。掲示板を開くにもダイレクトメールを送るにも有料ポイントはかかるので、僕のポイント残高は減っていく。


『帰れって言っただろ?』


 ダイレクトメールのページを開いた時既に、ララとのメッセージの履歴が表示されたので、相手は先ほど会ったララであると確信してのことだった。

 すると返事はすぐに届いた。


『あら? イチロウさん? 泊めてくれる気になりましたか?』


 なんともあっけらかんとした内容である。先ほどほんの数分しか会っていないのに、正にララのそんな表情が目に浮かびそうだ。まぁ、十五歳だと聞いてインパクトが強かったので、彼女の幼気な容姿をそう簡単に忘れることはないだろう。


『泊めないよ』

『ちぇ……。そうだ。これ私のメッセージアプリのIDです。男の人はメッセにもお金かかりますよね?』


 そんな返信文の後にアルファベットのIDが書かれていた。それは国内で普及しているメッセージアプリではなく、隣国から出回ったメッセージアプリであった。確かにその情報を目にしたことがある。援助交際をする男女は、身元が割れず匿名性を担保するためにこのメッセージアプリを使う者がいるのだとか。

 僕はそのメッセージアプリを使っていなかったので、すぐにダウンロードした。初期設定に手こずって十数分かかったが、なんとかララのアカウントを登録することができた。名前は考えるのも面倒くさかったので、顔文字にした。


『あはは。顔文字なんですね』


 するとララから一通目でそんなメッセージが届いた。僕は食事と晩酌を続けながら返信文を打つ。

 こうしていると声は出していないのに、食事や酒に女子高生が付き合ってくれているかのようだ。しかし独り暮らしの部屋の中、それが虚しさを感じさせるので無理やりトークに集中した。


『今度は掲示板かよ?』

『ランダムDMが全滅しちゃいまして、あはは』

『そもそもサイトへの登録は利用規約違反だろ?』


 いつから自分はこんなに小言が多くなったのだろうか。相手が女子高生だから老婆心が芽生えるのか。自分のことなのにそれもよくわからない。


『通報しないでくださいね』


 しかしララからはそんな明るい文面が届く。明るいと思ったのはそんな感情を思わせる顔文字が文末についていたからだ。


『年齢確認されるだろ? どうやって登録したんだよ?』

『こういうことをやってる大人のお姉さんに知り合いがいて、その人から身分証を借りて登録しました』


 そんな邪道なやり方をしていたのかと呆れる。もちろん身分証を提供した十八歳以上である女に対してもだ。


『だったらその人のところに泊まればいいじゃん?』

『その人、遠いところに住んでるから無理です』

『ララは?』


 これはどこに住んでいるのかを問うているが、よくよく考えれば配慮が必要な質問だ。出会い系サイトで出会った者同士なのに、家がバレかねないこんな質問はなかった。しかしララからは返事が届く。


『私は近くですよ』


 大よその場所は待ち合わせをしたコンビニ付近だとわかるが、特定まではされない当たり障りのない回答だ。それならばなぜ家に帰らないのか? 僕はそれが解せず、そんな踏み込んだ質問までしようと文面を入力し始めた。すると先にララから連続でメッセージが届いた。


『ごめんなさい。待ち合わせの人が来ました。また今度』


 それを僕は唖然として眺めた。泊めてくれる気になったのかと聞いておきながら、彼女は既に次の男を捉まえていた。なんともちゃっかりしている。

 しかしララは今現れた僕には顔もわからない男にこれから抱かれるのだ。もし男が僕のように十八歳未満だと気づいて怖気づけば話は別だが、そもそも十八歳未満だと気づいても平気で手を出す輩はいるだろう。

 そんな考えに至るとなんだかモヤモヤした気分になってきた。どこか腑に落ちず、スッキリしないものが腹の底に溜まるような感覚だ。僕はそれを誤魔化すように食事を終わらせてシャワーを浴び、明日の仕事に備えてベッドに入った。


 しかしこんなことがあった日にすぐに寝付くこともできず、僕はスマートフォンを開いた。するとララとのメッセージ以来アプリを閉じていなかったので、まずはダウンロードしたばかりのメッセージアプリが表示される。僕はその表示をすぐに消した。

 そして今度はその前に開いていたインターネットブラウザの、出会い系サイトが表示された。暗くした部屋の中、掲示板を開くとララの投稿は既に消えていた。流されたのか、今晩の相手が決まって掲示板から落としたのか、ララのマイページを見ればわかるが、そこまではしなかった。

 すると僕の目が一つの投稿に留まる。


『今から。童顔、華奢、貧乳です』


 興味を示してしまった。そしてポイントを使い開いてしまった。僕はロリコンに目覚めてしまったのだろうか? 今までそんな趣味はなかったのに、この日のララとの出会いは思わぬ影響を与えている。

 掲示板に書かれた詳細を読んでいると、その女は今晩の援助交際の相手を探していることがわかった。加えて二十一歳であることも把握した。尤もララの例もあるし、書かれている年齢なんて当てにはできないが。

 僕はダイレクトメールを送った。


『相手決まりましたか? 条件を教えてください』


 すると返事はすぐに届いた。


『まだ空いてます。条件はホ別ゴム有2・5。ゴム無しなら3・5です。中なら更に1プラスで』


 高い。そして避妊をしない条件まである。しかし僕にとって避妊具の装着は絶対条件だ。こんなどこの誰ともわからない女と出会って性交渉をするのに、病気をもらっては堪ったものではない。僕は自分の希望を送った。


『ゴム有2ではダメですか?』

『いいですよ』


 値交渉はできるらしい。それならば1万5千円にしておけば良かったかと一瞬考えもしたが、僕はそれほど金に執着していないのですぐに思考を切り替えた。


『それでお願いします。どこに行けばいいですか?』


 この日は既に一人買っている。それに高校一年生のララとも出会った。更には明日も仕事だからとベッドに入った。それなのに僕はまだ遊び足りないらしい。

 いや、違う。ララと出会ったことでララに対する興味が捨てきれないのだ。あのあどけない笑顔が頭から離れないのだ。だからララと似たような容姿を思わせるこの女の掲示板に反応してしまった。


 僕は勢いよくベッドから飛び出ると、手早く身支度を整えて自宅を出た。駅に向かう道中で詳しい待ち合わせの打合せはした。そして実際にこの女と会った。

 彼女は確かに童顔であった。しかし髪型や化粧など、未成年だとは感じさせなかった。もちろんあくまで僕の感じた見た目年齢だから、本当の年齢は知る由もないが、サイトに書かれていた二十一歳に納得した。

 そして彼女を抱いた。この日は既に別の女と事を済ませているのに、ララのことを思い出しながら夢中になって行為に耽った。

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