第5話

 リビングまで戻り、お母さんに着替えてくると伝え、私はいつもの部屋に向かった。


 扉を開けると、じめじめとした空気が漂ってくる。普通に湿気がやばいのもあるのだろうが、私にとってはそれよりも嫌な雰囲気を感じた。


 入ってしまったらもう出られなくなってしまいそうな何か。


 とは言っても、入らなくてはならない。


 中に入って、適当に服を選ぶ。一刻も早くこの部屋から出たかった。


 可もなく不可もなくと言ったコーディネートになってしまった。まぁ、引きこもりの私にとってはちょうどいいのかもしれない。歪な笑みを思わずこぼしてしまう。


 私はまた自己嫌悪を始めそうになった。


 呼吸が荒くなる。


 体が震える。


 その時だった。


 『大丈夫!?』


 お母さんの声が、下から聞こえたような気がした。


 その瞬間、私はまるで部屋に幽霊でも現れてしまったかのように、慌てた勢いで部屋を飛び出し、扉を強く締めて、階段を速足で降りていった。


 「どうしたの!?」


 驚いたお母さんが様子を見に来るほど、私はドタバタしていたみたいだ。


 「ごめん、あの部屋にいるとまた出れなくなりそうだったから、ごめんなさい。ごめんなさい」


 「謝ることないの!家族なんだから!辛いときはすぐ私達を頼ればいいの。私もお父さんも、大歓迎なんだから!」


 お母さんは私をきつく抱きしめる。もっと頼ってほしい、そんな意志を感じた。


 その言葉と意志は、家族を避け続けた、私にとってひどく痛いものだった。


 引きこもりの私は家族に相談することを拒んだ。一番近しい人たちに、私の今を否定されたくなかった。自分たちの娘の変わり果てた姿に失望してほしくなかった。


 拒絶されたくなかった。


 だが、そんなこと私の家族は思うはずがなかったのだ。


 自分に失望していたのは私だけだった。


 「ありがとう」


 私は笑顔をつくった。頬に涙が伝うのを感じたが、私は多分、今、笑えている。




 私は玄関に向かった。


 そこにたたずむ扉は、私の部屋の扉よりもひどく重くそして分厚いように見える。


 開いた先がどのような結果に続いてくかは、私には分からない。困難なものになるかもしれないし、幸福を感じることだってあるかもしれない。


 小さな人間関係の綻びから、引きこもりになる。同じ引きこもりから小さな勇気をもらい、部屋から出る。


 何かが始まりだすのは、どれも小さなきっかけに過ぎなかったのだから。


 人生というのは多分そんなもんなんだろう、何が起こるか分からないし、予測なんてできるはずもないのだ。


 私は、きっとこれからも色々なきっかけを見つける。それがどのようなものであっても私は生きている限り、進んでいくしかないのだ。



 私はその未知へ続く扉を開く。新しい自分を見つけるために、ちっぽけな人生を歩んでいくために。




               おしまい

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引きこもりな私 三宮 尚次郎 @sanomiyanao

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