77〈最終話〉

 駅構内を、2人並んでホームに向かって歩いていく……。


 母親に、話さなければならないことがたくさんある。何から伝えたら良いのか……。


 今まで誰にも見せなかった心の内を、1番言えなかった母親に、私はゆっくりと話し始めた。


「ママ……。私、今回の模擬試験の結果、最悪だったの……」


「……うん」


 歩みを止めずに、母親はただ頷いている。


「希望してた大学には、入れないと思う……」


「そっか……」


「ママ、ごめんね」


 きっと、がっかりしているだろう。まともに母親の顔を見ることはできないけれど、悲しい顔を想像できる。


 でも、私は、もう無理をすることを止めた。まわりの意見を気にすることを止めた。自由に生きていい! と、美咲さんが教えてくれたから……。

 私の心は、自由なんだ!


「世奈……。ママの方こそ、ごめんね……。世奈を追い詰めてたよね」


「えっ……、ママ?」


 母親の歩く速度が、少し遅くなった。私も合わせて、ゆっくりと歩きだす。


「事故に遭ったという連絡が来てからここに来るまでの間、色んなことを考えたの……」


「うん……」


「小さい頃から世奈は優秀で、ママの自慢の娘で……」


「うん……」


「でも、ママ間違ってたな〜って……。成績や大学なんて、本当はどうでもいいことだったんだって……」


「えっ?」


「世奈が元気で笑ってることが、1番大切なのよね! こんなママのところに戻って来てくれて、ありがとう」


「ママ……」


 母親は、私が死のうとしたことに気付いているんだ。貧血ではなく、自ら電車に飛び込んだのだと……。


「世奈! 今日はもう学校休んで、何か美味しいものでも食べて帰ろっか」


 母親は一旦立ち止まり、大切そうに私の髪を撫でてから、また歩き始めた。


「……う、うん! ハンバーグ食べたいっ。あっ、パスタもいいかなぁ」


 私も、前を向いてしっかりと歩きだした。


 再び、駅のホームに立ち、反対側の電車を待つ。


 ここから全てが始まったんだ……。

 死を決意した私。

 頑張っても、頑張っても、報われなくて……。苦しくて……、辛くてて……、先が見えなくて……。

 頭の中が、もうグチャグチャだった。

 楽になりたかった……。

 重苦しい日常から、冷えきった人間関係から、何もかもから解放されたかった。


 でも、川原で出逢った女の子の霊から教えられた。自殺しても、苦しみからは逃れられないと……。消えることはできないのだと……。

 それどころか、苦しみの心のまま時が止まってしまうのだと……。

 美咲さんの言っていた、自殺したら苦しみのエンドレスという話は本当だった……。


 あの時……。私が呪術と向き合っていた時、コウは私と共に戦ってくれた。封印されるはずの魂を、マヤ様が救ってくれた。

 2人が守ってくれたスヨンの命が、私の中にある。


 時を超えて、私を守ってくれたジュンユン様……。命を懸けて、私を助けてくれた美咲さん……。

 2人が守ってくれた命が、今、ここにある。


 世の中で、1番不幸な人間だと思っていたけれど……。

 幸せなんて、手の届かない他人事だと諦めていたけれど……。

 ジュンユン様が、教えてくれた。

 恋1つで、人は幸せになれる!

 何か素敵なことが1つあれば、人は幸せになれるんだ!


 その1つに出逢う為、

 その1つを経験する為、

 私はもう、人生を投げたりしない!


 生きてることは、チャンスだから‼︎




〈『彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜』 fin 〉

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彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜 華美月 @hatmama

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