第2話 Above the Sky

 俺と織姫は、向かい合って座卓に座っていた。

 「それではこれより、桐林とうりん大学七夕祭の際に寄せられた願い事についての吟味を開始致します」

 織姫が、かしこまって宣言するのを、俺は、ここにいるのは俺達2人だけなんだから、そんな堅苦しい挨拶なんかしなくていいのに、と思いながら聞いた。

 織姫、真面目だからなぁ。


 俺達は夫婦であり、仕事上の相棒でもある。下界に流布している神話とは異なり、「1年に1度しか会えない」などという事実はない。織姫とは毎日のように顔を合わせるし、6月から7月にかけての時期はかき入れ時なので、1日中部屋に缶詰めになり、ずっと膝突き合わせて仕事をすることも多い。

 

 力関係でいうと、俺は織姫の尻に敷かれている感じだ。しかし、ぽんぽんものを言い、てきぱきと働く織姫にただ付いて行くのは心地よいから、これでいいと俺は思っている。


  俺は、「こいつがそのナントカ大学の願い事ね?」と、座卓の隅に置かれた箱を指さした。

 「トウリン大学、ね」織姫が答えた。はいはいわかりました。

 「じゃあ中身をここに出して、願い事の系統別に仕分けるわよ」


 「了解」

 俺は、箱の封をしている紐を解いて蓋を開け、中身を座卓の上にぶち撒けた。紙片が何百枚と舞うのを、手で押さえる。この紙片は、トウリン大学とやらの笹飾りに結び付けていた、願い事の書かれた短冊の写しである。天界が作成したもので、見る者が見れば、願い事を書いた人物の様々な情報がわかるようになっている。


 七夕の願い事の一次仕分け。それが、俺達の仕事の1つである。願い事を種類別に分け、次の部署へと送る。それだけ。願いを叶えることはしない。俺達にそんな力はないのだ。


 「えーと記録によれば願い事は全部で423件。じゃあまずは、『単位』とか書いてるやつだけ一旦箱に戻そう」

 「そっかこの時期、大学はテスト前か。単位ほしい奴の願い事が多いわけね」

 俺は織姫の指示に従い、紙片を見ながら、まずは「単位関係」と「それ以外」に分ける作業に入る。


 機械的に手を動かしながら、ぼやく。

 「なんで俺達が願い事の仕分け係やらされてるんだろうな。この仕事任されてもう300年以上だぜ。いい加減若いのに引き継ぎたいよ、ったく」

 この仕事は、「上」からの指示でやらされている。50年ほど前、なんで俺達なんですか、本来俺達には願い事をされる筋合いもないんすよなどと、と「上」に抗議したことはあるのだが、「まぁ、こういうのは若手の仕事だから、さ」と、軽くいなされてしまった。

 俺達は姿かたちこそ若いが、神としてはそれなりに古参の方なのに、と不満を感じたが、これ以上言ってもおそらく無駄だと俺は悟り、あきらめてこの仕事を続けることにして、今に至る。


 「ほら、彦星。ぼやいてないで手を動かす」

 織姫に窘められた俺は、再び仕分け作業に注意を集中する。

 「えーと、『単位関係』は289件ね。やっぱりこの時期多いわ」

 織姫は、箱の中にとりあえず入れた紙片の枚数を確認し、言った。

 「『卒業』とか『進級』とか願ってるのもあるけど、そっち入れていい?」

 「うーん……広い意味で『学業成就』の仲間ではあるのかなぁ。――まぁいいわ、入れて」

 俺は、「卒業」を願う紙片を5枚、「進級」を願う紙片を2枚、箱に入れた。


 「んで、これは学業関係ってことで道真みちざね公行き?」

 「そうなるわね。勿論、相応の努力をした者の願いしか、道真公はお聞きにならないけど。それにあの方、『北野天満宮ウチに奉納された絵馬だけで手一杯なのにそんなモンまでわしのところに回すな』と迷惑がっていらっしゃるのよね。全部、見もせずに却下される可能性すらあるわ」


 なるほど、神頼みしても門前払いされる場合もあるわけだ。

 しかし本来、人間は自分の重ねた努力にふさわしい結果が得られることになっている。「運がいい・悪い」というのは結局、神が少し手助けをしたか、あるいは罰を与えた結果に他ならない。

 単位を願った連中にしても、それなりに真面目に勉強していたか、そうでなかったかによって、異なる結果が出るに過ぎない。


 下界の人間は、「どんなに努力をしても報われない人、生まれついて不幸な人だってたくさんいる。それはどういうわけか」と、疑問に感じていることだろう。

 その疑問は尤もだ。しかし俺には、わからない、としか言いようがない。天界の「上」が人間の運命というやつを決めているのかもしれないが、俺にはその仕組みの詳細はわからないからだ。


 「さて、あとは『恋愛』『健康』『金銭』『その他』で分けて行きましょう」

 「了解。えーと残りは全部で100枚ちょいか。だいぶ減ったな」


 俺達は、適宜相談しながら、仕分け作業を進めて行く。

 

 「『百まで生きたい』って、これは『健康』というより『長寿』だよな。寿寿ジュジュコンビ辺りにちょくで頼む方が早そうじゃね?

 「寿老人様と福禄寿様、ね。――そうね、『長寿』の願い事はきっと少ないから、『健康』の束に入れておいて、これは長寿の願いのようです、とコメントを付けておきましょうか」


 「『五千兆円ほしい』って、さすがに無理じゃね?」

 「そんなお金どこにもないから、無理ねぇ。『金銭』関係にはなるけど、望み薄ね」

 

 「『リア充爆発しろ!』ってこれ、どういう意味だ?」

 「あぁそれね、下界で流行ってるスラング。要するに『カップルが羨ましい、俺も彼女ほしいぞ!』くらいの意味。――あるいは、ただ言いたいだけか。真意については担当部署が吟味するはずだから、一応『恋愛』に入れておいてあげましょう」


 「『ずっと俺のターン』意味わかんね」

 「あぁそれ、結構前に流行った漫画のセリフね。それこそ、ただ書いてみたかっただけじゃない?今敢えてそのネタって、面白くないけど。まぁ、『その他』でいいと思う」


 「『みんな死ね』……なんだこれ。これって願い事と言えるのか?これ書いた奴の頭、大丈夫か?」

 「願いというより呪いね。早良さわら親王や将門まさかど公にお願いして祟り殺していただくとしても、あのかた達も、理由わけもないのに人間を祟ったりはなさらないし、第一、『死ね』なんて願い、叶えるわけにはいかないわ。『その他』に分類した上で、『叶える必要はないと思われます』とお伝えしましょう」

 「だな。ま、伝えなくても大丈夫な気はするが。――それにしても書いた奴の頭、本当に大丈夫か?俺、心配」

 「大丈夫じゃないかもしれないけど、それは私達の関知するところじゃないわね」


 「んー、まぁな。なるようにしかならんわな。

 ――『一生遊んで暮らしたい』えらく正直なのが来たな。正直神である俺としても、その気持ちわからんではないがなぁ」

 「でも、一生遊んで暮らせる人なんているわけがないのよ。叶えるのは無理だけど『その他』に分類ね」


 「『部屋にゴキブリが出なくなりますように』

 って、これは何か?俺達、八百万やおよろずの神のうち、ゴキブリの神行きの願いになるのか?ゴキブリの神様なんて、いたっけかなぁ」

 「私達、とにかく数が多すぎて、とても全メンバーを把握できてないものね。ゴキブリの神……いらっしゃるのかしら。――その願いは『その他』に入れておけば、ゴキブリなり部屋なり、担当の神のところに渡るでしょう」


 「だな。――『嵐のコンサート今年こそは行けますように』

 俺、よくわかんないんだけど、嵐のコンサートって神頼みしてまで行きたいもんなの?」

 「彦星にはわからないのね。下界の女の子はみんな必死でチケットを取ろうとしてる。でも、行きたい人が多すぎて取れないの。私にはその子の気持ちがよくわかる。叶えてあげたいけどねぇ」

 「ふーん、そんなもんかねぇ」


 「それにしても、『恋愛』の願い事少ないな。大学生ってそういうの盛んな年頃のはずなのにな」

 「ここ最近の傾向よね。なんだか、恋愛に興味を持たない人間が増えているみたい」

 「草食化ってやつかねぇ」



 やがて、一次仕分け作業は終了した。


 「結局、本来の七夕の意味に沿った願い事は、これ1つだけだったわね」

 織姫が、少し寂しそうな顔で笑いながら、紙片を1枚、摘まみ上げた。


 『ギターもっとうまくなりたい』

 

 七夕の短冊に書く願い事は本来、「芸事の上達に関する事柄」ということになっているが、あらゆる国のあらゆる行事を取り入れたのち、独自の様式に練り上げ、全くの別物にしてしまう、この日本という国において、七夕の本来の意味は薄れ、短冊に書かれる願い事は、今やなんでもありの状態になっている。


 俺は日本のそういうところが好きだし、なんでも好きなことを願ってもらって、別に構わないのだが、欲望丸出しな感じが前面に出ていたりすると、正直なんだかなぁと思う。

 あと、のろいめいたことを書くのも止してほしい。「みんな死ね」とか。それはどちらかというと丑の刻参りか何かで成就させるべきことのような気がする。成就させてほしくはないが。 


 「俺達としちゃあやっぱり、芸事だけとは言わないまでも、まっとうなことを願ってもらいたいものだけど。ま、難しいんだろうな」

 俺はぼやいて、1つ伸びをした。


 織姫は箱に元通り蓋をして、紐を括りつけ、「一次仕分け済み」と書かれた紙片を紐と蓋の隙間に挟み込んだ。

 その箱を片付けた織姫は、新たな箱を取り上げ、宣言した。

 「それでは続きまして、ひまわり幼稚園園庭の笹飾りに寄せられた願い事についての吟味を開始致します」

 「えっもう次行く?ちょっと休憩入れない?俺疲れたんだけど」

 「駄目。今日中に仕分けなければならない案件があと3つあるんだから」

 「はいはい」俺は返事をして、箱を手に取った。


 事実、幼稚園や保育園の笹飾りに混ざる保護者の願い事、特に女親の願い事は、時にママ友同士の争いの場外戦の様相を呈していたりして、俺はそういうのを見るたび、「女ってこえーな」と鳥肌が立つ。しかしこれは、女である織姫には言うのがはばかられるところである。

 今回の願い事には、あまり怖いやつが混ざっていないといいが。


 俺達の仕事は、まだまだ続く。



















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星に、願いを。 金糸雀 @canary16_sing

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